第七十六話 騎士の跳躍
陽が西の地平線に沈みつつある橙色の空。その上空で巨大な魔法弾が出現した。
それはゆっくりと膨張しているのか、徐々に空を覆い始めていた。
「君が空へ逃がした魔法弾だけどね、あれは周囲の魔力を吸収して膨張するんだ。そして、耐えきれない量まで吸収すると地上へと落下を始める」
アルドベルは頭上の魔法弾を指差しながら説明した。
「僕は知ってるよ。君が他人を見捨てることができない優しい人間だとね。これが王都に落ちればどれだけの人が死ぬだろうねぇ?」
彼は不敵に笑いながら私に斬りかかって来た。
直進する彼を空間魔法で固定しようとしたが、あっという間に壊され間合いに入り込まれた。
「そらっ!」
アルドベルは最大限に強化した一撃を叩き込んで来た。
その一撃は全力で受けたはずなのに少し押された。今の私と一対一で渡り合える人間がいる。その事実が私の焦燥感を高めた。
早く王都に戻らなければ、空から落ちてくる魔法弾で消し飛ばされてしまう。かと言ってここでアルドベルを逃したくもなかった。
私が迫られた選択に躊躇していると、アルドベルは押し込む力を強めて凄んだ
「さあ、僕を殺すか、国を見捨てるか! どっちを選ぶ!」
彼の声はガンガンと耳に響いた。
腕が軋む中、じりじりと首が焼け付けられる。その中でシェリー達の顔が脳裏をよぎった。
大切な人達。私を支え、前へと後押してくれる大切な人達。
二度と失いたくない。もう二度と亡くしてはならない……!
その考えに至る頃には私の全身は大量の魔力で限界まで強化されていた。
「たあ!」
私は気合いの掛け声と共に全力で彼の剣を弾いた。アルドベルは後ろに弾き飛ばされて少しよろめいていた。
それには目もくれず、私は王都に向かって駆け出した。彼ならいつでも追跡できる。今は王都を救う方が先だ!
「ははっ! やっぱり君はそっちを選んだ! 君は優しいからね、心の奥底まで復讐者になれないんだよ!」
彼の勝ち誇ったような声が私の背を追いかけて来る。
少しだけ振り向くと彼は何か魔法を発動していた。逃げるための魔法だろうが、それが何かを気にする時間は残されていない。
私はアルドベルから意識を切り離し、上空の魔法弾を見上げた。
鈍く光る魔法弾は王都を明るく照らし始めていた。もう走っていては追いつけない。
私は浮遊魔法と転移魔法を展開し、魔法弾近くの上空へと移動することにした。光の塊となったそれは眩しく目を覆いたくなるほどだった。
私はすぐさま魔法弾に触れて意識を集中する。私の浮遊魔法が適用された魔法弾はすぐに落下が止まった。
だが、安心するのはまだ早かった。
「これは……まさか、爆弾?」
魔法弾の落下が止まった直後、膨張した魔力はその中心に向かって収束を始めていた。
このままでは制御を失って爆発し王都を吹き飛ばしてしまうだろう。
だが、今の私でもこの魔法弾を消すことはできなかった。今にも爆発しそうな魔力を押さえ込み、浮遊魔法で高度を維持することで精一杯なのだ。
いくら「星の雫」を持っていても、一人でやるには荷が重すぎるのだ。ここはかなりの上空だし、ジーク達も飛んでは来れない。
こうなったら王都に被害の及ばない場所へ飛んでいくしかない。少し遠いが、ジストヘール荒原に落とすのが被害が少ない。
私はそう決めると、暴れ狂う魔力をどうにか制御しながら上昇を始めた。少しでも気を抜けば私も吹き飛ばされる緊張感の中、冷たい汗が腕を伝った。
「リジー様! ご無事ですか!」
突然真下からジークの声が聞こえた。視線だけ下に向けると彼はシーズに跨っていた。どうやらシーズの強脚でここまで跳躍してきたようだった。
その姿を見るとどこかほっとしたように胸が熱くなった。
「これ以上はわしでも届かん! 背を蹴って飛べ!」
シーズの掛け声と共にジークは私に向かって跳躍した。勢いよく飛び込んで来た彼は、ギリギリのところで私の伸ばした手を掴んだ。
そして、私の浮遊魔法を受けたジークはそのまま魔法弾の制御を始めた。
「リジー様は浮遊魔法に集中してください! この魔法弾は、私が制御してみせます!」
ジークはそう言うと懐から神器セディオを取り出し、魔法弾に突き刺した。
「待って! ジークはセディオを使えるのですか?」
その突然の行動に驚いて声をかけた。
「これは元々私が使っていた槍です! それより、もっと上空へ飛ばしてください!」
制御に苦戦しているのか、ジークは歯を食いしばりながら答えた。
彼が神器を扱えることに驚きを隠せなかったが、今はそれどころではない。私はジークの指示通り、上昇速度を上げる。
いつの間にか、日は完全に暮れていた。その中を私達は一筋の光となって空を昇った。
そしてやがては薄い雲を突き抜け、星空の海に飛び込んだ。
その頃には魔法弾は人の頭よりもひと回り大きいサイズにまで収縮し、いつ爆発してもおかしくないところまできていた。
だがそれは、ジークの完璧な魔力操作によって防がれているようだ。
「よしっ、いける! リジー様、このまま魔法弾を吸収します!」
ジークはそう言うとセディオを引き抜き、魔法弾の吸収を始めた。どうやらジークは取り込みやすいように自身の魔力へと変換していたようだった。
その証拠に、あれだけあった魔力は、あっという間にジークの中に吸収されていった。
全てが終わると、雲の上には私達二人だけとなった。あれほど明るかった視界は薄暗く、星明かりだけである。
「……何とか吸収できましたね。リジー様、勝手に指図してしまい申し訳ありません」
セディオを私の手に包ませながらジークは言った。
「いいえ、構いません」
彼とは主従関係を結んでいるが、そんなことを気にする私ではない。それに、他のことが気になって仕方なかった。
「それより聞きたいことがあります。ジークは一体何者ですか?」
私は彼のことをよく知らない。昔の王国の騎士だったことと、今は神の使いであることぐらいだ。
今まで聞く余裕が無かったので詮索しなかった。だが、今は彼の素性を知らなければならないと直感していた。




