三話 アルテ突撃(2)
午前十時、ヒスイは緊張の面持ちでグリーンホエール内の通路を歩いていた。その理由は、後ろを着いてくる人物にある。
ウェーブがかった銀髪に青のメッシュを入れており、その顔には人懐っこい笑みを浮かべた二十歳の女性。昨日人質になってヒスイ達が助けた、デイジー・デイビスだ。
ヒスイ運送のホームであるヘカテーシティを統治するムーンフラワー社の兵器開発室室長であり、リパルシブ技術の発明者である。彼女の製作したクレマチス2はエッダ社のLFを圧倒し、二年前の戦争ではムーンフラワー側の大勝に終わった。
MF社の重要人物が僻地気味のこの工場に来た理由はリパルシブ技術に必要なレアメタルが産出されたかららしい。その査察に極秘で来たのだが、情報が外部に漏れて襲撃された、というのが昨日の事件のようだ。
「すみませんね、ヘカテーまで乗せてもらうことになって」
「いえ、お構いなく」
本来、デイジーはMF社の月面航空機でヘカテーシティに戻る予定だったが、誘拐犯の襲撃によりその月面航空機が破壊されてしまったのだ。午後一時からグリーンホエールはヘカテーシティまで出発する予定だったが、デイジーを乗せることになっていた。
明るく礼を言うデイジーに対し、改めて記述するがヒスイは緊張していた。相手は超大企業の重役で、こちらはそこから仕事を貰う立場。彼女の機嫌を損ねたらどうなるか分からない。
二人はLF格納庫に入る。灰色の空間にLFが駐機されていた。デイジーがそのうちの一機、灰色の機体に近付いていく。
「昨日はありがとうございました、ヒュテラム」
《どういたしまして、デイジー室長》
足を投げ出して座った駐機姿勢のヒュテラムがこちらを向く。
何か失礼なことを言い出すなよ、とヒスイは警戒するが──。
《よければ一緒に映画を観ませんか?》
ヒスイはヒュテラムに携帯端末を与えたことを後悔し始めた。デイジーの反応は……。
「お昼まで時間はあるし……いいですよ、観ましょうか」
デイジーは少なくとも機嫌を損ねた様子はないようだ。ヒスイは胸を撫で下ろす。
デイジーは遠慮なく近くのパイプ椅子を引っ張ってきて座った。
「いい映画だったね~」
《はい、私もそう思います》
LF格納庫で、ヒスイとデイジーはヒュテラムと一緒に映画を見終わった。
映画が流れている間、ヒスイはハラハラしていたが何事も起きずに終わった。
「そう思う、か……」
デイジーの目つきが一瞬鋭くなったが、ヒスイはそれに気付かなかった。
「ヒスイ社長。10月13日には、ヒュテラムはヒスイ運送の所有物となるんでしたね?」
「はい、それはそうですが……」
「そうなったら、第二兵器開発室と協力してヒュテラムを研究しませんか?」
デイジーはヒスイに顔を近づけて提案してきた。唐突かつ大胆な誘いだった。
「それは、しかし……ヒュテラムを造った組織が何をどうするか……」
「その時は誰も名乗り出なかったってことですから、問題ないでしょう。
ヒュテラム、君はどうかな?」
《そうなった場合、私はヒスイ社長に従います》
デイジーはヒスイの不安を切り捨て、ヒュテラムにも質問した。ヒュテラムはいつも通りの平坦な合成音声で返答した。
「こんなLF、見たことないです。最新の装備、ロステクの完全自律型の人工知能、修復機能を持つマイクロマシ……」
台詞の途中でデイジーは何と言うか──嫌そうな顔をした。
「デイジー室長?」
