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半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】  作者: 神野あさぎ
蝶妖

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No.22「蝶妖Ⅲ」

『そういえば貴方、引っ越しとか考えてないの?』


 北王ほくおうが書斎の本棚から必要な資料を見繕っていると、いつものように蝶の姿で訪れていた蝶神ちょうがみが、ふと思い出したかのように言った。


「……ん?」

かのとのこと知っている人のいない場所の方が暮らしやすくない?』

「それは……まあ、そうだが」


 目当ての本を数冊抜き取り、北王ほくおうは少し言い淀んで言葉を選んだ。


「この辺りには蟲人ちゅうじんが居るからな。何かあった時にサンプルを──……それにこの土地は色々と便利なんだよ」


 蝶神ちょうがみには北王ほくおうの言わんとする真意は分からなかったが、北王ほくおうは特に補足もせず手に取った本を捲って読み始めたので、それ以上何も言わなかった。

 便利な土地。その言葉の裏には、何か別の目的が隠されているようだった。


 ◇


 父さまに置いていかれたらどうしよう。

 父さまが死んでしまったらどうしよう。

 心に巣くう不安の種は悪夢となって、眠るかのとを毎夜のように苛んだ。


 待って。何処に行くの?

 夢の中。聞こえていないのか、父は返事もくれず背を向けて家を出て行こうとする。

 鉛のように重い足は思うように動かせず、手を伸ばしても背中は遠く、届きそうもない。

 自分に無関心な冷たい態度は、化け物はこっちに来るなと暗に言われているようで悲しかった。


 置いて行かないで。

 必死に追おうとするが、真横からの唐突な狙撃に、父は肩から血を噴き上げて声もなくその場に倒れこんだ。

 床にできた血溜まりの上に横たわる父は、指先ひとつ動かない。


 ◇


 冷や汗がじっとりと顔や体に纏わりつき、最悪の目覚めだった。


「おはようかのと


 心臓の鼓動が耳の内側から警鐘のように響いていた。


「気分はどうだ?」


 かのとの布団のそばに座っていた父は、かのとが起きた気配を感じるとゆっくりと振り向き、いつものように穏やかに微笑んだ。


「……? ……? ……生きてる?」

「えっ」


 昨夜父が知らない間に出かけていたこと、疲れて廊下で眠ってしまったことと、今夢で見た内容が混同してまるで現実のように感じられ、目の前に優しい父がいることの方が夢ではないかと思ってしまう。


「死んでないぞ? ……まだ」


 笑う父の全身から、自分が甘えてもいいのだと信じられる優しい気配がする。かのとは布団から這い出し、父にそっと身を寄せると、広い背中の温かさでこわばっていた心はゆるりとほどけていった。


