第七十九話 騎星の会合
その日、王都リールでは不思議なことが起きた。
日も暮れて一日の終わりを各々が感じているところに、巨大な魔力の塊が降って来た。その巨大な魔法弾は日暮れの王都を赤く照らした。
突然のことに人々は逃げ惑い、呆然と立ち尽くした。
その魔力の塊は膨張を続けて王都を飲み込もうとしたが、もう一つの魔力の塊が飛来したことで状況が変わった。
この国で英雄と呼ばれる少女は、魔力の塊を遥か上空へと運び去った。彼女は再び被害を出すことなく王都を救った。
それを見た人々は、口々に「星の英雄様が救ってくださった!」と叫んび喜びあった。その夜は人々が街で溢れかえり、いつにも増して夜空を明るく照らしていたーー
王都上空。星空に照らされながら私はジークに向かって言った。
「ジークは一体何者ですか?」
今しがたジークは神器セディオを完璧なまでに使ってみせた。それにこの杖が元々は槍で、ジークの所有物だったことに戸惑いを覚えていた。
この神器は星の雫を継承していないと扱えないはずなのだ。
彼は、ジークは神の使いだと思っていたが本当は何者なのだろう。その疑問が渦巻きやがて私の口から出ていた。
「私がセディオを扱えることについて、ですね?」
星明かりがジークを照らす。普段の優しそうな表情が今は真剣な顔つきになっていた。
私は無言で頷いて先を促した。
「それを語るには、まずは私とアイルの関係から話さなければなりません。ここでは体が冷えますから、一度地上に降りましょう」
彼の提案に従い私たちは城の塔の屋根に降りた。王都で一番高い塔の屋上は、魔法の灯りに彩られた街を一望できた。
その街を一通り眺めたところでジークが徐に口を開いた。
「さて、私が何者かについてお話ししましょう。もうお気づきかも知れませんが、私は神アイルより『星の雫』を継承した最初の人間です」
「……ジークが最初の継承者?」
少し間抜けな声が口をついて出た。
ある程度予想はしていたが、まさか本当に継承者だったとは驚きだった。
なるほど、確かに継承者であれば神器も扱えて当然か。しかし、それでも不可解なところはある。
私は無言で頷いたジークに別の質問をぶつけた。
「今のジークに『星の雫』はないはずです。私が継承している今、それ以前の方達はすでに死んでいるはずです。ジークの存在は一体何ですか?」
星の雫は一つの時代につき一人に継承される。そして、継承者の命が尽きると神殿に戻って次の継承者が現れるまで封印される。
同時期に二人以上継承することはないのだ。
それに、ジークが何千年と存在していることも不思議だった。
「今の私は屍体と呼ばれる復活者です。神器を扱えるのは、私の体の構築に神アイルの力自体が使われているからなのです」
ジークは淡々と自分が死者であることを言った。
昔、死者を復活させる魔法が研究され、屍人魔法が生み出された。
それは、亡骸の一部を媒介に死者の生前の意識を呼び戻す魔法。
そしてこの魔法で復活した者は屍体と呼ばれている。
しかし、この魔法は死者を冒涜するとして禁忌の魔法だったはずだ。それを大昔の神が実践していることが信じられなかった。
「神アイルは何故貴方を使役してるのですか?」
色々聞きたいことはあるが、まずはジークのことから聞こうと質問した。
彼は暫く沈黙していたが、やがて意を決したように言った。
「私は罪を犯しました。その代償が屍人魔法による永久的な使役です」
ジークは青い双眼を私にまっすぐ向けた。
「あなたの罪は何?」
私は彼の目から視線を離さずに聞いた。
「私の罪は神殺し。未遂ですが、私は神アイルを殺そうとしました」
ジークは目を閉じ、昔を思い出すようにゆっくりと言葉を紡いだ。自嘲もなく淡々と告げられる事実は、私の想像を超えるものだった。
「何故殺そうとしたのか。それは神話戦争の最中、神アイルが私に姫を討たせたことが原因です」
私は姫と言う単語に思わず反応した。確かジークは元王国騎士でその国の姫に仕えていたと言っていたはずだ。
その姫を討つと言うことはつまり、自分の主人を自分で殺すと言うこと。
まさかと言う思いで彼を見る。私の無言の確認に彼は無言で頷き返した。私の想像したことが真実であることを物語っていた。
「私が仕えていた姫の名はリリー・アトシア様。かつて、この大陸に栄えたアトシア神聖王国。その最後の王族の方です」
彼は胸に手を当て、かつて仕えた主人の名を言った。
数千年も前の人物だが、その名には聞き覚えがあった。リリー。私の母と同じ名前だ。それは偶然の一致でしかない。
だが、私と瓜二つの姿に母と同じ名前。私の興味を引くには十分だった。
それからジークは、彼が生きた神話時代とその戦争について語り始めた。




