三話 アルテ突撃(1)
MC61年9月21日の午前八時。ヒスイ運送所属のLFパイロット、アルテ・ミルセンは朝食を食べるため、グリーンホエール内の自身の部屋から出た。
本来は昨日の時点でヘカテーシティに帰る予定だったが、昨日の誘拐事件の戦闘により工場の防衛戦力が低下しており、それを補う為にヒスイ運送は留まっていた。
午後一時にはMF社から補充の戦力がやって来て、それと同時にヒスイ運送も出発する、というように予定を変更したのだ。
アルテは食堂に顔を出した。
「アルテ、お前も今から朝食か?」
そこにはヒスイ運送社長のヒスイがいた。トレーに朝食を載せ、席に着こうとしている。
「はい」
アルテはカウンターから自分の分の朝食を受け取る。メニューはパンにベーコンエッグが乗ったものとサラダだ。香ばしい匂いが鼻腔くすぐる。
二人は同じテーブルに着いた。
やがてヒスイが朝食を食べ終わった当たりで、アルテが口を開いた。
「社長。ヒュテラムのことですが、彼はなんなんでしょう」
「なに、ってまあ迷子の試作型の無人LFなんじゃないか」
アルテの質問にヒスイはそのままを伝えた。
「まあそうなんですけど……すごい学習能力というか、人間ぽいというか」
「あー、それは確かに」
これまでの一週間でもそれはヒスイ運送の全員が感じていた。
「……いずれ、私みたいなパイロットは用済みになるんでしょうか。昔は無人機が戦ってたそうですし」
アルテはただの雑談のつもりだったが、口に出してみるとアルテ自身が思っていたより不安も感じていたことに気づいた。
自分の仕事が機械に取って代わられ、失職してしまうのではという不安だ。
「んー、そうなったら別の仕事で雇うけどな」
ヒスイはなんてことはないとでも言うように返した。
「……私、パイロット以外の仕事が出来るとは思えません」
「これまで凄く努力を重ねて来たんだろう?パイロットが出来るんなら何だってこなせるさ」
アルテはうつむいたが、ヒスイはその不安をあっさり否定した。
アルテは少し、気持ちが軽くなったように感じた。
「あのー二人とも、リーナ知りません?そろそろ昼食の仕込みの時間なんですけどいないんですよ」
調理室のカウンターの方から調理員のバーンズが話しかけてきた。褐色で体格のいい中年男性だ。
「暇ですから、私が探してきます。多分格納庫とかでしょう」
アルテが席を立ち、リーナ捜索に名乗り出た。
「ああ、じゃあ俺も……」
「社長は休んでていいですよ」
ヒスイが立とうとしたのをアルテは無表情で押し止めて、食堂から出て行った。
「じゃあ、お願いするよ。ありがとう」
アルテの気遣いに、ヒスイは感謝した。
アルテがLF格納庫に着くと、リーナ・ベルはすぐに見つかった。
先ほどもヒスイと話したヒュテラムの近くで、折りたたみ式のイスに座っていた。
小さなロボットが携帯端末を持って、立体映像を空中に映している。ヒュテラムとリーナはそちらに視線を向けているようだ。
「うう~、二人ともよかったね~。ヒュテラムちゃんはどう思った?」
《よく分かりません》
リーナは金髪のポニーテールを振り回してヒュテラムのほうを振り返り何か同意を求めたが、ヒュテラムの反応はイマイチだった。
「えぇ~。まだまだね、ヒュテラムちゃんも」
「リーナさん、ここにいましたか」
分かってないなー、とでもいいたげなリーナに、アルテは無表情で話しかけた。
「あ、アルテちゃん!ヒュテラムちゃんと恋愛映画見てたんだけど、よくわかんないんだって!」
「バーンズさんが探してましたよ。昼食作りたいんですって」
リーナの言葉を無視してアルテは用件を伝える。
「え?……うわもうこんな時間!ありがとね、アルテちゃん!
