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第八十九話 信念の果てに

「アレク将軍がサーシャさんの相手を?」


 リジーが小首を傾げて尋ねた。


 それは王城の塔を登る直前のこと。

 私は今までずっと考えていたことをリジーに話して聞かせた。


「ああ。今回の君の任務は私を国へ送り届け、かつ『灰』から国を奪還することだ。そこにやり方、手段は問わないと言われているね?」


 私の確認にリジーは無言で頷く。今日は髪を結っていないのか、肩まで伸びた黒髪がさらりと揺れ動く。


「本当は君が相手した方が確実なのかもしれない。だが、セレシオン王国は私の国だ。例え勝てない相手だとしても、死んだ仲間達のため、私の勇姿を残してやりたいんだ」


 私は赤眼の少女をまっすぐ見て言った。


 もちろん死んだ人間達が私の姿を見ることはない。これは私の我が儘でしかないのだ。


 だが、国が支配されている今、私の戦争はまだ終わってはいない。それはリジーに解決してもらうだけでは終われないのだ。


 ならば私の気の済むまで足掻き、敵に私の誇りを見せつけるだけでいい。例え負けることになっても敵の首に食らいついてやるつもりだ。


「……分かりました。ですが、無茶はしないでくださいね?」


 私の願いが通じたのか、彼女は少し目を伏せて言った。私が折れないことを理解しているようで、深く追求されることはなかった。


「ありがとう。やはり君は優しい子だ」


 そう言って私は彼女に礼を言ったーー




「はぁ、はぁっ。やっぱり強い、これは体の鈍りが理由じゃないな」


 私はサーシャの数歩手前で膝をついて肩で息をしていた。


 数度打ち合っただけだと言うのに、私の息はすでに上がっていた。ところどころ受けた深い切り傷が血を滲ませ、頭の思考を麻痺させていく。もうどこを切られたのかすら思い出せない。


 元々が知略家なのだから直接対決だと私の実力は高が知れている。

 魔力強化や防御魔法など、身を守る最低限の魔法を展開し続ければあっという間に魔力が空になってしまう。


「ははっ、これじゃ勇姿を見せる前に終わるな……」


 自重気味に笑い、左足に目をやる。深く抉られた傷からは今も血が流れ続けていた。その傷が時期に死に至ることを物語っていた。



 それに対してサーシャは息を乱すことなく立っていた。私の攻撃を最小限の動きで避け、手に持った刃で私を切りつける。

 リジーに忠告は受けていたが、ここまで強いとは思わなかった。さすがは「灰」の一員と言ったところか。


「分かったでしょう? あなた程度の実力なら、私が本気を出すまでもないのよ」


 サーシャは呆れたように言いながら近づいてきた。右手に持つ細身の剣が血に塗れて瞬いている。

 私は無言で睨みつけた。しかしそれには意に介さない彼女は私の目の前で立ち止まった。



「それにしても、あんたは本当に動かないのね。こいつ、死んでもいいの?」



 私の頭上を通り越えて言った声は、後ろで見守っているリジーに向けられた。私と戦っている時もずっと彼女に注意を払っていたのだ。それが、私など取るに足らない相手なのだと嫌でも分かった。


 倒すべき敵を前に手も足も出ない。私はドルビーの顔を思い出しながら悔しさで地面を掻き毟った。


 そんな私の元にリジーの凜とした声が届いた。


「アレクさんこの場は任せろとおっしゃいました。だから彼は死にません。私は信じています」


 淡々と語る少女は、私がサーシャに勝つと信じて疑っていなかった。私が動けないほどの傷を負っているのにも関わらずだ。


 思わずはっとして後ろを振り向いた。常に無表情なはずの彼女が微笑み、私を優しく見守っていた。



 信じています。


 そのたった一言が私を突き動かした。それが身体中を急速に巡り、胸を熱くしてくれる。


 気が付けば先ほどまで感じていた疲れも、体の痛みも感じなくなっていた。心なしか魔力も戻ってきているようにも感じる。


 試しに手足に指令を出すと、思ったように動くのが目に入った。


 手も、足も動く。私はまだ戦える。この手でドルビー達の敵討ちをするんだ!


 体がまだ動くことに感謝し、私は深く抉られた足に力を込めた。


 繊維の一本一本が悲鳴をあげても、私の意思に反応するように体はゆっくりと動く。もう立つこともできない足だったはずなのに、今は力強く大地を踏みしめていた。



「なっ何でまだ立つのよ! その傷で立てるはずがないわ!」


 私が立ったことにサーシャは狼狽えていた。そして、もう一度私を切りつけるべく剣を振るった。

 それはまっすぐ私の胸へと迫りーー


「不思議だ。こんなに魔力が充実したことなんて一度もなかったのに。今は魔力強化も練度が段違いだ……」


 さっきまで受け止めることもできなかった剣を前に呟いた。


 意識は朦朧としているが、私の持つ剣は彼女の攻撃を受け止めていた。ふわふわとした感覚が、次は何をすればいいのか私に教えてくれるようだった。


 私が余裕の態度を見せると、それに対比してサーシャは焦りを見せるようになった。


「何なのよその魔力は! くそっこうなったら!」


 サーシャは勢いよく後ろに飛び退ると魔法弾を打ち込んだ。


 ゆっくりと飛んでくる魔法弾を剣で弾き飛ばした。


 いつもより滑らかな動きだった。死の迫った極限の状態が私を熟練の剣士に押し上げてくれたのかもしれない。


「行くぞ!」


 一声飛ばすと同時に彼女にまっすぐ突き進んだ。彼女は顔を引きつらせて魔法弾を打ち込んでくるが私には当たらない。

 今だけ達人の私は最小限の動きで全てを切り裂き彼女へと肉薄する。



 そして、サーシャの脇に潜り込んだ私は、直進の勢いを殺さず剣を振り抜いた。

 彼女は突然の接近に慌てて身を翻したが、それでも避けることはできなかった。



 肉を切り、骨を断つ感触が剣を通して伝わってくる。私の剣は彼女の片腕を切り飛ばし、その切っ先は彼女の脇腹をも穿った。


「あうっ……」


 彼女の呻き声のようなものは聞こえてきたが、それに反応することはできなかった。


 攻撃が終わると、まるで糸が切れたかのように私の足は力を失った。支えのない私の体はそのまま地面に落ちる。


 どうやら血を流しすぎたようだ。手足が冷たい。心なしか体も冷えたきたようだ。もうすぐ私は死ぬのかもしれない。


 だがそれでもいい。決して敵わないと思っていた相手に一矢報いることができたのだ。それだけで満足だった。


「アレクさんお疲れ様でした。後は私に任せてください」


 薄れ行く意識の中リジーの囁くような声が聞こえ、そして私の意識は途切れた。

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