第五十二話 少女と治療
「両足ともダメになっていたのに、すぐに歩けるようになるとは……驚いた」
アレク将軍は不思議な物を見るかのように自分の足を見つめていた。
「応急処置で骨を接着してるだけですからね。あまり激しく動くと固定魔法が外れますよ」
私は足を曲げ伸ばしし始めたアレク将軍に注意した。
ここはセレシオン軍の後方部隊が設置した医療テントの中だ。
今は私とアレク将軍しかいない。他の者達は皆、戦場から遺体を運び出す作業に駆り出されている。
私は生き残ったセレシオン兵達を治療するために留まっていた。
もちろん最初は警戒されたが、一番瀕死の兵をあっという間に治療したのをみて任せてくれたのだった。
そしてちょうど今、一番軽傷だったアレク将軍の処置が終わったところだ。
「しかし、君は一体何者なんだ? 魔法剣士ではなかったのか?」
アレク将軍は不思議そうに質問した。
顔に疲れは見えていたが、普通に会話をしてくれている。戦場で再開した時は憎しみの篭った目で睨まれたのが嘘のようだった。
「私は魔法剣士ですよ。ただ、軍に入る前は病院のお手伝いをしてましたから、治療もできます」
ストニアの治療レベルはベネスの中でも屈指だ。そんな彼女に鍛えられたのだから、治療に関しても自信はあった。
私の説明にアレク将軍は、なるほどな、と言って納得した。彼女の名は隣国のセレシオンまで認知されているようだった。
「まさか、あのストニア殿から教えを受けていたとはな。彼女の治療を受ければ例え死の淵であっても生還する可能性があると言われている。さっきの治療はまさにそう評するに相応しいものだったよ」
そう言うと、アレク将軍は頭を下げた。
「兵達を治療してくれたこと、改めて礼を言う。君がいなければ、私以外全員死んでいたことだろう」
「……私はさっきまで戦ってた敵なんですが……責めないんですか?」
まさか感謝されるとは思ってもなかった。私はさっきまで敵で、軍のほとんどを虐殺した張本人だ。それを尋ねると、アレク将軍は真剣な顔つきで首を横に振った。
「私も人間だ、君に思わないことはない。だが、敵である君が、私の兵を助けてくれたことには感謝しなければならない。それがけじめと言うものだ」
アレク将軍ははっきりと言い切った。たとえ部下達から責められようとも、義理を通すのが長の務めだと。
「それに、理由はどうあれ我々は戦争を仕掛けて敗れた。その上、生存者の治療までしてもらって、感謝の一つも言えないようでは誇り高いセレシオン王国は廃れてしまうだろうよ」
私が戦争中とその後を完全に分けて考えているように、アレク将軍も明確な線引きを意識する。正直言って彼の対応には救われていた。
沢山の死を築いたことに私も精神的に参っていたのだ。そこにさらに恨み節を吐かれたらどうなっていただろうか。分からない。
ただ、アレク将軍はそれを汲み取って何も言わずにいてくれたのだ。私は彼に礼を言いつつ今後の動きについて確認した。
「治療中にも言いましたが、私はもう戦う気はありません。この戦いは終わり、戦後処理に入る。そして、アレク将軍含め生存者二十三名の方は一時的にストルク王国の捕虜となる。この流れで構いませんか?」
私の確認を聞いてアレク将軍は静かに頷いた。
「無論だ。今のセレシオン王国には戦争を継続する兵力は残っていない。潔く負けを認める。ただ……ここを離れる前に、死んだ部下達も弔いたいんだが、少し時間をくれないか?」
そう言うとアレク将軍はゆっくりと歩いてテントの外に向かった。初めは慎重に足を下ろしていたが、痛みがないことがわかるとそのままスタスタと歩いて行った。
私も彼の後に続いて仮設テントを出た。日は真上に来たところで気温が上がり始めていた。今は風も吹いていないので余計に暑く感じる。
「アレク将軍、もう動いても大丈夫なのですか? とても歩けるような足には見えませんでしたが……」
テントの外では後方部隊の指揮官が待っていた。彼はアレク将軍を一人にするのは不安だからと、万が一のために外で待機していたのだ。
「心配かけてすまないな、パッツェ。この通り、完璧な治療を受けたから大丈夫だ」
アレク将軍は片足を軽く叩いて無事を知らせた。
パッツェと呼ばれた初老の男性はちらりと私の方を見てから視線をアレク将軍へ戻した。未だに信じられない、という表情をしている。
最初にこの部隊と合流した時も、最後まで油断なく見ていた人だ。まだ、私のことは許していないようだ。
一瞬で軍一つを壊滅させた私への恐怖心からくるものだろう。戦場にいる自国の兵達が空に舞う光景はそれほどまでにショックが大きかったのだ。私も反対の立場ならそうするだろう。
「将軍がそう申されるのでしたら構いませんが、この後はどうされるおつもりですか?」
パッツェは年の功によるものか、全てを飲み込んで次の指示を仰いだ。
アレク将軍は彼に今後の動きを説明した。敗戦処理を進めること、捕虜になること、死者たちを弔うこと。アレク将軍が説明する間、パッツァは顔色一つ変えず聞いていた。
「ーーというわけだ。パッツェの後方部隊は国王への通達、それと、国に帰って遺体の埋葬を進めてもらう」
パッツェはしばらく目を閉じ、今の話を反芻し、深々と腰を折った。
「承知いたしました。ではすぐに伝令役を送りましょう。ですが、遺体の運び出しにはしばらく時間が必要です。遺体の掘り起こしが難航しているのです」
パッツェの見立てでは、部隊全員を休まず投入しても少なくとも三日はかかるようだった。
アレク将軍は腕を組んで唸った。それも当然だ。
三日間も休まずに死体を掘り起こす作業をすれば、作業にあたっている隊員達は心身共に疲弊する。かと言って、それ以上放置し続ければ死体は腐ってしまう。
なので私は二人の前に進み出て提案することにした。
「ご遺体の回収なら私も手伝わせてください。私の浮遊魔法があれば短時間でできるはずです」
もちろん、早く国に戻ってシェリーを救いたかったが、この惨状を置いては帰れない。
私の提案に二人は顔を見合わせた。パッツェは困ったような顔をしていたが、諦めたように首を縦に振った。
「分かった。背に腹は変えられないか。リジー、重ねて面倒かけて申し訳ないが、協力いただけるだろうか?」
そう言って、アレク将軍は再び私に頭を下げた。




