↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】  作者: 神野あさぎ
蝶妖

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/164

No.21「蝶妖Ⅱ」

 辛(かのと)の母である妖《あやかし》の死から数年後。

 人里離れた場所にひっそりと佇む住まいに、北王《ほくおう》と辛《かのと》は親子二人で住んでいた。


 辛《かのと》は、まだ幼いとはいえ自分の足で歩けるようになるまで育った。

 見た目も暮らしも人間と変わりないが、髪だけは妖《あやかし》の母によく似た、夜の海のように艶やかな青色をしている。


『貴方いつの間に仕事辞めてたのよ。あいつもよく許したわね』


 声の主は、蝶の姿で訪れていた蝶神《ちょうがみ》だった。

 北王《ほくおう》は客間の机に肩肘をついて、届けられた文《ふみ》を雑に握り潰し、蝶神《ちょうがみ》の話に少し煩わしそうな表情で答えた。


「強引に辞めてきた。辛《かのと》の面倒を見ないといけないからな」


 言いながらふと視線を感じて廊下の方へ振り向くと、辛《かのと》が引き戸の裏に半分身を隠しながら、こっそりとこちらの様子を窺っているのが見えた。

 父の元へ行きたいが、蝶神《ちょうがみ》という未知の客人に人見知りをしているのかもしれない。


「とりあえず帰れ、蝶神《ちょうがみ》」

『はいはい』


 蝶神《ちょうがみ》を追い返すと、北王《ほくおう》の仏頂面は嘘のように消え去り、柔らかな笑みで息子に手招きをした。


「大丈夫だ、こっち来い」


 辛《かのと》は、おずおずとゆっくり父の元へ向かった。その遠慮深げな様子は、親子と言うには少しぎこちない。

 しかし、それには理由があった。


 親子が住まう家から少し離れた場所に、村がある。

 辛《かのと》が生まれてすぐ、その村の住民に辛《かのと》が妖《あやかし》と人の間の子であることが知れ渡り、彼らは半妖の子を忌み嫌うようになったのだ。


 あれが噂の。

 北王《ほくおう》が辛《かのと》を連れて歩くと、村人たちが辛《かのと》を見てひそひそと囁き始める。


 化け物。


 二人、三人と集まって、それぞれに少し離れたところから親子に向かって嫌な目線を差し向ける。

 口元を隠しながら小声で話していても、彼らのその目は雄弁に恐れ、嫌悪、そして剥き出しの敵対心を語っていた。

 まだ年端もゆかぬ小さな子どもでも、そこに込められた悪意は十分に感じ取れたことだろう。

 辛《かのと》も、自分が普通ではないと察しているようだった。


「……あの……」

「……んー?」


 村人たちの反応を間近に感じながら育ったせいか、辛《かのと》はいつも自信なげにぽそぽそと話す。

 北王《ほくおう》は辛《かのと》の言葉をじっくり待った。


「……」


 しかしその日はいつにも増して歯切れが悪かった。


「……辛《かのと》、言わなきゃ分からん。ゆっくりでいいから」


 辛《かのと》は父にさえ遠慮してあまり自己主張をしようとしない。この状態だけを見れば、辛《かのと》と村人、恐ろしいのはどちらなのか明白だ。


「……ない?」


 北王《ほくおう》が辛抱強く辛《かのと》の言葉を待っていると、辛《かのと》はようやく蚊の鳴くような声で話し始めた。


「……きらい……に……ならない……?」

「ああ……」


 どうして嫌いになったりしようものか。

 北王《ほくおう》が辛《かのと》だけに見せる眼差しや、辛《かのと》が生まれてからとった行動を見れば、誰しもそれは一目瞭然だというのに、辛《かのと》本人にはまだそれが伝わっていなかった。

