第八十三話 少女と侵入
セレシオン王国。
それはアトシア大陸の西側の大半を支配し、ストルク王国に並ぶ大国だ。建国したのもストルク王国と同時期と言われている。
この国も時代の流れに乗って衰退と繁栄を繰り返しながらも、国を存続させて来た。
国は違えど隣国なため技術の伝搬は盛んに行われている。こと建築技術については共有が早く、目新しい屋敷などが街中にちらほらと見受けられる。
その光景はストルク王国で見る街並みと似たものがあり、初めて訪れる割には違和感を感じないほどだった。
それだけ両国間で文化の交流が盛んに行われて来たのだ。
ーーそうだ、この国で見聞きしたことはシェリーに聞かせてあげよう。
私はそんなことを考えながらアレク将軍の背中をさすっていた。事態は急を要するので、ストルク王国からセレシオン王国へ空を飛んで来たのだ。
空が苦手なアレク将軍は地上に降り立つと真っ直ぐに座り込んでしまったのだった。
「アレク様、少し水分を取られた方がよろしいかと」
涼しい顔をしたジークは水の入った袋を彼に差し出す。
そして、その横ではシーズが呆れたようにアレク将軍を眺めて言った。
「この程度で音を上げるとは、セレシオンの者も大したことないのー」
アレク将軍は恨みがましい目で私たちを見ながら、受け取った水を無理やり流し込んでいった。
「体が後ろに引っ張られる感覚が馬車に乗っている時と桁違いだよ。君たちは何でそんなに平気なんだ?」
少し落ち着いたアレク将軍はブツブツ毒を撒き散らした。
私達が今いる場所はセレシオン王国の王都クーチ。人目のつかない路地裏で私たちは待機していた。
先行して潜入したフィオ達からここに来るように伝えられた場所だ。
こう言うところはさすが潜入のプロと言ったところだろう。
フィオ達はすでにいくつか拠点を持っているようで、着実に情報を集めてくれているのが分かった。
「あら、もう到着してるのね。浮遊魔法ってやっぱり便利ね」
物思いにふけっていると、不意に頭上から声が聞こえた。
顔を上げると、日に照らされる二人組が私たちを見下ろしていた。この人達は屋根伝いに移動するのが好きなのだろうか。
「来ましたか。早速ですが、現状を報告してください」
目立ちそうな登場の仕方にそう疑問を持ちつつも先を促した。あまりのんびりしていられる状況ではないのだ。
フィオ達は音もなく地面に着地すると、何でもないと言わんばかりに報告を始めた。
「状況は最悪に近いわね。軽く調べたけど、王族は全員支配下に置かれているわ。そこから枝分かれするように貴族達、騎士団まで。一部の部隊だと末端まで精神支配を受けている者もいるわ」
それを聞いてアレク将軍の呻き声が上がった。祖国が侵略されているのだ。私が同じ立場でも呻いたことだろう。
「侵入している敵の数は何名ですか?」
頭をかかえる彼を横目にフィオに質問した。彼女は顔にかかった髪を鬱陶しそうに払いながら短く答えた。
「私の時と同じで一人よ」
名前はサーシャというらしい。
隣にいたアレク将軍が息を飲んだ。どうやら彼が怪しいと踏んでいた女中と同一人物だったようだ。
二人の情報も一致したところで私達の標的も決まった。
「そうだ、紹介がまだでしたね。アレクさん、この二人はフィオさんととベルボイドさん。私の部下です」
私が紹介すると、アレク将軍は二人に自己紹介をした。それに倣って二人も順に名乗って行く。
そして、ベルボイドが自己紹介している間に、フィオは私の隣に立って言った。
「何というか因果なものね。少し前までは同じ志の仲間だったのが、気がつけば敵に寝返って裏をかこうっていうんだから」
サーシャという女性は相当の自信家で、フィオとはいつも張り合う仲だったそうだ。
表情こそは読めなかったが、彼女との思い出にでも浸っているのだろうか。
「私のことは気にしなくていいわ。元々好きな相手じゃなかったし、一度殺し合いもしたしね」
私が見つめているのに気づいたのか、フィオは何でもないと言わんばかりに首を振った。
「状況によっては殺す可能性もありますが、それでも構いませんか?」
私は確認を込めて尋ねると、フィオは一瞬目を光らせ頷いた。
「計画が失敗したら塵すら残さず立ち去る。それが灰の流儀よ。それを無視して国に残っているってことは、ボスに切られた可能性が高い。彼女は完全に孤立しているわ」
フィオは腕を組んで言った。
確かにあのアルドベルなら見捨てるだろう。
私は夕日に染まるアルドベルを思い出していた。彼の非情さは対面して肌で感じ取っていたので、彼女の言葉はよく理解できた。
「それではまずはサーシャさんを捕らえましょう。どこに潜伏しているか分かりますか?」
頭上の屋根を見つめていたフィオに尋ねた。
この国がおかしくなっている現状はサーシャが発端だ。なので手っ取り早く大元を捕らえてしまえば事態を収められる。
それに、王国の中枢が支配されているとなれば、馬鹿正直に正面から言っても攻撃されるのがおちだ。ならば彼女の裏を掻いて行動しなければならない。
「それがまだ見つかっていないわ。魔力を隠すのが私達より上手いからね」
フィオは心底残念そうに答えた。二日かけても見つけられなかったのがショックらしかった。
「人を一人探し当てるのは難しいですからね、そう気落ちする必要もないですよ」
王都全域から魔力を消した人物を探すのだ。それは途方もない作業になる。
キンレイス陛下を探した時だって、ジークですら丸二日もかかったのだ。見つけられなくても無理はない。
しかし、私は慰めるつもりで言ったが、それは逆効果だったらしい。フィオは大げさに胸を抑えると頭を抱えて座り込んでしまった。
「それを簡単にやってのける主人に言われても慰めにならないのよね……」
アルドベルを探し当てたことを言っているのだろう。フィオの悲痛な声は私以外には届くことはなかった。