「とにかく、彼は凄いロボットですよ。研究する価値は多いにあります」
そこまで言って、デイジーは真剣な顔つきになる。
「ヒスイ社長、私には夢があります。誰でも好きなときに宇宙旅行が出来る世界です」
それは──途方もない夢だった。
「この夢を聞くと誰もが無理だろうって考えるけど、私はそうは思わない。人間は夢みて、それを信じてきた」
そこまで言って、彼女は少し悲しそうな笑みを浮かべた。
「リパルシブ技術はこの夢のために考えました。兵器として扱われるのは不本意ではあったけど、割り切ってます」
その表情の裏にはどんな苦悩があったのか、ヒスイには推し量ることは出来なかった。
「彼を研究すれば、その夢に近づけるかもしれない。そう思ってこの提案をしました。よろしくお願いします」
そういって彼女は頭を下げる。
「それは、その……」
「あ、今すぐに答えを出す必要はありませんから。今日は覚えておいて欲しいだけなので!」
デイジーは先ほどの真剣さが嘘のように明るい態度に戻っていた。
そのどちらも本当の彼女なのだろう、とヒスイは感じた。
グリーンホエールが月面都市ヘカテーシティまでの道のりを四分の三ほど進んだ頃、それは進行方向の数キロメートル先の山影から現れた。
全長60メートル程の月面航空機。グリーンホエールよりも小さいそれは、倉庫等の機能を切り詰め機動力を重視したET社製の軍用月面航空機”フェンリル”だ。
フェンリルは姿を現すとともにグリーンホエールに通信を繋げる。
『こちら、”ネオエッダ”所属、アレクサンダー・スカルスガルド少佐だ』
「ネオエッダ?ET社の脱走兵か……?」
通信を聞いたヒスイが推論を口にする。
ET社がMF社との戦争に敗北した時に脱走兵が大量に出たという話があった。投降した昨日の誘拐犯もそうだったのだ。
『フン、脱走兵などと一緒にしないで貰いたい。我らはより良い世界のために立ち上がったのだから』
スカルスガルドの声色は自信に満ちあふれていた。
『そちらにデイジー・デイビスが乗っているなら引き渡してもらいたい。そうすれば君達に手は出さないと約束しよう』
「何のことだ?そんな重要人物が運送業の航空機に乗るわけあるか」
ヒスイはしらを切ることにした。横の席に座るデイジーには手の平を見せて何も言わないように制止する。
『ふむ、調べもせずに引くわけにはいかんな。そちらを調べさせて──』
ヒスイは通信を切断した。ようは月海賊だ。付き合ってなどいられない。
「各員、LF全機出撃準備!戦闘開始だ!」
機内の人間とヒュテラムにそれぞれの仕事の指示が出された。
グリーンホエールからヒュテラムと二機のクレマチスが、フェンリルから二機のバルドルと二機のテュールが出撃した。
ヒスイ運送の勝利条件は逃げ延びること。
月面都市ヘカテーシティの防空圏はまだ遠いので、都市の防衛戦力をあてにしての逃走は機動力で勝るフェンリル相手では不利だろう。
ネオエッダの勝利条件はグリーンホエールの足を止めることだが、デイジーを確保したいのであれば撃沈させるようなことは避けたいはずだ。
LFの数ではネオエッダ側が多いが、ヒスイ運送側にはバルドル三機を一蹴したヒュテラムがいる。
ヒスイ運送がLF同士の戦いで勝ってもおかしくはないが──。
「各機に次ぐ。
データ上は相手の月面航空機に搭載出来るLFの数は四機となっているが、改造次第ではもう一機積めると聞いたことがある。ゲフィオン等が出て来るかもしれない!
