第一話 御縁がなかったということで
「もう、うんざりだ!」
突然響いたパーシーの声に、コーネリアは驚いて婚約者を見た。
今夜も二人で夜会を訪れ、いつものように友人たちに囲まれて楽しく過ごしていたはずだった。パーシーも一緒に話していた。彼が知人に呼ばれて席を外したのは、ほんの少し前のことだ。
その間に何かあったのだろうか。
「どうなさったのです?」
「どうしただって? 君はいつもそうだ。どこへ行ったって人に囲まれて、誰とでも楽しそうに話して。僕がどんな気持ちで見ているかなんて、考えたこともないんだろう」
「何か失礼なことをしてしまいましたか?」
「そういうところだよ!」
パーシーの声がさらに大きくなる。
「さっきだってローデリックと随分楽しそうに話していたじゃないか」
「ローデリック様と?」
そこでようやく、コーネリアは思い当たった。
パーシーが席を外したあと、友人たちとの話の輪が解け、たまたま近くにいたローデリックと言葉を交わした。彼の婚約者とも親しくしているし、昔からよく知る相手だ。
パーシーが戻ってきたのは、ローデリックの話にコーネリアが笑ったところだったかもしれない。
「ほら。何とも思ってないんだ」
「ええ。ローデリック様には婚約者がいらっしゃいますもの」
「そういう話じゃない!」
何が違うのだろう。
「ローデリックだけじゃない。君はいつもそうだ。男も女も、みんな君のところへ寄ってくる。君も誰とでも楽しそうに話す。みんな君を好きになる!」
「それが、何か?」
「分からないのか? 君にとって、僕である必要なんてないんだろう」
何が違うのだろうと思っていたら、今度は自分にとってパーシーが必要かどうかという話になった。
「なぜ、そのようなお話になるのです?」
「だってそうじゃないか!」
近くにいた者たちだけでなく、会場にいた多くの人々が会話をやめて、こちらを見ている。
それでもパーシーは止まらなかった。
「僕との婚約だって、家同士が決めたから受け入れただけだ。僕を好きだからじゃない」
「それは……」
「違うと言えるのか?」
コーネリアは答えに詰まった。
「恋をしているかと問われれば、分かりません」
「ほら、やっぱりそうじゃないか」
「ですが、私たちは婚約しているではありませんか」
「家が決めたものだろう!」
その通りだった。
コーネリアとパーシーの婚約は、両家の父親が話をまとめたものだ。だからといって、嫌々従っていたわけではない。
「あなたとの婚約を嫌だと思ったことはございません」
「嫌じゃないから結婚するのか?」
「いけませんか?」
返事はなかった。
コーネリアには、ますます彼が何を求めているのか分からなくなった。
家同士が決めた婚約だった。それでも、いずれ夫婦になる相手なのだから、仲良く暮らしていきたいと思っていた。
パーシーの好きなものを知った。家族とも親しくなった。彼が楽しそうに話すことには耳を傾け、自分のことも知ってもらおうとした。
そうして少しずつ夫婦になっていくものだと思っていた。
「僕より家柄のいい男に求婚されたって、同じことが言えるのか?」
今度こそ、コーネリアには質問の意味が分からなかった。
「もちろんです」
「……なんだって?」
「私はあなたの婚約者ですもの」
他の誰かから求婚されたところで、それが何だというのだろう。
けれど、パーシーには違ったらしい。
「そんなの……そんなの、僕を選んだことにならないじゃないか」
「パーシー様?」
「もういい!」
吐き捨てるような声だった。
「そんな気持ちで結婚されるくらいなら、婚約なんてやめてしまえばいい!」
コーネリアは黙った。
パーシーは怒っている。
けれど、その怒りを鎮めるために何を言えばよいのか、最後まで分からなかった。
愛していると言えばよいのかもしれない。だが、そうではないのだから仕方がない。
「分かりました」
「……え?」
「では、仕方がありませんね」
コーネリアはパーシーに一礼した。
「御縁がなかったということで」
「え?」
「コーネリア」
父の声がした。
振り返ると、父が母を伴ってこちらへ向かってくる。騒ぎに気づいて来たのだろう。
「帰るぞ」
「はい、お父様」
「お待ちください!」
パーシーが慌てて声を上げた。
「今のは、そういう意味ではありません。僕は本当に婚約をやめたいわけじゃないんです。ただ、コーネリアに言ってほしかっただけで……僕と結婚したいって。僕より家柄のいい男がいたって、僕がいいんだって」
コーネリアには理解できなかった。婚約をやめると言い出したのはパーシーだ。それなのに、なぜ自分が引き止めなければならなかったのだろう。
「なのに、コーネリアはあっさり婚約をやめるなんて言うから……」
「ハーグリーヴス侯爵令息」
父がパーシーの言葉を遮った。
「これ以上はおやめなさい」
「ですが、僕はコーネリアを愛しています! 婚約を解消するつもりなんてありません!」
「ここには大勢の耳がある」
広間はすっかり静かになっていた。
「でしたら、場所を変えてお話しします。僕はただ、コーネリアに――」
「お話があるなら、後日、お父上である侯爵殿を通していただこう」
「そんな……」
「今夜はこれで失礼する」
父は母とコーネリアへ向き直った。
「行くぞ、コーネリア」
「はい」
コーネリアは母とともに父の後に続いた。
「待ってくれ、コーネリア!」
背後からパーシーの声が追ってくる。
「君だって、本当は婚約をやめたいわけじゃないだろう!」
それはその通りだった。
今夜ここへ来るまで、婚約をやめようなどと考えたことは一度もない。
パーシーと結婚するのだと思っていた。
彼と夫婦になり、その先の人生をともに過ごすのだと。
けれど、パーシーは婚約をやめたいと言った。だから、コーネリアはそれを受け入れた。
今になって違うと言われても、何をどう答えればよいのか分からなかった。




