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第七十八話 灰の謀

 パテオ山脈の麓に構える木造の家、この家は僕の家であって、同時に灰のアジトである。それはつまり、僕以外の人間が必ずいるのだ。


 その姿をソファーの上から確認して、僕を出迎えた声の主に言った。


「メウラ、また寛いでるのかい? ま、今はやることないから別に構わないけどね」



 メウラと呼んだ女はソファーの上で、四肢を完全に投げ出していた。程よく引き締まった体に女性らしいラインが目に飛び込んでくる。


 彼女の容姿は男受けするらしく、これまで数多の異性を虜にしてきたらしい。

 僕にはいまいち良く分からないね。リジーの方が何倍も美しい。



「だってー計画全部ぶっ飛んじゃったじゃないのー。そりゃやる気でなくなるじゃん」


 メウラはやる気のない声でだらけて言った。

 確かに彼女の言い分は分かる。今回の計画は年単位で進めていたものなのだ。


 それが最後の最後で失敗に終わったとあれば、誰だってやる気を無くすものだ。


「ま、今回は僕の見立てが甘かったね。ひどく痛感してるよ」



 自分の非を認めながら、背負っていた楽器を壁に立てかける。見た限り傷は負っていないようだ。

 あれだけ激しい戦闘で傷がつかなかったのは幸いだな。


 この楽器は亡き母の形見。小さい頃はよく母の語り引きを聞かせてもらったものだ。


「それでー? 王都はどうだったの? 何か収穫あった?」



 僕が思い出に耽っているとメウラはソファーから気怠げに聞いてきた。この女にはもう少し人を敬う気持ちを持って欲しいね。

 僕は内心で毒づきながら言った。


「とりあえず、例のあの子と接触してきたよ。とんでもない美少女だった」


 たとえ敵であっても出会いは突然やってくる。自分で言った一言で、彼女の甘い香りを思い出した。


 セテミルの香りを漂わせた上品な少女。艶のある美しい黒髪、どの宝石も色褪せてしまうような美しい目。均整のとれた顔立ちは僕の心を鷲掴みにした。


 彼女が伴侶になると言ってきたら僕は世界への復讐を諦める、かもしれない。それくらい衝撃的な出会いだった。


 そう考えながら背中に背負ったもう一つの小さな袋を取り出した。


 それは、今朝方の王都で探し出した代物で、王都に行った本命だ。これだけは見つかるわけにはいかないと、楽器の裏に隠していたのだった。


 それでも、リジーに見つかるのではと、道中はヒヤヒヤものだった。



「ていうかボスって女の子に興味あったんだ? あたしとかフィオとか全く女として見てなかったのに、そのリジーって子どれだけ可愛いのよ?」


 僕が袋から木箱を取り出していると、メウラがムッとした表情でソファーから顔を覗かせる。本気で怒ってはいないが、不機嫌を隠さない。



 何か言おうとしたところで、不意に床下の扉が開いた。そして、地下の暗がりから男の頭がぬっと飛び出してくる。


「ボスが美少女って言うくらいなんだから、君よりは美しいんだろ」


 男は眠そうな頭を掻きむしりながら這い出してきた。その不気味な登場に一瞬だけ肩が震えた。


「っ! なんだ、フォレスか。驚かさないでくれよ」

「ちょっと! それってどう言う意味よフォレス!」



 フォレスは基本的に地下室に閉じこもりっぱなしの変人だ。栗色の髪は爆発でも受けたかのようにぼさぼさだった。青い目はやる気がなさそうに半開きになっている。


 そして、彼は僕やメウラの悪態を無視し、無言で手を伸ばしてきた。僕の右手にもつ物をじっと見つめている。



「君も目ざといね。ほら、ご注文の品だよ。これだけあれば足りるだろう?」


 フォレスは無言で木箱を受け取り、中身を確認する。

 どうやら彼のお眼鏡にかなうものだったようで、半開きだった目が一気に見開かれた。彼の口角が徐々に釣りあがっていく。



「さすがはボスだ。物に間違いがなければ確実に成功できるよ」


 フォレスは礼を言うと、すぐに地下へと潜って行った。


「出来たら僕にも見せてくれよ? 苦労して手に入れたんだからね」


 地下の扉に向かって言うと、フォレスは扉を軽く上下させて返事を返した。

 頼りになる奴なんだけど、人としては終わってるだろうね。人のことは言えないけど。



「フォレスの奴、あたしのこと無視してきやがった。傷つくわー」


 メウラはいじけたように再びソファーに沈んで行った。


 元から傷つく女じゃないからほっといていいだろう。旅の疲れを癒すため、ソファの向かいの椅子に座った。



「そう言えばさ、フィオとベルは死んだの? 今日って処刑だったよね?」


 僕が深々と腰掛けたところでメウラが聞いた。

 かつての仲間のことはやはり気になるのか少し真剣な顔をしている。


「死んでなかったよ。ま、敵に寝返ったからいずれ殺り会うようになるかもね」

「ふーん」


 メウラはもう興味がないのか明後日の方を向いて返事をした。


「ところで、セレシオンの方はどうなっている?」


 僕はメウラから目を離さずに聞いた。

 セレシオンにもストルク王国と同じように仲間を潜り込ませてる。


 優秀な奴ではある。だが、かなり自由奔放な性格のためか、余計なことをしでかすことが多い。問題が起きる前に回収しておきたい。



「もうちょっと潜伏するって言ってたわ。多分、魔力の回収を増やそうとしてるみたいだけど、どうする?」


 メウラの返事に舌打ちを返したくなった。

 今がどれだけ逼迫した状況か分かっているのだろうか。全く、フィオとは正反対の奴だ。


「帰還命令を出してくれ、それに応じなければ見捨てる」


 僕は首を振りながら言った。


 放っておけばいずれリジーに捕まるはずだ。

 フィオ達がいなくなってる時点でもう一人欠けても問題ない。


 それに、彼女からは大した情報は得られないだろうからね、わざわざ助けに行く必要もないだろう。



 僕の声が一段と冷たくなったのを感じたのか、メウラは今日一番真剣な顔で頷いた。

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