 ◇


 北王ほくおうかのとを可愛がり、人間と同じように育てた。

 その日は家の近所の峠道で、草花の名前を教えたり、虫取りをして遊んだ。

 かのとに同じ年頃の一緒に遊ぶ友だちがいなくても、その分を補うように北王ほくおうが寄り添い、その姿はどこから見ても微笑ましい親子の姿だった。


「これがクワガタだ!」


 北王ほくおうが掴んだクワガタを見せると、かのとの目は興味津々に輝いた。

 二人して道の脇にしゃがみこみ、北王ほくおうが捕まえたクワガタをそっとかのとの小さな手の中に置いてやると、かのとは手の中で動く足の感触にくすぐったそうにした。


「あ、ねえ、あの子……」


 そんな親子水いらずのやりとりに横槍を入れたのは、通りすがる村人たちだった。


「関わっちゃ駄目よ」


 かのとがどんな子どもなのか、どんな苦しみを抱えているか。

 何も知らないくせに村人たちは言葉の凶器を平然と投げつける。

 二人が同じ場所に住み続けている為に、近辺の村人たちはかのとの顔をよく知っていた。


「人を食べるあやかしの子どもらしいわよ」

「じゃああの子も人を?」

「何で居るのかしら」


 さっきまで楽しそうにしていたのに、村人の声が聞こえてくるとかのとは俯いて黙り込んでしまった。

 力の抜けた手のひらからゆっくりと逃げ出したクワガタは、そのまま草陰へと姿を消した。


「お前ら……」


 北王ほくおうは立ち上がり、声の主たちを睨んで声を荒げた。


「い、行きましょう」


 北王ほくおうの殺気に怯え、慌てた村人たちは謝りもせずに足早に去っていった。


「……好き勝手言いやがって……」


 せっかくの楽しい雰囲気が台無しになってしまった。

 もう、これで何度目か分からない。顔を見るだけで忌避される息子の扱いに、北王ほくおうは込み上げる怒りを上手く抑えることができなかった。

 するとかのとは、立ち上がって北王ほくおうの腰にしがみついた。


「と……さま……」

「……」


 北王ほくおうの頭の中は、怒りと、かのとに言うべき言葉が見つからない悔しさでいっぱいだった。


「しん……じて、人間を……食べたい……とか……思ってない……」


 かのと北王ほくおうの服の裾を掴んだまま、必死に訴えた。


「だから……本当だから……信じて……お願い……嫌いにならないで……」


 言葉を重ねるうちにかのとの声は次第に涙まじりになっていき、体も小さく震え始めた。

 村人たちに向けられた敵意が、いつか自分にも向くのではないか。そんな恐怖に支配されている。


「嫌いに……みんな……嫌ってるから……やっぱり……」


 北王ほくおうかのとの顔を覗き込むと、下を向いたかのとの目から大粒の涙がいくつもこぼれ落ちていた。


「父さまも嫌いに……なる……?」


 その問いかけに北王ほくおうは言葉を失い、そして怒りに任せに歯ぎしりをした。かのとにも聞こえるほど強く、軋んだ音がした。

 かのとはその音に驚き、自分が欲張りなことを言ってしまったのだと思い、反射的に謝った。


「ごめんなさい……!」

「何でお前が謝るんだ……?」

「父さま……怒って……」

「ああ……怒ってるよ」

「ご、ごめんなさい」

「お前にじゃない」


 謝罪を重ねるかのとに、北王ほくおうは食い気味に否定した。

 かのとが顔を上げると、北王ほくおうは静かに遠くの一点を見つめている。

 その瞳の奥には、村人への怒り以上の、この世界の理不尽さへの憤りが燃えていた。

 かのとにはまだ、父の怒りの正体を掴むことはできなかった。


「今日はもう帰ろう」


 北王ほくおうが差し出した手を、かのとは無言で握り返した。

 どれだけ世間の人たちが自分に冷たく当たっても、この温かな手に繋がれている間は大丈夫だと思えた。


 ◇


「おかえり★」


 帰宅すると、奇妙な男――きゅうが勝手に部屋の中に上がり込んでおり、机の上に座ってピースサインをしていた。


「は? お前……」

「ねえ! もうお子さんも成長したし戻って来てよ~ オレを診るのはキミしかいない! せめて代わりを用意するならキミの師匠くらいにして!」


 きゅう北王ほくおうに口を挟む隙を与えず、矢継ぎ早に要求を口にした。


「無茶苦茶言うな。無理に決まってるだろ」

「じゃあ帰ってきて、育休終わり! はい! 返事して!」


 二人がそんなやりとりをしていると、部屋の入口のすぐ外で、かのとが激しく震えながら脅えだした。

 異質な気配。本能的な拒絶。

 それに気づいた北王ほくおうは、かのとの側まで近づいて声をかけた。


かのと、大丈夫だから。あいつは──……」

「オレじゃないよ」


 説明しようとすると、何故かきゅうがそれを遮った。


「本当にオレは違うから!」


 北王ほくおうは何を言っているのか訳が分からなかった。


