第九十二話 王女の決意
ストルク王国へと戻った私は、その足でまっすぐ国王の元へと向かった。帰りはアレク将軍もいないこともあって短時間で戻ることができたからだ。
シーズはジークを連れて訓練場へと向かった。どうやらアレク将軍の勇猛を聞いて、暴れ足りない感情が再燃したらしい。
王都について間も無く、「おい、暇なら付き合えよジーク」とジークを咥えて駆けて行ってしまった。
一人残された私は、仕方なく王の居室へと向かい、任務の報告をすることにしたのだ。
「此度の任務はご苦労であった。これでセレシオン王国も立ち直っていけるじゃろう」
静かに聞いていたキンレイス陛下は、私の報告が終わるとぽつりと言った。
陛下はセレシオン王国の救済に喜んでいるように見えた。
しかし、同時にどこか感傷に浸っているな寂しい表情をされていた。
陛下でも弱さを見せる時があるのだろう。私が不思議に眺めていると陛下と目が合った。彼は自嘲気味に笑うった。
「いやなに、少しキンレーンのことを考えていたのだよ」
そう言うと、陛下は首を小さく振って続けた。
「五年前にサルメを亡くして、わし一人で息子達を支えてきた。もちろん、国王としての責務もあるから余り構ってやれんかったが、それでも国のために奮闘する我が子の成長は誇らしかった」
陛下はそう言うと、手近に合った手拭いを目尻に押し当てた。
「だが、キンレーンはもうおらん。『灰』によって奪われてしまった……」
陛下は自分が何もできずに王子を失ったのが悔しく、自分が許せないのだろう。強く握り締められた両手がそれを物語っていた。
「陛下……」
国王にかける言葉が見つからない。
私はどう声を掛けるべきか言い淀んでしまった。彼が復讐へと走るのを止めるべきかもしれないが、それを言う権利は私にはなかった。
だが、国王が率先して憎めばそれは国の衰退を招く結果にもなりかねないのも事実。
私がどうするか考えていると、扉をノックする音がした。
「父様、わたしです。リズです。今よろしいですか?」
控えめな声とともに少女が一人部屋に入ってきた。
私と同じくらいの体格で、腰まで伸びた栗色の髪を後ろに流している。凛とした顔は成人顔負けの力強さを感じさせる。
エイン王女をそのまま幼くしたような出立ちをした彼女は、この王国の第二王女リズ・ストルクだ。
「あっ、貴女はリジー様ですね?」
陛下が反応するよりも早く私に気付いた彼女はまっすぐ来た。それを出迎えるように私は立ち上がって礼の姿勢をとった。
「こんにちは、リズ王女。体調の方はもう戻られたようですね」
私は彼女の顔色を伺いながら言った。
実は彼女と会うのはこれで二度目になる。
一度目はキンレイス陛下が昏睡している時だったが、あの時は彼女の気が動転していて会話どころではなかった。
それに、その後すぐに戦争などが始まって相対する時間もなかった。
私が心配して見ているのに気付いたのか、彼女は恥ずかしそうに頬を染めながら言った。
「いつまでも塞ぎ込んでいては死んだ兄様に笑われてしまいます。王族たるもの常に皆の手本とならなければなりませんから」
両手をぐっと握った彼女は力強く言った。
この年で随分しっかりしているな、と思っていると、キンレイス陛下の鋭い声が聞こえた。
「これリズよ。スクロウ殿に挨拶をしなさい」
「っは、そうでした!」
陛下に指摘を受けたリズ王女は、少し手をぱたぱた振って姿勢を整えた。
「……こうしてお会いするのは初めてになりますね。改めまして、ストルク王国第二王女のリズ・ストルクです」
リズ王女は軽く腰を落としながらしっかりと挨拶をした。
先ほどの少女のような表情は消え去り、一人の王族としての振る舞いへと変わっていた。
「お初目にかかります、リズ王女。リジー・スクロウです」
私が名乗り返すと、キンレイス陛下が頷いて言った。
「うむ、それでリズよ。わしに何か用があってきたのじゃろう?」
陛下はコップに入った水を口に含んだ。
先を促された彼女は、私と陛下を交互に見ながら言った。
「それが、父様にお願いしたいことがありまして、聞いていただけますか? あ、リジー様もそのまま聞いてくださると嬉しいです」
親子の会話に加わるのは気が引ける。一度外に出ようとしたが、リズ王女に止められてしまった。
なので、私は一度浮かせた腰をもう一度椅子に下ろすことになった。
それをジッと見つめていたリズ王女は深呼吸をして話し始めた。
彼女が語ったのはこれからの目標だった。
リズ王女は今は王立の魔法学院に通っている生徒で、卒業後は兄キンレーンの公務を手伝う予定だった。
だが、その兄は亡なり、エイン王女が今はその公務を担っている。
彼女はそんな姉の助けになるべく、魔法剣士としての修行を積みたいと言った。これから多くの時間を執政に割くことになるエイン王女に代わり、前線に立って戦いたいのだと。
キンレイス陛下は当然反対したが、彼女の意志は強かった。陛下が強く否定しても尚も食い下がり、戦う姿勢を見せる。
もう迷いたくない。
布団に包まって泣いているだけの自分でいたくない。大好きだった兄のためにも、前を向いて国を支えていきたい。リズ王女はそう言って反発した。
幼いながらも決意強く語るその姿は、かつての私の姿を見ているようだった。
しかし、それは復讐に燃える私なんかよりもずっと高尚で、彼女の力になりたいと自然に思うほどだった。
そう思っていると、私の口は自然と開いていた。
「陛下、少しよろしいですか?」
今まで沈黙していた私の声に二人同時に反応した。助け舟が来たと期待する二人の視線が向けられる。
だが私が味方につけるのは一方のみだ。陛下には悪いと思いつつも言った。
「私はリズ王女に魔法剣士の訓練をつけるべきと考えます。魔力保持量も人並み以上にはありますから、鍛えれば誰にも負けない魔法剣士になれる素質もあります」
彼女を横目で見ながら言った。嘘は言っていない。リズ王女の魔力はエイン王女と同じくらいはあるのだ。
当然、彼女の擁護に陛下は驚いて目を見開いた。
陛下の言いたいことは分かるが、放っておけば彼女は一人でに動くだろう。
その後で何かあってからでは手遅れになる可能性もある。ならばいっそ訓練で強くすれば国のためにも、リズ王女のためにもなる。
それに、彼女の覚悟が本気であれば、エイン王女のようにたくましく育つはずだ。そんな彼女に投資することは悪いことではないと。
これはキンレーン殿下の頼みでもあった。夢の世界で妹を頼むと言われたのだ。私は彼の頼みに応えたい。
私の説得にキンレイス陛下は大きく唸っていった。




