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四話 振り返り(1)

 月面都市ヘカテーシティの主であるムーンフラワー社、その本社のビルの前にヒスイはジェフと並んで立っていた。2人とも似合わぬビジネススーツであり、ヒスイの顔にはわずかに緊張が滲んでいる。


「なにもスーツを着なくてもよかったんでは」

「……いや、重要な仕事の話なんだからしっかりしないと駄目だろ」

「アゲートさんは気にしてなかったかなぁ」


 ジェフのボヤキにヒスイが睨む。ヒスイの深緑の瞳は不安がありありと浮かんでいる。

 ヒスイの言う通り、今日はムーンフラワー社の重要人物からの仕事の依頼があるのだ。機密のため、直接会って話をすることになっている。

 2人はビルに入り、案内を受けて一室にたどり着く。部屋の前でヒスイは深呼吸した。

 ヒスイが意を決して扉を叩き「ヒスイ運送です」と呼びかけると、「どうぞ」と返って来た。ヒスイは扉を開ける。


「時間通りだな。まずは座れ」


 神経質そうな中年男性がヒスイ達に視線を向ける。その目付きは鋭い。

 MF社の「第一」兵器開発室の室長、ジマー・ハルトマンだ。ヒスイ運送で運用しているLFクレマチスは彼によって生み出された。

 用意されたソファに座ったヒスイは口を開いた。


「それで、依頼は何でしょうか」

「都市マーニシティから数人の技術者を連れてきてほしい。元はET社に勤めていた」

「技術者……?」


 ハルトマンの言葉にヒスイは疑問符を浮かべた。ハルトマンは説明を続ける。


「第二兵器開発室の製作したクレマチス2はET社との戦争において大きく活躍し、デイジー・デイビスはその地位を高めた。そのために今の第一兵器開発室は社内では影が薄い。それを巻き返すため、優れた技術者を引き抜くということだ」


 自身が不利である内情を随分とあけすけに話すものだ、とヒスイは少し驚いた。それだけ真剣ということだろう。


「交渉は既に済み、あとは連れてくるだけだ。依頼料はこれだけを予定している」


 ハルトマンは手元の携帯端末を操作し、依頼料を提示した。割のいい仕事と言っていいだろう。

 

「……少し考えさせてください」


 ヒスイはリターンを頭から除いてリスクを考える。マーニシティまでの往復の危険性、グリーンホエールの速度や戦力を勘案し――。


「引き受けます」

「そうか、有り難い」


 ヒスイの承諾の言葉にハルトマンは礼を言うが、その表情と声音は平静そのものだった。

 いくつかの依頼内容の確認を行い、ヒスイ運送はハルトマンの依頼を受諾した。





 ヒスイ達がハルトマンの依頼を受けてから数日、グリーンホエールの機長室にてヒスイは次の輸送の手順を確認していた。

 ハルトマンからの依頼以外にもマーニシティへの荷物を運ぶ依頼を受け、輸送を翌日に控えていた。

 問題なし、とヒスイが判断すると、LF格納庫から通信が来た。ヒュテラムからだ。


《ヒスイ社長、質問があります》

「なんだ?」


 ヒュテラムの合成音声からは感情は読み取れない。だがヒスイにはそれが何故か自分を心配しているように感じた。


《マーニシティへ向かうことに抵抗は無いのですか?》

「……どういうことだ?」

《あなたはエッダテクノロジー社の仕掛けた攻撃によって父親を喪っています。

 それによる忌避感などがあるのであれば、この輸送は行うべきでは無いと考えます》


 ヒスイは深緑の瞳を見開いた。確かにそうだが――。


「……今は、そういうのは無いかな、うん」

《そうなのですか?》

「ああ」


 ヒュテラムの合成音声は平坦だったが、驚いているのだろう。ヒスイはそう感じた。


「実を言うと以前は父さんが死んだ時のことを夢に見てたけど……お前がゲフィオンを倒しただろ?それから見なくなった」


 思えば父の死はヒスイのトラウマになっていたのだろう。だがそれも今では客観的に認識できていた。


《それならば、借りを返す事が出来たでしょうか》

「借り?」

《初めてあなた達ヒスイ運送に出会ったときの事です》


 律儀な奴だな、とヒスイは思い返す。確かにヒスイ達が墜落した航空機を発見しなければヒュテラムは今もあそこにいたかもしれない。


「偶然見つけただけだし、気にしなくていいぞ」

《ということはゲフィオンを倒した事はあなたへの貸しということになるのでしょうか?》

「ん……?」


 何か雲行きが怪しくなってきた。


《あなたには現在貸しがある状態なので、何か返して欲しいのですが》

「お前すぐ調子に乗るよな……」

《お褒め頂き光栄です》


 ヒスイは呆れて二の句が継げなかった。




 ヘカテーシティから出発したヒスイ運送所属のグリーンホエールは、エッダテクノロジーの治める月面都市マーニシティに到着した。

 ヘカテーシティ等は地下を掘って都市を作り、月面のあちこちに出入り口があるのだが、マーニシティは月の巨大クレーターに収まるように都市が建設されている。地下に都市を作るMF社方式よりも襲撃や隕石の危険は高そうだが、地下を掘る必要が無いぶん拡張はしやすそうだ。


(守れる自信があるのかな)


 グリーンホエールの機長室から見下ろすヒスイはそう考える。他の月面都市に幾度も戦争を仕掛けた傲慢さが反映されている、というのは考えすぎだろうか。

 管制官の指示に従い月面航空機ドックにグリーンホエールを入港させ、荷物の搬入を行う。が、ヒスイはある事に気付いた。


「活気が無いな……」

《どうされましたか?》


 ヒスイの呟きに通信越しのヒュテラムが反応する。

 

