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志望業種は――魔法少女で!  作者: 竹内緋色
第一唱 終わりの始まり 
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第八羽 私と夢と現実と

第八羽 私と夢と現実と


 何故だか、妙な不安というものに取り憑かれまして、私はふと目を覚ましたのです。

「怪談話の見過ぎか」

 まだ夢うつつな頭で私はそう断定しました。しばらくぼーっとしていると、微かに物音が聞こえます。

「え?」

 昨日の怪談話に影響されてか私は怯えて耳を澄ましますが、そもそも朝に幽霊など出るはずもありません。もしも昼に幽霊やお化けが出てしまったら、私たち少女はどうやって生きて行けばいいのでしょう。

「誰かがもう起きているのかな」

 キワムさんが食事を作っているのかもしれません。

「それは大変」

 また美味しくない料理を作られては困ります。私は急いで階段を降りました。

 台所では妖精が舞っていました。朝日に照らされて、細い体躯が右に左に、と――

「あら。フキ、起きたの?」

「ママ?」

 私は思わず呟いていました。

「まだ、寝ぼけてるんだね」

「あ、おはようございます」

 私は台所に立っているのがソラさんだと気がついてあいさつします。

「まだ早いから寝ててもいいんだよ?」

「いえ!お手伝いします」

「そっか。じゃあ、お願いしようかな」

 私はソラさんのお手伝いをしましたが、もうほとんどお手伝いすることもなかったというのと、ソラさんの手際の良さに、私はついて行くのがやっとでした。

「いやあ、占いを見たかったからさ。早く終わらせたかったんだよね」

 テーブルに朝食を並べた後、ソラさんはテレビを点けてニュース番組の占いを見始めました。

「やった!みずがめ座一位だよ!フキは何座?」

「しし座です」

「あ、うん。そっか……」

 しし座は最下位でした。

「ま、でも、別の占いだったらさ、一位とかってこともあるしさ」

「別にいいんです」

 もとより運勢が良くないということは自覚していました。ソラさんは私を見つめて、そのことを理解したようでした。

「夢がないなあ。子どもはもっと夢を見てもいいんだよ?」

 私は子ども扱いされたことにむっとします。

 けれど、本当はそこにむっとしたわけじゃないのは明白でした。

 私には夢がなく、それを指摘されたのが癪に触ります。

「ソラさんは夢、あるんですか?」

 私は不安そうな声を出していました。毎度、将来の夢の作文には悩まされていますし、夢がないなんて、人間じゃないみたいで、自分が怖くなります。

 そのくせ、心の底では、ソラさんの夢を嘲笑ってやろうなんていう、邪な心もありました。

「うん。あるよ」

 ソラさんは簡単に言いました。

「わたしは画家になりたい」

 そんな言葉に対して、誰が『決してなれっこない』なんて言えるでしょうか。

「すごいですね」

 私は思わず呟いていました。

「夢を見るのは自由だよ。フキは夢、ないの?」

 そう聞かれて私はひどく恥ずかしくなりました。

「特に、ない、です」

「ふーん」

 ソラさんは私をバカにした風ではありませんでした。私のことが分かっていて、そして、理解したうえでの答えのように思えます。

「じゃあさ、フキ。今日一日、私を観察してよ」

「え?」

 なんだかおかしな話ですし、なんとなくいやらしいような響きがあります。

「あれだ。魔法少女の修業として、ね。観察するというのも一つの練習だからね」

「そ、そうですよね!」

 あははは、と私は乾いた笑みをこぼします。

 すると、キワムさんとミワちゃんが起きてきました。

「おにいちゃん砂漠が……砂漠が見えるよ」

「……ミヤ?」

「え?」

 寝ぼけているキワムさんは私とミワちゃんを見間違えているようでした。

「ほら。早く食べて今日も学校ですよ」

 私は二人を促します。

「フキ、お母さんみたいだね」

「それを言うなら、ソラさんだって」

