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第五十三話 少女の囁き

 戦場となった場所から遺体を掘り起こす。その作業は一苦労どころの騒ぎではない。


 重い土を掘り起こし、邪魔にならないように運び出す。炎天下の中では、これだけでも重労働だ。それに加えて、仲間だった遺体を運び出す作業も付いてくる。


 ただでさえ大量の死を前に精神が疲労しているのだ。無残な姿の遺体を見つける度に、支援部隊の者達は顔を曇らせていた。


 死んだ兵は二万人。生存者はいない。一体、この地獄はいつまで続くのか。死臭漂う世界で隊員達は考えを巡らせていた。



 だが、その状況は一人の少女の登場で一変する。少女は有り余る力を最大限に活用して遺体の回収を補助した。


 彼女は浮遊魔法で戦場に散乱する全て持ち上げ、骸だけを丁寧に救出した。そして土は邪魔にならないように戦場の外へと運ばれる。


 そのおかげで、隊員達の作業速度が飛躍的に上がった。運び出された遺体は、隊員たちによって丁寧に腐敗処理と遺体袋を被せられて運ばれていく。



 そうして、永遠に続くと思われた地獄はわずか半日で完了した。

 例え少女がこの惨状を引き起こした人物であっても、奇跡のような魔法に隊員たちは喜び感謝した。



 そして夜になった現在、今日の疲れを癒すべく、隊員達は泥のように眠りについていた。





「まさか、ここまで早く終わるとは思わなかった。流石は英雄の力、と言ったところか……」


 星空に照らされながらアレク将軍は小さくつぶやいた。手には非常食の干し肉を持ち、遅めの夕食を口に放り込んでいた。



「私はできることをしたまでです。それに、この力を戦い以外で使えるのはいいことだと思います」


 周囲に目を配りながら返事を返した。今はセレシオン軍のキャンプ地にお邪魔し、アレク将軍と夕食を共にしていた。



 私の手にも、少し分けてもらった干し肉があった。

 もっと攻撃的な対応をされると思ったが、驚くほど抵抗もなく迎え入れられた。

 昼間の手伝いで少し受け入れられたのだろうか。



 そのことを尋ねると、アレク将軍は頭を掻きながら苦笑した。


「あれだけの実力を見せつけられて、挑もうとする者はもうこの軍にはいないよ」


 彼は上を見上げながら小さくため息をついた。



「我が国もこのことを事前に知っていれば、戦争は避けられたのかもしれないな。今更、嘆いても仕方がないが……」



 アレク将軍はぼそりと呟いた。

 私に話しかけた、と言うよりは内省の独り言のような口調だった。私は口を閉ざして聴く方に専念した。



「ドルビーは、何と言うか警戒心の塊のようなやつだった。二十年前に士官学校で出会った時からずっとそうだったよ」


 ドルビーと言う方は元々孤児だった。彼の少年時代は孤児にはよくありがちな話で、生きる為に盗みを繰り返していた。

 挙句の果てに、信じていた友に裏切られて軍に捕らえられてしまったのだった。


 だが、軍は彼を罰する代わりに施設で働かせるようになった。少しでも更生できるようにと配慮したのだ。


 そこでアレク将軍は彼と出会った。士官学校の手伝いで彼と行動することなったのがきっかけだった。

 初めはアレク将軍にも辛く当たり、全く相手にされなかったらしい。


 だが、アレク将軍は彼に毎日のように話しかけ、交流を増やしていった。自ら泥に浸かろうとするドルビーをほっとけなかったのだ。



「長く連むうち、私と打ち解けて心を開いていった。そして、いつの間にか相棒と呼べる存在にまでなっていたんだ」



 彼は昔のことを思い出したのか、項垂れながら続けた。


「そんなドルビーも私を助けて死んだ。しかも、笑って逝きやがったんだ」


 そう言うとアレク将軍は一息ついた。魔法の明かりに照らされた彼の顔は、影が差し込んでやつれて見えた。



 アレク将軍は何故ドルビーが命を張って助けたのか理解できないでいた。


 人は死を予感した時、様々な反応をする。諦めて呆然とする者、死にたくないと喚く者、何とか生きようと足掻く者など。


 だが、どれを取ってもそれは自分のことを考えての行動になる。



 しかし、世の中には稀に誰かのことを守るために動く者もいる。


 アレク将軍の親友はまさにその稀な人だった。彼は瞬時に状況を理解し、軍の要であるアレク将軍を生かす選択をした。


 それは誰でもできることではない。自分の命よりも大切なものがある時、人は自分の命を捨ててでも助けようとする。

 彼が本当に守りたかったもの。それは国ではなく親友のアレク将軍だったのだ。



 独白を続けていたアレク将軍は徐々にそのことに気がつき、目尻に涙を溜めていった。



「誰も信じてなかった男が、ただ一人、忠誠を誓った人間のために命をかける。ドルビーは紛れもなく、誇り高いセレシオンの騎士だったんだな」



 彼は木のコップに入った苦汁を一気に飲み干し、袖で口ではなく顔を拭った。


「くそっ、やっぱり苦いな」



 それからしばらくアレク将軍は顔を拭い続けた。拭いきれない分は頬を伝い乾いた地面へと落ちていく。


 私はそれを黙って見守った。私が言えた義理ではないが、誰かを失った痛みは分かる。特に、親しい者達が死んだ時は尚更だ。



「すまないな、見苦しいところを見せてしまって……ははっ、指揮官失格だな」


 鼻をぐすぐす鳴らしながらアレク将軍は無理に笑った。


「例え、指揮官でも役職を剥げば人間です。それに、この近くには私しか居ませんから、部下の方にはバレないですよ」


 念のため音を遮断する魔法を展開しているので、私達の声も外には漏れていない。それに気づいたアレク将軍はくっくっくっと笑った。



「ふふっ! 敵の、しかも自分の半分も満たない歳の少女に気を使われるとは、最早、威厳も何もないな」


 アレク将軍は立ち上がって大きく伸びをした。


「そろそろ、我々も睡眠を取ろう。何せ明日は早いのだろう?」



 そう言うと、彼は隣の仮設テントへと消えていった。隣には私のために用意されたテントが見えた。個人用で小さかったが、無償で提供してくれたものだ。



 しかし、私はすぐには眠れそうになかった。魔法の明かりを見つめながら膝を抱える。


 明日のことが心配なのもそうだが、今日の戦いのことが頭から離れなかった。目を閉じれば戦争の光景が再生される。


 一つ一つの行動を反芻しては、本当にこれで良かったのか悩む時間が必要だった。



 ただ、過去を思い悩むのは時間がいくらあっても足りないのは分かっている。だから、自分の行いを内省し、納得して前に進むしかない。



「私は……これで、良かったんだよね?」


 誰にも聞かれない私の囁きは風に飛ばされていった。

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