フェンリルからは距離を離して戦え!」
グリーンホエールを山陰に移動させながらヒスイが各機に指示を出す。
もしも懸念通りにゲフィオンがいた場合、奇襲を受けたらそのまま敗北する危険性もある。あのスピードは脅威だ。
《ゲフィオンが出て来た場合、また私が挑発を行い一対一で戦うのはどうでしょうか?》
『乗ってくれたらね。前は相手も冷静さを失っていたし』
ヒュテラムの提案をアルテが否定する。
前回の誘拐犯は人質を奪い返されて劣勢になり逆上していたようだった。今回はそういった挑発に乗る切っ掛けはないだろう。
『想像の敵よりもまずは目の前の敵だ!気を引き締めろ!』
ジェフが一喝する。敵はもうすぐにお互いの射程圏内にまで迫っていた。
敵のバルドルとテュールが背部からミサイルを一斉発射する。それをジェフのクレマチスとグリーンホエールがデータ連携を行い、プラズマカノンと迎撃レーザーで撃ち落としていく。
ミサイルの爆発の向こうから無数の弾丸がヒュテラムたちに向かってきたが、あくまでも牽制のようで当たりはしなかった。
レールガンを構えた二体のバルドルが突撃してくる。
そのうちの一体にアルテのクレマチスがソリッドカノンで牽制、バルドルはそれを回避したところにヒュテラムのリパルシブブラスターの白い捻れた光線を受け、爆散した。
さらに近づいてきたテュールのうち一機にヒュテラムとアルテのクレマチスが同時にマシンガンを放つ。
そのテュールは牽制を回避しながら手に持ったプラズマガンをヒュテラムに向けるが、それを読んでいたジェフのクレマチスからのプラズマカノンが足を溶解させ、テュールは白い大地に落ちていった。
『よしっ!』
アルテが声をあげた。
ヒスイ運送の三機は的確に連携をこなしている。
ヒュテラムの性能が高いこともあるだろうが、数の不利をあっさりとひっくり返し────ヒュテラムの右腕が射撃を受け、吹き飛んで行った。
「ヒュテラム、大丈夫か!?」
《戦闘続行可能です。今の射撃はフェンリルの方向からです》
ヒスイの心配の声にヒュテラムは相変わらずの淡々とした合成音声で答えた。
「でも、三キロメートル以上は離れてるのに……」
アルテが声を震わせながら呟いた。
これだけの距離、わずかにでも角度がズレれば当たらないものであり、しかも高速で飛行するLF相手に命中させるとは驚異的な狙撃能力である。
その相手は──。
『無粋な輩だと思ったが、実力はあるようだな』
スカルスガルドが通信を送ってくる。ヒスイ運送は相手に電波を送っていないので、スカルスガルドからの一方的なものだ。
月面航空機フェンリルの上面にはカタパルトがあり、内部からエレベーターでLFが運ばれて出撃するようになっている。
そのカタパルトの上に、狙撃を仕掛けたと思われる青紫の大柄なLFが立っていた。
そのLFに乗っているのはスカルスガルドのようだ。
「ゲフィオン……じゃない?」
ヒスイはグリーンホエールのカメラが捉えた画像を拡大するが、その姿はゲフィオンに似て異なるものだった。
サイズはゲフィオンに近く、肘から二本生えた前腕が大型レールガンを挟み込むように掴み、下半身も共通点が多々ある。
だが背部のプラズマカノンが無く、ゲフィオンにはない頭部があり、何より目を引くのは肥大化した肩部だ。
そのLFはカタパルトから飛び立ち、足裏から青い噴射炎を出しながらこちらへと近づいてくる。
『紹介しよう。この機体の名は”ヘルモーズ”という』
スカルスガルドの通信と同時に残ったバルドルとテュールが後退していく。その様は主人の命令に忠実な猟犬を思わせた。
『おいおい、わざわざ一人で来るってか?』
ジェフの口調は軽かったが、その声色は警戒心に満ちていた。
『ヒュテラム、左腕は使えるな?』
《はい、問題なく使えます》
『各機、フォーメーションCだ!俺とエメラルド2が牽制する、隙が出来たらヒュテラムが仕留めろ!』
《了解》
『了解』
ジェフが戦術を立て、ヒュテラムとアルテがそれに従う。
赤のクレマチスがマシンガンとソリッドカノンをそれぞれ片手に持ち、水色のクレマチスがプラズマカノン二門を構えた。
ヘルモーズがヒュテラム達との距離を1キロメートルまで詰めた瞬間、双方が射撃を開始する。
ヘルモーズは空いていた左腕の二本の前腕にそれぞれマシンガンを持ち、右腕の大型レールガンと合わせて二機のクレマチスを牽制していく。
ジェフとアルテもヘルモーズに射撃を行うが、すべて回避されてしまう。ヘルモーズからの射撃を警戒しながらでは攻撃し続けることはできなかった。
神経を削るような牽制の差し合いが続き────ヒュテラムが動いた。
ジェフのクレマチスからの攻撃をヘルモーズが回避した瞬間に合わせて急加速して近づき、残った左腕からリパルシブブラスターを放つ。
白い捻れた光線がヘルモーズに命中し────
「なっ……」
その驚きは誰のものだったか。
光線が直撃したはずのヘルモーズは健在、無傷であった。