「朝からいちゃつくなんて、いいご身分ね」

 ミワちゃんが私たちを睨みます。

「でも、ミワにはおにいちゃんがいるもん!」

「ミワ。朝ご飯のときは大人しく」

「はい!おにいちゃん!」

「フキ。今までよくこれに耐えてきたわね」

「私の苦労を分かってもらえて幸いです」

 私はなんだか努力が報われたような気持になりました。

「どう?お口に合うといいんだけど」

 ソラさんはキワムさんを見つめて言います。

「普通に美味しいが」

「普通?」

 ソラさんは浮かない顔をします。

「ソラさん。キワムさんは味覚音痴なんです」

「ふーん。なるほどね」

「ソラ。あんた、『ふーん』を口癖にしようとしてない?」

「あ、本当だ」

 ソラさんは指摘されて初めて気がついたようでした。

「まあ、ブラコンキャラよりはマシだとおもうけど」

「褒めたってなにも出さないわよ」

「別に褒めたわけじゃないけど」

 ソラさんが来てくれたおかげで、なんとなくみんなのバランスがとれはじめている気がしました。


 妖精とは本当に何でもありです。

「どう?フキ。聞こえてる?」

「はい。聞こえてます」

 私は中学二年生の教室の後ろにいます。そして、ソラさんは教壇に立っています。

「これから魔法少女学の授業を始めます」

 私は隣にいる教師にこっそりと尋ねます。

「ソラさんが教師でいいんですか?」

「ええ。本物の魔法少女の授業なんて滅多に受けられませんから。それに、急に魔法少女学が指導内容になってしまったのでどこも教師を探すので精いっぱいなの」

 中学校の先生は楽しそうにソラを見ている。

「先生も魔法少女に憧れていたんですか?」

「わたしが子どもの頃はまだ魔法少女なんてなかったわ。でも、アニメは好きだったから、そういうのに憧れてました」

「え?魔法少女ってずっと昔からいたんじゃないんですか?」

「今日、そのあたりのお話をしてくれる予定です」

 教師は教師らしく私に授業を聞くように言葉なく勧めました。私はソラさんの方を見ます。

「では、魔法少女の始まりから。魔法少女っていうのは今、みんなの生活の身近な所にいます。まあ、基本的にみんなに見えないんだけど。だってさ、この教科書、そう言えって書いてあるから」

 ソラさんの言葉にクラスメイトはおかしそうに笑います。その姿を見てソラさんも笑顔になります。

「じゃ、始めるよ。魔法少女が現実に現れたのは最近だったけど、昔のアニメでどこからかそういうのが発生したのよね。とりあえず魔法少女の定義というのはそこで固まりました。一つは少女であること。これは当たり前よね。次に、魔法もしくはそれっぽい超常の力を操ること。この二つが最低限の定義になります。じゃあ、熊本くん。君の考える魔法少女ってどんなの?」

「そうだな。すんごいビームをドカドカ撃つやつ」

「魔砲少女ってやつね。あれ、地味にここ最近の潮流なのよね。他に思い当たること、ある?じゃあ、吉見さん」

「はい。昔だと、攻撃のためじゃなくて、変身して大人になるとかありました」

「グッジョブ!まあ、そういうのもありましたというのを覚えといて。今はまだ受験に必要ない科目だけど、もしかしたら必要になるかもしれないから、真面目に受けといて損はないよ。では、現実に魔法少女が現れるようになったきっかけについて。だれか知っている人はいるかな?」

 次々に手が上がります。

 ソラさんの授業は本当に楽しそうでした。見ているこっちも思わず授業に見入ってしまいます。

「ソラさん、授業上手ですね」

 不愛想なキワムさんとは大違いです。

「そうね。わたしも舌を巻くほどよ。彼女、なかなかの努力家だから」

「え?」

 私はソラさんが初めから何でもできると思っていました。朝食の手際のよさも才能から来るものだと。

「あの子、授業をやることになったって知った途端、わたしに色々と質問してきたの。質問内容をしっかりとメモしてね。あそこまでなんでも引き出したら、もう一人前の先生でもいいんじゃないかって思うほど。でも、それだけではあんなに自然に授業をすることなんてできないのよ」

