第三十五話 少女の決意
「……はあ、疲れた」
城へ戻る道すがらため息を吐く。まさか、教会の聖女達があそこまで明るい人たちとは思わなかった。
それに、私が年齢の割に見た目が幼いからなのか、会う人皆に頭を撫でられた。なんだかレイ隊長を一度に何十人も相手にしているかのようだった。
さすがに疲れた。この後も戦争の準備に駆り出されるだろうから、休めるうちに休んでおこう。
『リジー? 聞こえますの?』
そう思って重たい足を引きずって歩いていると、イヤリング型の魔法具からシェリーの声が聞こえてきた。昨日渡した魔法具を早速使ってくれたようだ。
「聞こえてます。どうしました?」
『ちょっと家のことで相談したいことがあって……この後よろしいですの?』
確かシェリーは今はルードベル家と後継で揉めていたはずだ。兄のジルが神殿で行方不明になってしまったのだから仕方ない気もする。
それに今は戦争のことから頭を切り離したかったので、彼女の相談は渡りに船だった。
「シェリーの相談なら今から乗りますよ。私の部屋でどうですか?」
『ありがとうですわ。今からそちらに向かいますわね』
シェリーとの通信を終えた私は、少し軽くなった足で部屋へ戻った。
「まさか、お城の塔に住んでるなんて思ってもなかったですわ。さすがリジーですわね」
シェリーは部屋を見回しながら感想をポツリとこぼした。
数日前から使わせてもらっていることを魔法具越しに伝えると、シェリーは素っ頓狂な声を出して驚いていた。軍施設内にいるものだと思っていたようだ。
「これは貴族位就任のお祝いですの。ここに飾っておきますわ」
そう言うとシェリーは傍に置いていた蒼い花束を机の上に飾った。ストルク王国でも希少なセテミルだ。セテミルの花からは心地いい甘い香りが漂ってくる。
この花は上院貴族の祝い行事に使われるもので、普段は手に取ることがない。
それをすぐに取り寄せることができるあたり、ルードベル家の人脈、それを使いこなすシェリーの手腕はなかなかのものだ。
私はシェリーに礼を言って腰掛けた。脇に控えていたエメリナがすかさず飲み物の準備を始めた。
シェリーも椅子に掛けると、私の寝室から出て来たシーズが彼女の膝に乗っかって丸まった。
この二人は意外と仲が良く、シェリーが撫で回すと気持ちよさそうにしていた。そして、しばらく二人で飲み物を飲んで和んだ後、シェリーは本題を切り出した。
「昨日、お父様とようやくまとも話ができましたの。あんなに弱ってるお父様を見たのは初めてですわ。お兄様が失踪したのが余程堪えたみたいで、私の話も遮らず聞いてくれたんですの」
長男のジルは数日前から行方が分かっていない。血が付着した剣の柄だけがあることから、神殿で死んだ可能性もあった。しかし、本当のことは誰も覚えていないのだ。
それにこういうことが起きれば、次期当主の次に実力がある娘を手放そうとは思わないはずだ。それを物語るように、シェリーの顔は曇っていた。
「それが、泣き付かれたんですの。『ルードベル家にはもうお前しかいない』なんて言うんですの。あれだけ親からかけて欲しかった言葉がお兄様がいなくなった途端に出てくるんですもの、呆れてしまいましたわ」
現当主である父親に泣き付かれてからは話が進まなかったそうだ。シェリー本人も悩んでいるらしく、相談したかったということだ。
彼女の悩みはもちろん、ルードベル家を継ぐか否かだ。
他の兄姉達は今回の一件で完全に消極的になっているらしく、もともと優秀だったシェリーに全て丸投げしたようだった。
神殿に行くまでのジルの行動は他の上院貴族たちからも批判が出ていて、誰も継ぎたいとは思っていないのだ。
シェリー本人は家から離れたいと考えている。しかし、後継問題で残りの兄姉弟たちで泥沼の争いが起こるのは間違いない。
静観しても問題ないのだが、共に過ごした肉親達が傷つくのを見たくもない。そのことで板挟みになり思い悩んでいるのだ。
私がジルに勝ってしまったのが事の発端のような気もするが、考え出しては切りがないので止めた。
終わってしまったことを思い悩むだけでは時間の無駄だから、この後どうしていけばいいか知恵をしぼることに専念しよう。
「私思いますの。今のこの国に昔からいる貴族は、一度無くすべきじゃないかって。中には国のため、民のために尽力される立派な方もいらっしゃいますわ。でも、ほとんどの貴族は、地位と面子を守るためだけに威張っているだけですわ」
この国は実力主義だ。
今の貴族の祖先達は国に対して素晴らしい働きをした対価に貴族の地位を与えられた。
ただ、問題なのは、貴族位の剥奪がほとんど行われていないことにある。
そのせいか、歴史が重なる度に貴族が増え続けているのだ。
貴族社会でも上院と下院に分かれているのも貴族が増えすぎたためだ。今は権威ある名門とそうでない家系を分けるために使われている。
もちろん、貴族の働きを評価する査問会は存在している。この査問会は年に一回、各貴族の国への貢献を調査し、貴族としてふさわしいか判断する組織だ。
しかし、彼らは実際は貴族達の傀儡にすぎない。年間に渡り、会食に招かれたりや賄賂などを渡される。そして彼らは、甘い汁を啜り続けたいために貴族達の評価を甘くしてしまうのだ。
シェリーは幼い時から父親が賄賂などを手渡す場面をよく見てきた。何度か会食に連れて行かれたこともあったらしいが、そこで会う人は必ず査問会のメンバーだったそうだ。
