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第八十一話 少女と任務

 昨日の魔法弾騒動は翌日になると人々の話題の中心になった。

 街一つ覆い尽くした現象だ、話題に上がらないはずがない。神の怒りに触れたや、英雄様が再び国をお救いなさったなど誇張された物語は街中を飛び交った。


 当然城でもその話で持ちきりだった。

 先の騒動も落ち着き、平常運転に戻り始めた矢先ということもあって、立ち止まり会話する者が多々見受けられた。


 そして、その話題の中心には私の名前が挙げられていた。


 あの時は無我夢中だったから気にしてはいなかったが、相当数の国民に見られたらしい。

 早朝なのに塔を出るだけで、すれ違う人に感謝されることになっていた。



 その当事者である私は、早朝から陛下の居室へ説明に伺った。

 昨日の間に簡単に顛末だけは伝えていたが、詳しい話は翌日に持ち越すと言うことになっていたのだ。



「……全く、人知れず国が滅亡の危機に陥っていたとはな。リジーには世話になりっぱなしだな」



 私の説明を聞いたエイン王女は、腕を組んで唸った。それに合わせて肩に流れる栗色の髪が揺れる。

 その隣では陛下は難しい顔をして目を閉じていた。


「敵は私の想像を超えた力を持っていました。恐らく私と同等かそれ以上の実力かと」



 私は寝不足による頭痛を堪えながら言った。

 と言うのも、私は昨夜のジークの話で眠れなかったのだ。


 彼の壮絶な過去を追体験し、複雑な胸中を知った。私はいつかは彼を永久の呪縛から解放してあげたいと、横になりながら考えていたのだ。


 それが不味かったらしく、寝付けたのが日が上り始める時間だった。お陰で殆ど寝れていない。


 当のジークはと言うと、昨日の優美な姿はどこふく風で、無表情のまま私の少し後ろに立っていた。

 以前の私なら気にすることはなかったが、今は何故か恨めしかった。


「だが、灰と一戦交える時は私にも言ってくれ。今回は仕方ないが、次からは頼むぞ?」


 私がジークを眺めているとエイン王女は釘を刺した。


 エイン王女が咎めるのも最もだ。国が知らぬ内に消しとんだでは笑い事では済まない。

 今回は私が独走してしまったのがいけなかったのですぐに頭を下げた。


 敵はいつやってくるか分からない。王女が近くにいない時もあるだろう。それが分かっている彼女は不満顔ではあったが許してくれた。



 その様子を見守っていたキンレイス国王は、私達が静かになると徐に口を開いた。


「敵はあのケニスの生き残りで、狙いはストニアと世界の滅亡か……」


 悲痛の篭った彼の声は重々しかった。


「ケニス小国との戦争は前国王、わしの父の代に起きたものは知っておるな?」

「はい、ストニアさんが部隊を率いていたことも存じています」


 国王の問いに私は間髪入れずに答えた。


 史実は時に残酷な時がある。それは私の尊敬する人がこの事態の中心にいることだ。

 彼女は国のためとはいえ一国を滅ぼした。それで恨まれるのはある意味当然ではあるが、やるせない気持ちになる。


 だが今回はそれだけでは済まされない。アルドベルという危険な思想を持つ人間を生み出してしまった。

 ただの人間であれば憂慮する事態にはならない。


 しかし、彼は私に並ぶ実力を備え、単体でも国を滅ぼす力を持っている。それに加えて大国をも混乱に陥れる組織を持つ。


 キンレイス国王はこの事態を重く捉えているようで、かつての英雄ストニアの身を案じていた。


「昨日の一件で奴らの目的も分かったが後手に回っておるのは間違いない。今すぐ彼女の身に危険が及ぶとは思わんが、使いを出して危険を知らせるべきじゃろうな」


 陛下は深く頷いていたところにエイン王女が尋ねた。


「父上、その使いと言うのはリジーのことか?」


 陛下は彼女の問いに頷いた。


「そうじゃ、リジーはここのところ働きづめであったからな。休暇も兼ねて一度ベネスへ戻ってもらうのもいいじゃろう」

「……あの、よろしいのですか?」


 私は控えめに確認した。

 国は落ち着いたとは言え、まだ片付いていない問題も山積みなのだ。そんな中私だけ離れるのが少しだけ憚られた。


 そんな私の態度を見て、陛下は優しく笑って言った。


「そなたの働きには報いねばならん。わしにできるのは労いの言葉と休養を与えることぐらいじゃからの」


 それは国王からの粋な計らいだった。突然の言い渡しに私は戸惑ったが、懐かしいベネスの風景が脳裏をよぎり始めていた。


 王都に来てから初めての帰省だ。アルドベルのことは気がかりではあったが、ストニアに会えると考えると心が軽くなった気がした。



「陛下、お心遣いありがとうございます」


 私は和かに見つめてくる陛下に感謝を述べた。

 しかし、彼はそれを片手を上げて受け止めた。その仕草はまだ何かあることを示していた。



「だが、彼女の元に行く前に一つだけ頼みたいことがある。他の者には任せられない重要な案件じゃ」


 そう言った陛下は机に置かれていた一枚の書類を私に手渡した。

 その中には、セレシオン王国の奪還任務の内容が書かれていた。現在も捕虜になっているアレク将軍を国へ返還し、セレシオンに巣喰う敵を排除せよと言う内容だった。


 この戦争はまだ終わっていない。ストルク王国は平常に戻ったが、相手国はまだ囚われたままだ。

 キンレイス陛下は友好国であるセレシオン王国も救うつもりのようだ。


 それに、灰のメンバーが潜入しているのであれば、私が一番適任なのは間違いない。

 ここは乗り掛かった船だ。最後まで対応することにしよう。


 そう決意した私は、視線を陛下に戻し無言で頷いた。真剣な顔をした陛下の目に力が入った。

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