じゃあヒュテラムちゃん、もっと恋愛のこと勉強しといてね!」
リーナは慌ててLF格納庫がら出て行った。あの人はいつもこんなだな、とアルテは思った。
また暇になったアルテは、リーナが使っていたイスの向きをヒュテラムの方へと変えて座る。胸の前で機械の腕を組んだ。
アルテは横の小型ロボットの方を向きながら口を開いた。
「その子、昨日はいなかったよね?」
《はい。昨日の二十三時ごろ、携帯端末と共にヒスイ社長が私に下さいました。名称はモックスです》
アルテの質問にヒュテラムが答えた。
モックスは自分の仕事が終わったのか、手足を胴体にしまって待機状態になる。アルテはその仕草をかわいいと感じた。
《アルテ、宜しければあなたのことを教えていただけませんか?》
「私?それは……」
アルテは眉をひそめ、顔を背けた。
《話したくないことでしょうか。そうであれば話さなくても構いません》
「いや、うーん。まあ……でもいいよ、この会社の人はだいたい知ってるし」
そうして、アルテはヒュテラムを見上げて話しはじめた。
「私は元々、エッダテクノロジー社の運営する月面都市マーニシティの出身なの」
《バルドルやテュール、ゲフィオンを制作した企業ですね》
ヒュテラムをヒスイ運送が発見してから約一週間、彼にとってはそのイメージになるだろう。
「……うん。で、私が物心着く前に両親は事故で亡くなって、私はET社の運営する孤児院に引き取られた」
アルテとしては正直なところ、悲しい気持ちは薄かった。”そういうもの”として受け入れていた。
「…………まずET社のことを説明しなきゃね。
ET社の方針というかスローガンは、”優れたものが上に立ち、人々に尽くす”。
そうすれば社会がうまく回って、皆幸せになれる、って意味。私はそう教わってきた」
ET社は人類が月面に移住する数十年前から存在しており、そういった考えは珍しいものではあったが受け入れられていたようだ。
「月面移住後、三十年ぐらいは都市の発展と安定に尽力してたそうだけど、安定し始めた頃から近くの月面都市に連携や協力を申し出た」
お互いの利益や善意からそうしたのだろう。当時は一番発展した月面都市だったそうだ。
「その中で、規模の大きい月面都市の一つはそれを拒否したらしい。自分たちが上なら考えてやってもいい、みたいな」
なかなかの傲慢さである。
「その月面都市との仲は険悪になって、ついには戦争になったの。結果はET社の圧勝。
それでその月面都市はET社の支配下に置かれたんだけど、それによる搾取はマーニシティを多いに潤した」
これが過ちの始まりだろう。
「これに味を占めたET社の人々はこう考えた。”自分たちは正しい”、”優れたものが上に立つべきだ”」
《増長したということですか?》
「一言でいうならそうだね。
それからは他の月面都市に積極的に協力……というか下に付くように言い出した。拒否したり対等な立場を望んだら武力を持ち出して」
地球環境の悪化や戦争などで国家を信頼できなくなり、企業が社会を取り仕切るようになったが、人間は変わらないということだった。
「マーニシティで育った私もそうだった。
マーニシティが正義と考えていて、将来はET社の企業軍に入りたいとか、願ってたっけ……」
アルテも後から気づいたが、”自分が正しい”と思うのはとても──とても気持ちがいいのだ。
「それで私は十六歳でパイロット学校に入ったんだけど、企業軍の持ちかけた肉体改造計画に志願した。
神経を光ファイバーに置き換えて、義眼や義手にして……」
アルテは腕組みを解いて金色の瞳で黒い義手をじっと見つめた。その顔は無表情のまま変わらない。
《それに対してためらいなどはありませんでしたか?》
「ん……なかったな。強くなれるならそれでいいって思ってた」
ヒュテラムの質問にアルテは首を横に振る。赤毛がそれに合わせて揺れた。
「私の卒業の前にET社は自ら仕掛けた戦争でMF社に敗北した。これが60年2月のこと」
ちなみにMF社との戦争は二度目で、MC52年の一度目は引き分けとなって交渉による停戦となった。
「勝利してET社を支配下に置いたMF社は軍の縮小を命じて、それで私は企業軍には入れないことになった。
何とか別の仕事を探そうとしたんだけど……」
アルテは俯いた。声のトーンが少し落ちる。
「マーニシティの人々は、手の平を返した。仕方なくET社に従うしかなかったって。みんな、自分は悪くないって思いたかったんだろうね。
私はまともに就職出来なかった。ET社が正しいって感覚が抜け切らなくて、周囲と合わなくて……」
残ったのはパイロットしか能のない、流れに乗れない不器用な無職だった。
その時の様子は……あまり思い出したくない。
「月面都市の外装修理に何とか就いてお金を貯めて、マーニシティから離れた。
その後、近くにいたヒスイ運送に働かせて欲しいと頼んだのが四ヶ月前。
まあ、私の話はこんなところかな」
《月面運送業は危険もある仕事ですが、それでよかったのですか?》
「パイロットはまあ好きだし……。
あと改造代の借金が凄いんだよね。企業軍に入ったら補助金出るって話だったのに、入れなかったから。
給料はいいし、現状はまあ満足してるかな」
《教えていただき、ありがとうございます》
話を聞き終わったヒュテラムは数秒ほど黙った。青いY字のセンサーアイからは何を考えているかは読み取れなかった。
《新たに質問したいことがあります。よろしいでしょうか》
「ん、いいよ」
ここまで来たら何でも答えてやる、とアルテは腹を決めた。
《アルテは、ヒスイ社長に恋愛感情を抱いていますか?》
「それは……ん、なに?なんで?」
アルテは困惑した。今の流れで出て来る質問か?
《あなたは辛い経験をしたようです。そこをヒスイ社長が雇うことで現状は満足してるというところまで来ました。
ヒスイ社長に好意を抱いているのではないですか?》
「いやまあ感謝はしてるけどさぁ……。そういうのとは違うって」
《二人の年齢も近いです》
「いやそれは関係ないんじゃ」
もしや──。
「ねえ、リーナさんが恋愛を勉強しといてって言ってたから質問してる?」
《はい、その通りです》
「……ポンコツ……」
アルテは赤毛を義手でかきあげ、ため息と共に罵倒した。