「それは、シェリーを将来誰かに嫁がせる約束をして評価を得ようとしたのですか?」
自分に置き換えて考え、身震いしながら尋ねるとシェリーは短く頷いた。シェリーは首を小さく振りながらこぼした。
「お父様にとって娘はただの道具。姉達は他の有力貴族達への貢物、余った私はそれ以外の人達を吸い寄せるための餌ですわ」
それは、今の貴族の悪いところを全て詰め込んだものだ。シェリーが逃げ出したくなる気持ちはよく分かった。
しばし沈黙が流れた。その間に、シェリーの膝で丸まっていたシーズが伸びをしてテーブルに飛び乗った。透き通った青い瞳がまっすぐにシェリーを見つめる。
「人間の社会とは本当にくだらんの。国や民の規模は違えど、わしが昔見た時と何ら変わりない。貴族とやらは美味くもない面子がそんなに大事なのかい?」
シーズは私達の会話をしっかりと聞いていたようで、シェリーに問うた。
「私は、ルードベル家、いいえ、貴族の看板は欲しいと思ってないですわ。むしろ手放したいと思っていますの。でも、それだと私以外の兄姉弟に迷惑をかけてしまいます。ならばいっそ、家名を継いで貴族本来の役目を果たすことも選択肢として残っていると思いますの」
シェリーの考えでは、上院貴族のルードベル家が先導して本来の役目を果たし、他の貴族達の目を覚まさせようというものだった。
一つの社会、とりわけ融通の利かない貴族の価値観を変えようというのだ。それは、途轍もなく辛い道のりだ。
星教会の歴史の問題でもそうだったように組織の考えを変えていくのは敵が多い。
変わることを恐れる人が大多数を占める中推し進めて行かなくてはいけない。
そういう時は一番上から変えていくのが効果的だ。貴族位を授ける立場にあるのはこの国のトップである陛下だ。
「もし、ルードベル家を継いで、貴族を変えるのであれば、まず陛下に進言してみるのはどうでしょう。私も昨日から貴族になりましたし、私から掛け合うこともできるはずです」
私の言葉にシェリーは突然目を輝かせた。もしかしたらシェリーの中では既に答えが出ていて、最後の後押しが欲しかったのかもしれない。
そこから話がまとまるのは早かった。
大まかにはシェリーの両親を説得した上でルードベル家を継ぎ、他の貴族へ働きかけていく。それと平行して陛下にも働きかけていく二段構えをとることになった。
「陛下には私から話をしましょう。その方が動いてくれるでしょうから」
二人で議論した計画を紙に書き留めながらシェリーは頷いた。
彼女は上院貴族ではあるが、キンレイス陛下とはこれまで面識を持ったことがない。
兄のジルが跡を継ぐものとされていたので、陛下との会食には連れて行かれなかったのだ。
また、一貴族の令嬢が、陛下に直接物申す文化や場が無いというのもある。私の場合は英雄の力を継承しているため、幾分かは話しやすい土壌ができている。
貴族の横暴さが教会側に影響が出ている。その対策として提案することにした。それに、その対応をルードベル家が協力してくれると言えば説得力も増す。
「リジーのおかげで決心できました。やっぱり貴女に相談してよかったですわ!」
計画書を丸めたシェリーは礼を述べた。
「私はシェリーの後押しをしただけですよ。それに、大変なのはむしろこれからです。私もシェリーも沢山の敵に囲まれることになるでしょうから」
彼女はそうですわね、と言って大きく伸びをした。
「でも私、リジーとなら乗り越えられるって直感してますの。私の命の恩人であるけど、それ以前に私の数少ない友人でもあるのですから。出来る限り足掻いて見せますわ!」
そう言うと、シェリーはエメリナにお礼を言って退室した。早速父親のところに行くようだった。彼女は「何か進展があれば、通信具で連絡しますわ」と言い残して行った。
シェリーの自信に溢れた後ろ姿を見送って再び椅子に腰掛けた。すかさずエメリナが飲み物を注いでくれた。
「あの子のことが心配?」
礼を言ってシーラを飲んでいるとエメリナは口を開いた。彼女の言う通り、私は一抹の不安を感じていた。
ただ、それは漠然とした不安だ。具体的に何が心配なのか、すぐに言語化できないでいる。
「……シェリーのお父様が彼女を傷つけないか、そこが心配です。聞く限り、精神的に危険な状態にあると思えます」
期待していた長男の失踪は間違いなく彼を追い詰めている。
そんな中、新たな心の支えにしようとしている娘が思い通りに動かなかった時、凶行に出ないと言う保証はどこにもない。
具体的には身体支配の魔法をかけて自分の思う通りに動く傀儡にしてしまう。あるいは物理的に傷つけ、服従させる。
他にもあるかもしれないが、そういったことが起きるのではないかと不安になっていた。
「酷かもしれませんが、私達は信じて待つ以外に出来ることはないでしょう。これはあの子が自ら選んだ道。例え親友同士であったとしても、貴女は彼女の協力者に過ぎません」
今は二人の距離感を大事にしなさい、エメリナはやんわりと忠告した。
それは最もな話だった。
過剰な心配は相手からの信頼を奪うだけじゃない。行動そのものを縛ることにもなりかねない。そうなってしまっては本末転倒だ。
「エメリナさん、ありがとうございます。私、また失うのが怖くて過敏になってました。でも、もう大丈夫です」
エメリナは私の頭を優しく撫でてくれた。
その手は柔らかくて暖かくて、とても安心する。
私は魔法は優れても心まで優れているわけではない。そんな未熟な私を、彼女の手は優しく包み込んでくれた。