 自己肯定感が、あまりに低い。


「……じっかん……って……何……? ……えっと……」


 躊躇いながら何を言うかと思えば。思いもよらない質問に、北王《ほくおう》は一瞬、“じっかん”が何のことだか分からず思考が停止した。

 じっかん、つまり“十干”だ。


「それから……」


 辛《かのと》の質問はまだ続くようだったが、北王《ほくおう》はまだ一つ目の質問も飲み込めていなかった。

 そんな言葉、誰から教わった。この辺鄙な場所で、誰が教える。まるで見当がつかない。


 十干。その言葉を聞いてまず思い出すのは、辛《かのと》の母のことだ。

 お腹に赤子がいると分かって、十干から名づけられた昔の能力者集団と同じ名前にしたいと言っていたこと。

 北王《ほくおう》が当時の記憶を思い起こし固まっていると、辛《かのと》は不安そうに首を傾げた。


「……? 父さま……?」


 そういや、“父さま”って呼び方も。

 教えた覚えはない。


「お前何でその言葉知ってんの?」


 北王《ほくおう》が聞くと、辛《かのと》はむしろ父がそんなことを聞くのは何故? とでも言うようなキョトンとした表情をした。


「……母さま……の……」


 そこまで言いかけて、辛《かのと》はまた何かを考えこんでしまった。


「……やっぱり……おかしい? ……化け物だから……父さま“も”……きらい……?」


 父さま「も」。

 その一言を、北王《ほくおう》は聞き逃さなかった。

 息子から、血のつながった父と、その他大勢の村人たちと同じ枠組みに入れられるなど不本意だ。

 だが、人種の違いという事実を前に、辛《かのと》の不安は簡単には拭いきれないものなのだろうと考えた。


「違う違う、少し驚いただけだ。これが噂の胎内記憶?」


 北王《ほくおう》は出来るかぎり愛情が伝わるように、辛《かのと》の青い頭を何度も撫でた。

 そんなことないと、言葉だけでなく心に直接届くように。


「十干ってのは甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の総称で、これは五行と結び付けて兄と弟を配したもの……。かつてこの玖《きゅう》の国にこれと同じ名前の奴らが居たんだよ」


 辛《かのと》は頭を撫でられて幾分か落ち着いたのか、北王《ほくおう》をまっすぐ見つめて大人しく話を聞いていた。


「……五行といえば辛《かのと》、能力はどうだ? あいつの胎内から出るときに“金”を使っていたように見えたが」


 妖《あやかし》が死んだ後、突然裂けた腹の中から出てきた金属の破片。

 あれはおそらく、腹から這い出るために辛《かのと》が自らの能力で生成したものだったのだろう。生きるための産声の代わりに。


「……ま、まだ……金しか……」


 辛《かのと》は喋りながら人差し指と親指の間に硬質な音を立てて、小さな金属片の集まりを生み出した。


「あ、あと……」


 すると、弾けるような音がして辛《かのと》の手の中で金属が爆ぜ、辛《かのと》は痛そうに顔をしかめた。


「右手だと……上手く……創れない……っ」

「右手見せてみろ!」


 辛《かのと》の小さな手をとると、人差し指のさきっぽに能力で作った金属がつんと突き刺さり、少しだけ血が滲んでいた。


「利き手じゃないから上手く“シン”を扱えないのかもな。……生成した欠片が刺さっているが大丈夫だ」


 北王《ほくおう》が治癒能力を使って自分の人差し指から小さなシャボン玉のような泡を出すと、辛《かのと》の指から金属片と傷口がすぅっと消えていった。

 処置が終わると何事もなかったかのように綺麗な皮膚に戻っており、辛《かのと》はそれを不思議そうにじっと見つめた。


「一応元医者で治癒系の能力も持ってるからな。病気も……いや……」

「……ごめんなさい」


 辛《かのと》は手を煩わせたことに対してなのか、俯いてまたも謝罪を繰り返す。北王《ほくおう》は目を細めてそれに答えた。


「そこはありがとうですよ」


 化け物と呼ぶにはあまりにも愛らしい我が子を見ると、普段はあまり表情筋の動かない北王《ほくおう》も自然に口角が上がる。

 北王《ほくおう》は、改めて先ほどの文《ふみ》を力を込めてくしゃりと丸めた。

 そこに書かれた不穏な内容を、息子には悟らせないように。


 ◇


 その夜。

 安らかに寝息を立てていた辛《かのと》は、何かの気配を感じ取り真夜中に目を覚ました。

 眠い目を擦って辺りを見回すと、隣に布団を引いて寝かしつけてくれていた父の姿がない。

 起き上がって廊下、客間と家中を探し歩いてもどの部屋も暗くしんと静まり返っていた。


 いない。何処にもいない。

 置いて行かれたのか。辛《かのと》が思ったのはまずそれだった。

 もしかして、嫌われて。

 夜の闇に絶望が溶け込み、思考が暗い方へと引きずられていく。


 化け物。化け物。

 人間たちが束になって自分を仲間ではないと遠ざけ罵しる記憶が脳裏を掠める。でも。いつも側にいて笑いかけてくれる、手を握ってくれる父は他の人間たちとは絶対に違うはず。

 オレが、化け物だから?