 何故だか先生の言葉は湿気を帯びているように感じました。

「きっと授業ごとに毎日練習しているの。だって、人の前に立つということはとても緊張して、不安になるから」

 そう言われて、私もソラさんも、そして先生さえもが同じ人間であるということに気がつかされました。私もみんなのまえで発表するとなると、緊張します。私はその緊張を克服するために何の努力をしませんでしたが、ソラさんは努力をすることで、本番の緊張をほぐしているようでした。

「彼女に才能があるとしたら、全体を冷静に見渡す能力かしら。教師だって、緊張するから、ついつい、周りを見ることを忘れちゃうのよね。だから、時々授業についてこれない子もいる。ソラさんはそれをなるべく無くそうとしているみたい。ソラさんが授業をしてくれてからちょっとだけみんなのやる気が他の授業でも上がっているから」

 いつもの私なら、なれっこない、とあきらめるのだと思います。けれど、自分の身近な人が頑張っているのを知って、私は私もソラさんのようになって見たいと思うようになりました。


「ふぅ」

 一日中ソラさんの生活を見て、私は溜息を吐きました。

「私、ずっとこんなことしてていいのかな」

「大丈夫」

 放課後の教室。橙色に染まる中、ソラさんはゆっくりと歩いてきて私に話しかけました。

「もし遅れそうなら、わたしが教えてあげるからさ」

「そうですね」

 私はまたも溜息を吐きます。

「どうしたの?ため息ばかりで。そんなのだと、幸せが逃げちゃうらしいぞ」

「そうですね」

 あはは、と私はぎこちない笑みで笑い返します。

 ソラさんは完璧でした。授業中も積極的に発表をするし、休み時間も女の子たちに引っ張りだこでした。男の子もソラさんに親し気に話しかけています。私とはまったく正反対で、ソラさんみたいには決してなれっこないと思ったのです。

「どうだった?今日、一日」

「いや、ソラさんみたいにはなれないなーって」

 明るく元気で非の打ち所のない存在になりたい。それは誰だってそう思います。けれど、それができないことも分かっているのです。

「そう、かな?」

 ソラさんは私を見つめます。

「わたしも絵を描くことが好きな、引っ込み思案の子だったの。でも、魔法少女になって変わった。自分に自信がついたって感じなのかもしれないけど、でも、思うの。わたしは今まで理想の姿になろうとしていなかっただけなんじゃないかって」

 私はできないとばかり思っていて、何もしていないことに気がつかされました。それはとても愚かなことだと思います。

 でも、一体どうしたら理想の姿になれるのでしょう。

「今朝も言ったけど、誰かをじっくりと観察してみること。それが大事だとわたしは思うな」

 ソラさんは初めから私のことを分かっているように私には思えました。

「ありがとうございます。ソラさん」

 大事なのは少しずつでも進んでいくこと。

 そんな時です。

「フキ!ソラ!ワームが出た」

「どこに?」

「町の方だ」

 私とソラさんは変身します。

「女の子の変身姿を見るのはどうかと思うけど?」

「いいから、急げ」

 ソラさんは頬を膨らましてキワムさんに言いますが、キワムさんはいつもの無表情です。

「よし!フキ!行くよ!」

 ソラさんは箒を出現させます。

「箒?」

 ソラさんの箒は、その、まるっきり掃除機でした。

「今の時代箒ってあんまりないから想像しづらいんだよね」

「すいません。ソラさん。私、空飛べなくて」

「さっき言ったでしょう?少しずつ一歩ずつ進むの。例え失敗してもいい。わたしたちはまだまだ何でもできるんだから」

 私はソラさんの言葉に励まされて箒を出しました。魔女が使うような、毛がふさふさの箒です。

「よし!行くよ!」

 ソラさんは先に教室の窓から飛び出しました。掃除機は宙に浮いて、空を飛んでいます。

「逆に想像しづらいというか……」

 目の前の異様な光景に私は苦笑いします。

「一歩ずつ、ちょっとずつ!」

 私も窓から飛び出します。

 ソラさんのように空を飛びたい!

