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第三十四話 教会と神器

神アイルは憂う

移ろう世に根付く不変を

一度染まれば後戻りできないことを

 王都西地区の中央は城から続く大通りが横断するように走っている。その中心には神アイルを信仰する星教会の本殿がある。


 教会には毎日多くの人が足を踏み入れ、国の繁栄などを神に祈祷しているのだ。


 そんな星教会の本殿に私は呼ばれることになった。ローチェ将軍と戦争の作戦を練っていた昼前、教会から使者が来たのだ。


 朝から頭をフル回転させていたため、休憩ついでに教会に行けるのはいい気分転換になった。



 ローチェ将軍は初老の男性で、近衛騎士隊のクラン隊長をそのまま老けさせたような人だ。


 陛下の言った通り、彼は知的で既にいくつもの作戦を立てていた。

 それに、私の考えにもじっくり耳を傾けてくれ、作戦の修正もすぐにしてくれた。


 自分の考えだけでなく、他の意見も柔軟に取り入れることのできる優れた指導者、そういう印象だった。



「リジー・スクロウ様ですね? お待ちしておりました。どうぞ、こちらへお進みください。司教がお待ちになっております」



 教会の使者に続いて入り口を抜けたところで、礼服に身を包んだ男性に呼び止められた。

 薄青色の礼服からして助祭の方だろうか。彼は入り口横の通路に進むよう促してきた。


 司教は確かこの教会で最高位のはずだ。王都に来てからは一度だけ見かけたことがあったが、遠目だったのではっきり覚えてない。


 私は先導してくれた使者に礼をして助祭について行った。


 細い通路を通り抜けると、小さな庭が見えてきた。中央には小さな噴水が設置され、水の落ちる小さな音が心地よく響いている。そして、その庭の奥にひっそりと小部屋が佇んでいた。


 そこは司教の執務室になっているようだ。扉の前には薄青い礼服に身を包んだ初老の男性が立っていた。


 近くまで来ると、その男性は頭を深々と下げて礼をした。たっぷり伸びた銀の顎髭がそれにつられて揺れ動く。



「リジー様、ようこそいらっしゃいました。私は王都星教会の司教を勤めております、レイン・シールドと申します。よもや、私の代で伝説の英雄が現れるとは思ってもおりませんでした。この私、感激に満ちております」


 顔を上げた男性は再度お辞儀をした。よほど嬉しいのか、垂れ下がった銀色の髪と髭が微かに揺れている。


「リジー・スクロウです。お招きありがとうございます。あの、いきなり恐縮なんですが、今日はどういう用向きでしょうか?」


 部屋に入る前に単刀直入で確認する。いつもの癖のようなものだった。


 レイン司教は顎髭を撫で付け、にこやかに言った。


「戦争前で忙しいところお呼びして申し訳有りません。本日、リジー様にお越しいただいたのは、貴女にどうしてもお話ししておきたいことがあるからです。神器にまつわる話でございます」


 そう言うとレイン司教は小部屋の中へと招き入れた。


 中は簡素で、執務用の机や応接用の長椅子とテーブルだけが置かれていた。その他には壁際に本棚が設置されているだけだ。


「こちらにお掛けください。ベネスの有名な銘菓も取り寄せておりますので遠慮なくお召し上がりください」


 テーブルの上には私の好きな菓子が盛られていた。この人にも私のお菓子好きが伝わっているようだ。

 手のひらで転がされているような気もしたが、お昼もまだだったのでいただくことにした。




「ーーということがあり、神器セディオはこの教会本殿で隔離されることになりました」


 私が菓子を堪能している間、レイン司教は星教会の、この国に眠るもう一つの神器について説明してくれた。


 英雄リーグは青雷の剣以外にもう一つの神器を所持していた。セディオと言う魔法の杖で、魔力制御を完璧にするためのものらしい。


 彼の死後、青雷は神殿へと戻ったが、神器セディオはこの本殿に安置されることになった。

 その理由は、神器セディオは青雷とは異なり、継承者以外でも使用できる代物だったからだそうだ。


 問題は星の雫を継承していないと正常に使えないらしく、手に取った者はことごとく魔力暴走の事故を引き起こしたと言う。


 その後、誰がその神器を扱えるか有力貴族達が競い始め、いつしか内紛が始まったのだ。神器を巡る争いは貴族間からやがて民をも巻き込む事態となった。


 それを見かねた当時の国王が争いを鎮め、元凶となった神器を教会に隔離したのだった。



 私は神器セディオの存在は全く知らなかった。歴史書のどこにも載っていないことだったからだ。


「神器のことを話したのは、それを私に所持してもらうためですか?」


 私の質問を聞いた直後、レイン司教は真剣な顔つきになった。厳つくはないが、彼の象徴ともいえる柔和な表情がすっと消えた。



「なかなか鋭いお方で助かります。仰るとおり、本日はその神器セディオをお渡ししたくお招きいたしました」


 理由は単に私が「星の雫」を継承したからと言うわけではなさそうだった。



「リジー様が力を継承したのも一つの理由ですが、もう一つ、理由があります。この二日程、一部の貴族達が神器を入手しようと動き出しているのです」



 どうやら私が神器を手に入れたことに端を発しているようだ。

 神器セディオの存在は当時の国王によって封殺されたが、それでも貴族界隈では神器の伝説として語られているという。


 私が伝説に語られる神器の一つを入手したことから、もう一つの神器もどこかに隠されていると考えた貴族たちが多くいた。彼らはそれを手に入れようと、血眼になって探しているのだ。