「違うから!」


 何がと言おうとしたが、説明する気は無いようだった。

 ただ、きゅうの目は笑っていなかった。


「ま、いいや。今日はこのへんで」


 きゅうは身勝手に話を切り上げると、能力を使い、床に向かって身を投げた。

 すると硬いはずの床はきゅうの周りだけ水のように溶け、飛び込んだ勢いで辺りに波紋が広がった。


「また近いうちに会いましょ~」


 いつもの調子でこれはもう仕方のないことだと諦め、北王ほくおうは膝をついてかのとの様子を窺った。


「……かのと?」


 かのとは言いにくそうにしながらも、一生懸命言葉を紡いだ。


「分かんない……けど……何か、あの気配……苦手──……」

「……そうか」


 結局辛かのときゅうに何を感じ、そしてきゅうは何を違うと言ったのか、真相は分からぬままとなった。


 ◇


 そんなことがあってからしばらく後。

 いつものようにかのと北王ほくおうに勉強を教わっていた。

 静かに問題を解いていると、北王ほくおうがぽつりと話し始めた。


かのと、オレ仕事……結局復帰することになったんだが」


 突然の話に、かのとはぴたりと鉛筆の動きを止めた。


「……だからその……日中はあまり一緒に居られなくなるんだが、一人で留守番できるか?」


 少し黙って、父のいないしんとした家を想像すると不安が胸の奥から広がるが、だからと言って出来ないなどと言えるはずもないと思った。

 父を困らせたくない。


「……うん、別に……オレは大丈夫……」


 かのとは力なく答え、解きかけの問題に視線を戻した。

 しかし集中することはできず、頭の中に以前夜中に帰ってきた北王ほくおうが玄関で倒れこんだ光景が生々しく蘇った。


「……かのと?」


 父が仕事に行くようになったら、また同じようなことが起こるかもしれない。

 今度は、無事ではすまないかもしれない。


「……なんでも……ない……」


 置いて、いかれるかもしれない。

 その恐怖をぐっとこらえ、かのとは平静さを取り繕った。


 ◇


 北王ほくおうが仕事に復帰し、日中家を空けるようになってから何年も経った。

 まだまだ子どもではあるものの、以前より背が伸び骨格もしっかりしてきたが、かのとは相変わらず家の中でじっと父の帰りを待つ日々だった。

 今日も帰りが遅い。

 掃き出し窓の前に正座して、暗い夜の空と木々を眺めていると時間が経つのが遅く感じる。

 年齢を重ねても、かのとはどうしても過去のトラウマを拭い去ることはできなかった。


「……まさか、また──……あの時みたいに」


 疲れ果てていつもの笑顔を失くした仕事帰りの父、そして疲労で倒れた父にどうすることもできず泣いて過ごしたあの夜。

 昆虫図鑑を開いて気を紛らわせても、どうしてもあの時のことばかり考えてしまう。


『あら可哀そうに』


 誰もいないはずの家に、突然背後から聞き覚えのある女性の声が響いた。

 冷たく、ねっとりと絡みつくような声。


かのとはあいつが心配なの?』


 人間とは少し違う、不思議な声の響き。

 黒い蝶を引き連れて現れたのは、死んだはずのあやかしの母だった。

 何故。かのとが指先一つ動かさずその場に凍り付いていると、母は後ろからかのとの両肩を掴み、歪んだ笑みを浮かべて耳元で囁いた。


『でもあいつはそんな貴方のことを放置して……なかなか帰って来ないなんて』


 腹の底から感じる恐怖に冷や汗が滲んだ。

 そこにいるのが自分の母であるのは確かだと思うのに、かのとがお腹の中で感じ取っていた天真爛漫な母の面影はなく、ただの化け物のような存在に思えた。


『可哀想……あの人にとって貴方って、その程度の存在なのね……』


 甘い毒のような言葉が、かのとの不安な心に染み込んでいく。


 ◇


「あーあいつ、いつか殺す! 扱き使いやがって」


 仕事から帰宅した北王ほくおうがぶつぶつと文句を言いながら居間の引き戸を開けると、かのとは読みかけの本を床に置いたまま、正座をしてぼおっとしていた。

 あやかし北王ほくおうが部屋に入るころにはいつの間にか消えていた。


「……かのと? 何でまだ起きてるんだ? 日付変わってるぞ。先に寝てろと何度も……」


 北王ほくおうは夜更かしするなと小言を言おうとしたが、かのとの目はどこか虚ろで様子がおかしかった。

 まるで、ここではないどこかを見ているような。


「……ごめんなさい」


 かのとはいつものように謝罪の言葉を口にしただけで、それ以上は何も言わなかった。しかしその耳には、母の嘲るような囁きがこびりつき、離れなかった。

 父の温もりだけでは、もう夜の闇を払えないほどに。

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