 そんな願いを込めながら。

 体の血が引いていくのが分かります。顔を下からの風が掠めます。つまり、私は落ちているのです。

 でも――

「空を飛んでみせる!」

 地面にぶつかる瞬間に箒は地面を平行に滑った後、空に昇っていきます。

「空を飛ぶには空を飛ぶイメージが大事」

「ソラさんはよく掃除機で空を飛ぶイメージができましたね……」

 やっぱり、ソラさんも個性が強いのだなあと私は思いました。


「いつ見ても気持ちのいいものじゃあないわね」

 ソラさんはワームを見てそう言いました。

「ワームは一体何を狙っているのでしょう」

「人の心よ」

「食べられちゃったらどうなるんでしょう」

 そのあたりが今一抽象的でよく分かりません。

「食べられるよりも食べられないほうがいいでしょう?」

 確かにそうです。あのワームに触られると思っただけで気持ちが悪くなります。

「さて。わたしの戦い方、見せてあげる!」

 そう言うとソラさんはバトンを出して、くるりと大きな円を描きます。すると、その円の周囲からたくさんのペンギンが現れました。

「どうしてペンギンなんですか!?」

「好きだから!」

 ペンギンたちはワームに突撃していきます。ぶつかったペンギンはは爆発し、爆発した個所は凍り付いています。


挿絵(By みてみん)


「具現化系と変化系の応用ね。まあ、そんなこと考えてもなかったけど。さあ。敵の動きは止まったわよ。とどめをさしましょう」

 一緒にね、とソラさんは私にウィンクをします。

 私とソラさんはバトンを前に突き出します。

「いくわよ!滅びのバーストストリーム!」

「物騒な名前ですね」

 私とソラさんのバトンから光線が放たれます。その光線はともに螺旋を描き、一つになっていきます。

「マズい」

「え?」

 ソラさんが言った言葉に私は不安になります。

「放出系と放出系が合わさると、同系統だから、って、あれ?」

 私たちの光線は難なく一つの光線となり、より大きく強力になります。そして、ワームを包み込みました。

「……」

 ワームを倒して一安心している時でした。

「危ない!」

 ソラさんはバトンで飛んできたものを掃います。

「何なんですか?」

 空に誰かが浮かんでいました。黒いマントに身を包んでいて、顔もよく分かりません。

「魔女、か?」

「魔女、ですか?」

 すると、人影はすっとどこかに消えていってしまいました。

 残ったのは、その人影が攻撃してきたという事実とその人物が敵であるということだけでした。


「なんで二人だけで倒しちゃうのよ!ミワの出番は?おにいちゃんにいい子いい子してもらうんだから!」

「はいはい」

 帰るなりそう文句を言ってくるミワちゃんをソラさんは呆れたように宥めます。

「ね?おにいちゃん。ミワ、今日頑張ったよね」

「そうだな。ミワはよく頑張った」

 そう言ってキワムさんはミワちゃんの頭を撫でます。

 その時、私はミワちゃんの頭から目が離せなくなっていました。

「おかしいでしょ。先生。ワームを倒したのはわたしたちじゃん」

「そ、そうですよ!」

 私たちはキワムさんに抗議します。

「そうだな。お前たちもよく頑張った」

「ふん。おにいちゃんはミワのものなんだから、あげないもんね!」

 そうやってミワちゃんはキワムさんにより激しく抱きついていました。


「残念だったね」

 カポン、と甲高い音が響きます。

「何がですか?」

 私は湯船から少し体を出して尋ねました。

「ミワに全部持ってかれちゃったじゃない。フキもなでなでして欲しかったんでしょう?」

「そ、そんなこと……」

 ソラさんはシャワーで体の泡を落とします。

「ソラさんこそ、キワムさんに褒めて欲しかったんじゃないですか?」

「そうね。わたしもなでなでして欲しかったかな」

 恥ずかしげもなくソラさんが言うので、私の方が恥ずかしくなります。

「さ。交代。今度はフキが洗う番」

 私とソラさんは交代して、今度はソラさんが湯船に入ります。

「ぬふふふ。幼女の裸が拝めるとは、役得じゃのお」

「おじさんみたいです」

 私は髪を濡らしてシャンプーをします。

「どう?自分で洗える?」

「子どもじゃないんですから」

 そんな時、お風呂の外から声が聞こえます。

「ミワ、おにいちゃんと入る!」

「させるか!」

 私とソラさんは思わずお風呂場の扉を開けて叫んでいました。




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