 今日もこの本殿に貴族達が押し掛けてきているらしい。


「今は本殿の内装を隈なく調査しているようですが、その内痺れを切らして強行手段に出る恐れがあります。私は、神器が争いの種になって欲しくないのです」



 私に神器を託すことで、この事態を収束させることが狙いらしい。そうなると私が標的になりそうな気もするが、私に表立って争う貴族はいないということだ。



「もちろん、教会も全面的に補佐致します。新たな争いを生まぬよう、どうか、よろしくお願いします」



 レイン司教は立ち上がると深々と頭を下げた。


 意味のない争いを抑止するため、誰かが矢面に立たなければならない。それに、争いで流れる血は罪のない人達ばかりだ。その状況を理解できたからこそ、私はその役目を引き受けることにした。


 レイン司教は私の返答に目を輝かせた。


「一つだけ条件があります。神器セディオに纏わる教会の歴史、これを公表してください。それで非難する人も出てくるのは承知の上です。正しい歴史を教え、正しく導けば同じ誤ちは起きにくいはずです。私はそう信じています」


 人は歴史から学ぶことができる。良いことも悪いことも。それを教訓として前進していけるのだ。今起きようとしている問題も、正しく伝われば、次の世代では回避できるかもしれない。



「承知いたしました。やはり、貴女に頼んだのは正しかった。その願い、必ず果たしてみせましょう」


 レイン司教は大きく頷き即答した。彼も歴史を隠匿している現状をどうにかしたいと考えていたようで、動き出すきっかけを探っていたようだった。



「我々星教会も変わる時が来たのです。閉鎖的な社会では、皆、変化を恐れて古き風習を残そうとするものです。当然悪い習慣も当たり前として引き継がれていく。星教会の一部の歴史が教えられていないのはそのせいもあるのです」


 そう熱く語ったレイン司教は、壁際の本棚から本を数冊引き抜いた。すると、本棚が鈍い音を立てて横開きの扉のように開け放たれた。仕掛け扉のようだ。


 その先には地下に降りる階段が見えていた。暗くて先は見えない。



「それでは、神器をお見せしましょう」


 レイン司教はそう言うと魔法の明かりを灯して階段を降りていった。私も彼について階段を降りていった。





 星教会本殿の地下にこれほど広大な空間が広がっているなんて思ってもみなかった。


 暗い階段をしばらく降りていくと、外の本殿の数倍は広い空間が広がっていた。

 いくつもの太い柱が広大な天井を支えていて、先日入った神殿と同じような構造に見える。


 もしかしたら、この場所も神殿と同じように神が作った場所なのかもしれない。レイン司教に聞いてみたが、彼も詳しく知らないようだった。



 ストルク王国ができる時には既に存在しており、この場所を中心にして建国したとも言われている。

 地下の一番下まで降りると奥の方に台座が置かれていた。台座の上には銀色の杖が嵌め込まれている。


 その先端には拳ほどの蒼い石が埋め込まれており、淡い光を放っていた。手に取らなくてもこれが本物の神器だと直感できた。



「これが神器セディオですか。すごい魔力ですね」

「どうぞ、手にとってお確かめください」



 レイン司教に促されるまま神器を手にとった。その瞬間、杖から大量の魔力が流れ込んでくるのを感じた。

 確かにこれは普通の人が手にとったら危ない代物だ。制御しきれない量の魔力は暴走の末、全てを破壊することになる。


 ただ、星の雫を取り込んだ後だと、流れてくる魔力は少なく感じた。私は神器セディオの魔力をあっという間に制御下においた。



 セディオは私の制御下に置かれると魔力の動きが穏やかになり、形状が変化した。私の身長の半分はあった長い杖が、肘から手首くらいの長さにまで縮んだのだ。

 青雷の時も同じだったが、この神器も持ち主の意思を反映し、扱いやすい形状に変化するようだった。


 私が神器を制御した証に魔法石が明滅した光を放った。それを見守っていたレイン司教は優しく拍手を送った。


「この神器をこうも容易く物にされるとは恐れ入ります。貴女は偉大な魔法師になられるでしょうな」


 レイン司教は孫でも見るような目で嬉しそうに頷いていた。



「では神器もお渡ししましたので上に戻りましょう。そろそろ昼時ですので食事など如何でしょうか? 教会横の食堂ですが席を準備しております」


 私と話したがっている聖女たちが何人もいるそうだ。せっかく準備してくれているのだ、私はその好意に甘えることにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔法が日常にありふれた世界で起こった悲劇を描いたダークファンタジー。主人公の少女リジーの一見クールだけど、仲間思いなところが素敵です。 [気になる点] 冒頭に出てきた魔力を吸い取る魔道具…
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