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第八十八話 退路の果て

「はぁ……はぁ……」


 路地裏に私の荒い息遣いが反響する。


 城から休まず走って来たのだ。それも大荷物を抱えての全力疾走だ。例え魔力強化をしていても疲れてしまう。

 普通に歩いて逃げればよかったのだが、私は何かに突き動かされるように走って逃げていたのだ。


「はぁっ、たくっ何なのよあの化け物みたいな連中は!」


 足がもつれて転びそうになったので、一度息を整えるために壁にもたれて休む。その間、手持ち無沙汰な口から愚痴が溢れる。


 私は少し前にこの国にやって来た者達のことを思い出す。

 彼女達は私の予想に反して空を飛んでやって来た。それだけでも心臓が飛び上がりそうだったのに、瞬く間に城に移動して、兵達を制圧してしまったのだ。



 城の兵達の精神支配の手応えがないと言うことは既に解除されているのだろう。そこまでは予想の範囲内だった。だが、加えて王族達への命令もできなくなっている事実が私を狼狽させた。


 何が起きているのか確認する余裕はないが、最悪の場合で考えるなら、命縛法が止められた可能性があること。


 誰も解除できない最悪の魔法と言われているその一角が崩されているかもしれないと考えると身の毛がよだつ。

 私はそんな規格外の連中に追われる身なのだ。絶対に見つかる訳にはいかない。



 しかし、それを嘲笑うかのように、彼女達は路地裏を逃げる私の方に突然移動してきた。


 恐らく空間転移だろうが、もうすぐ追いつかれるところまで移動されて、私の頭に警笛がガンガンと鳴り響いた。


 その巨大な魔力は、近くにいると心臓を鷲掴みにされたような感覚になる。

 一瞬だけその姿が目に入ったが、あまりの幼い見た目に絶句した。


 私を追う者の異様な光景に足が竦んだ。既に疲れていたからなのか、膝が笑って思うようにたてなくなる。


 それでもどうにか自分を奮い立たせ、逃げるために近くの兵を差し向けた。僅かな時間稼ぎにしかならないが、少しでも距離を離すため打てる手を打った。


 私の苦し紛れの作戦が効果を発揮したのか、彼女達は屋根から動くことなく兵に包囲され続けていた。



「よし、今のうちに逃げ切ろう」


 足に力が戻って来たあたりで立ち上がった。

 しかし、そこから一歩が踏み出せなかった。何故ならーー



「初めまして。サーシャさん、ですね? 私はリジー。貴女を捕まえに来ました」


 丁寧な口調で自己紹介する少女が私の前に立っていた。空間転移で移動した彼女は、私の退路に先回りしたのだ。


 髪色に合わせた黒い戦闘服が陽の光を全て吸収しそうだった。影が差していても光を反射する赤い瞳は私の逃さず捉えている。


 そして、彼女のすぐ後ろにはアレクも立っていた。彼は厳しい顔つきで私を睨んでいる。


「サーシャ、まさか君が潜入者だったとはね。違和感がないから騙されてしまったよ」


 彼と目が合うとそのまま一歩前に出て言った。淡々と話す彼の視線は冷たい。


 どうやって私を見つけたのか、それを聞く余裕はもはや私にはなかった。何としてでも生き延びたい。その思いだけが私の心を支配していく。


 私は二人を交互に見ながらアレクに言った。


「アレク様、先の大戦は残念でした。兵が全滅とは大変な目に遭われましたね」


 ジリジリと後ろに下がると、彼らも同じように歩を進める。


 彼は私の返事を聞いて、眉間のシワをさらに増やした。心に余裕はないが、彼の苦しそうな表情についからかいたくなった。


「ふっ私のことは憎いですか?」


 私が薄ら笑いを浮かべて挑発すると、彼は面白いように反応した。


「当然だろう。ここは私の生まれ育った国で、私が守ると誓った国だ。それを君は我顔で操り、蹂躙した」


 アレクは静かに言うと、腰に下げた剣を引き抜いた。流れるように展開される防御魔法にも熟練された動きを感じる。ただ知略を巡らす将ではないようだ。



「リジーは手を出さないでくれ。この者は……私がけりをつける」

「ええ、分かっています。ですが、危なくなったら手を出しますね」


 リジーと言う少女が頷いて答えると、彼は目を閉じて剣をまっすぐ私に向けた。


 その動きを見て私は内心心が踊った。逃げられない絶望的な状況で、見えた一筋の逃げ道だ。


 彼をなぶり殺しにする。そして、後ろの少女が狼狽えている間に彼女にも致命傷を与えて姿を晦ます。少し強引だが、今の私にはそれでも十分に希望を持たせてくれた。


「私の実力はアレク様より上ですよ。それでも戦うと言うのですか?」


 私は彼を刺激するように煽った。幸い後ろの少女は動かないでいるのだ。彼だけが戦う状況を作ってしまえばこっちのものだ。


 私の願いが通じたのか、目を閉じていたアレクはゆっくりと目を開けて言った。


「これはドルビーの、散って逝った仲間達への弔いだ。しばし、私の我儘に付き合ってもらうぞ!」


 一声叫ぶと彼は真っ直ぐに私に踏み込んで来た。

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