 もしかしたら、自分のせいで父が酷い目に遭っていやしないか。

 辛《かのと》は居てもたってもいられず、玄関へ走り出した。

 外に探しに。でも何処へ? どうやって? 気配は分からない。


 見つけられたとしても、子どもの自分がどうにかできることなのか。

 玄関の内側で逡巡していると、外側から扉が開いた。

 見上げると、疲れた顔をした父がそこに立っていた。


「……辛《かのと》、起きたのか?」

「……あ……あの……えっと……」


 不安げな辛《かのと》の表情を見て、北王《ほくおう》はバツが悪そうに頭を掻いた。


「ああ……悪い。少しだけ用があってそちらへ行っていた」

「……」


 用ってなに? 大人の言葉は、時々はっきりしなくて分からない。


「本当にすまない、一人にして……不安だったよな……ごめん」


 北王《ほくおう》は辛《かのと》の頭にぽんと手を置き、玄関を閉めると廊下に膝をついて辛《かのと》をぎゅっと抱きしめた。

 辛《かのと》は、北王《ほくおう》が座り込んでようやく首元に頬を寄せられるくらいの背丈だった。


「……ごめん、辛《かのと》……ごめん……」


 なぜ謝られているのか、辛《かのと》には分からなかった。ただ、いつもより切羽詰まった父の声に、なにかがあったということだけを子どもながらに感じ取った。


「ごめん………ごめん……」

「……父さま?」


 しばらく辛《かのと》は繰り返される理由の分からない謝罪の言葉に戸惑いながら、抱きしめられるままその温もりに身を預けた。


「ごめ……かの……と……」


 そして気づくと父の抱きしめる力や声が弱々しくなっていき、ついには鈍い音を立てて冷たい床に倒れこんだ。

 突然の出来事に、辛《かのと》は狼狽えて父の背中を揺すった。


「……? ……分からない……ごめんって何……? ……? どうしたの? 分からない」


 言ってくれなきゃ、分からないよ。

 思えば、朝目が覚めた時から夜眠るまで、父はいつも自分と一緒だった。

 どんなに外が恐ろしくても、家の中に父といれば安心できた。父の顔を覗きこめば「どうした?」と聞いてくれる。それがいつもの父だった。


 辛《かのと》の目からは大粒の涙が溢れ、鼻を鳴らして泣いた。

 怖い。真っ暗な部屋も、動いてくれない父も。こんなことは初めてだった。

 起こし方が分からない。どうしよう、分からない。何をしたら。

 倒れている父の前に座り込み、辛《かのと》は泣くしかできなかった。

 ごめんって何がなの。分からない、分からないよ。


 ◇


 なんだかやけに右半身がやけに冷たくて居心地が悪い。


「……ん……!?」


 目を覚まし、がばっと体を起こすとそこは自宅の玄関前の廊下だった。


「寝落ちした!!」


 眠っていたのは多分ほんの僅かのことだったと思う。その証拠に、夜はまだ終わっていない。

 昼間、届いた文《ふみ》を見て処理しに行った用事が予想以上に手こずり、疲労困憊だったのだ。


「そうだ、辛《かのと》……!」


 眠ってしまう前のことを思い出して振り向くと、息子は暗闇の中、隅で小さくなって涙を床に零し下を向いて呟いていた。


「分からない、分からない……どうしたら……」


 自分としてはちょっと眠ってしまっただけのことなのに、まるで大事が起きたかのように泣いている。

 世界が終わったかのような絶望感だ。


「ちょっと疲れただけだから!」


 北王《ほくおう》は慌てて辛《かのと》に声をかけた。突然倒れたりして、驚かせてしまった。


「もう泣くな! オレは無事だし、お前は何も悪くないから!」

「……本当に……? ……父さま? ……無事……?」

「ああ、大丈夫だ。寝落ちしただけだ」


 そういって辛《かのと》の小さな背中をそっと摩ると、ようやく泣き止んで顔を綻ばせた。誰がなんと言おうと、息子は保護するべき小さな子どもだった。

 この子を守るためなら、自分はどんな汚れ仕事でも厭わない。そう改めて誓いながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。