「ああ、いや……月面航空機ドックってのは物流の要で、大勢の人が働いてるもんだが、ここはそうでもないから」


 ヒスイの言う通り、マーニシティの月面航空機ドックは都市に比例した広大さを備えていたが、その半分ほどしか稼働していないようだった。


《今日が偶然少ないというだけの可能性はありませんか?》

「そうかもしれないが……」


 ヒスイは釈然としないものを感じながらも、ハルトマンの依頼を果たすために機長室を出た。




「それはまあ、この都市が負け犬だからですねえ」


 そう語るのはハルトマンがエッダテクノロジーから引き抜いた技術者の一人、ボーマンという男だ。間延びした口調と胡散臭いサングラスが特徴的だった。

 ヒスイはマーニシティ出身で土地勘のあるアルテを連れて、レンタルした自動車でグリーンホエールにボーマンを連れて行くところだった。


「負け犬って……」

「そうでしょお?我らがエッダテクノロジーはここ三十年は戦争で勝ちまくり、お陰で戦賞金やら資源やらがガッポガッポ。

 だったのに二年前にムーンフラワーに完敗してみんな意気消沈、てなわけでえ」


 ヒスイの相づちにボーマンはあっけらかんに答える。


「挫折知らずのエリートが鼻っ柱をこっ酷く折られて立ち直れない、というのが今のマーニシティなんですなあ」

「ふむ……」


 ヒスイは自動車の窓から外を覗く。月面都市の天井まで届くビルが立ち並ぶ景色が見えるが、車の交通量は規模に対しては少ない。


「まあそんなウジウジした環境に嫌気が差したので移住したいんですよね。アルテさん?もその口でしょう」

「……どうして私がマーニシティ出身だと?」


 ボーマンは車を運転するアルテに話を振る。アルテは僅かに警戒心を滲ませた目でバックミラー越しにボーマンを見た。


「その義手と金の目はET企業軍のものでしょー。で、軍人に当たりがきつくなったマーニシティから抜け出した、と」

「…………」


 アルテは口を閉じた。会って間もない人間にここまで素性を見抜かれるとは思わなかったのだ。


「アナタの歳から考えると軍人学校の頃に改造したけど企業軍には入れず、手術代の肩代わりをしてもらえず借金返済のために月面運送業に――」

「ボーマンさん、あまり人の過去を詮索するもんじゃないですよ」


 ボーマンの推理をヒスイが遮った。その深緑の目は鋭く細められている。


「おおっとこりゃ失礼。実は探偵小説が好きでしてぇ」

「企業で働くなら協調性が大事なのでは?」

「はっはっはっ、マーニシティじゃ仕事ができれば細かいことは気にされないもので」


 ヒスイの皮肉もボーマンは気にしない。ヒスイはこれから彼を部下にするハルトマンに少し同情した。




 ヒスイたちは月面航空機ドックに到着し、ボーマンほか数名の技術者をグリーンホエールに案内した。ボーマンはグリーンホエールの性能に興味を示して質問してきたがヒスイは軽くあしらった。

 あと三十分で出発の予定、ヒスイは操縦室に向かおうとしたが――。


「ん?」

 

 その途中、グリーンホエールの望遠室にいるアルテを見かけた。相変わらずの無表情だが、僅かにうつむいているように見えた。


 アルテはその金の瞳で望遠室の窓から外をみる。グリーンホエールはマーニシティの月面航空機ドックに収まっているのだから無機質な壁しか見えないのだが、アルテはそれをぼんやりと見続けた。

 その壁の向こうには先ほど見てきた故郷マーニシティがある。アルテはかつての暮らしを思い出し――。

 

「よお、アルテ」

「……社長」


 ヒスイからの声でアルテは振り向く。望遠室の入り口あたりにヒスイが佇んでいた。


「そろそろ出発だけど……」

「あ……そうですね、格納庫に向かいます」


 航行中はパイロットはいつでも出撃できるように格納庫に待機しなければならない。アルテはヒスイの横を通り過ぎて通路に入った。


「……待った」

「え?」


 ヒスイの静止にアルテは再度振り向く。ヒスイは深緑の目を細めている。


「あー……何か悩んでたのか?」

「……それは」

「話したくないならそれでもいいけど、メンタル的な問題は知っておきたいかな、お前に命を預けてる立場だから」


 アルテは以前、暴走して命令を聞かずに敵に突撃している。結果としては何とかなったが……。


「……ボーマンが言っていましたよね、この都市は負け犬だって」

「ん……ああ」

「それは私にも当てはまるな、と気づいたんです。逃げてるだけで……」


 アルテは消え入りそうな声で内心を語る。エッダ社が敗北したことで軍人への風当たりが強くなり、今はそこから逃げているだけではないのかと。


「んーー……逃げるって言うよりは前に進んでいると思うけどな、アルテは」

「え……?」

「父さんの受け売りだけど人間はやりたいことがあるから生きてるらしい。

 今のお前は借金と言うマイナスを背負ってるんだろうが、それをゼロに戻すために働いてるんだろう?」

「それは……はい」

「なら立派だよ、アルテは」


 アルテは顔を上げ、ヒスイの目を見る。その名の由来である深緑の瞳がアルテを見つめていた。


「……わかりました。助言、ありがとうございます」

「おう。じゃ、帰りも頼むぜ」

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