人生、万事、子猫の戯れ
12月になると、無宗教国のニッポンでさえ街中はクリスマス仕様に飾り立てられる。
キリストの生誕を祝うためでなく単に金を使わせるためだから、頭がいいと言うか何と言うか。シャンパンよりも熱燗、チキンよりも白子が好みの俺としてはクリスマスよりも正月の方が雰囲気は好きだ。しかしクリスマスに心躍らせるのは人間も猫も同じらしい。立派なクリスマスツリーを前に、姐さんの子ども達はテンションブチ上げでツリーによじ登っている。
「いい庭だろう」
芝生を横切って歩いてきた姐さんの首には毛糸素材の手編みの首輪が付いていた。家主のばあさんが作ってくれたことは想像に難くない。
「裏には甘夏の木があるんだよ。収穫したらマーマレードを作るって、雨季が張り切ってるよ」
「・・・アイツ料理できんのか?」
「切って煮るだけならあの子でもできるだろうよ」
そうか。
「新しい家はどうだ?」
「快適だよ、雨季の実家もそこだから墓参りも行きやすいしね。子ども達も大喜びで走り回ってるよ」
「みたいだな」
リビングの掃き出し窓から覗くと、子ども達のおもちゃにされるツリーをリビングから撤去する雨季と梓の姿が見える。
「雨季の部屋に持っていくんだろうね。あれは元々梓の家のツリーなんだって」
「ほぉ~、おさがりを貰ったのか」
「せっかく家が広くなったんだからクリスマスの飾り付けをしようってことになったんだよ」
「梓しか来てないのか?」
「他の子達はあっちの家にいるよ」
俺は敷地を横切り古い家の方に近付く。
玄関の引き戸を前足で引くとカラカラと音を立ててドアは開いた。すぐそばの部屋から軽快な笑い声が聞こえ、玄関を上がり首を伸ばすと、茶の間で家主のばあさんと残りの3人が楽しそうに談笑している。
「進駐軍にハンサムな人がいてねえ~。わたしにアメリカで流行っているワンピースをくれたのよ、それ着て週末のダンスぱーてーに行くのが楽しみで楽しみで・・・」
「ええ~!!やだぁもう映画じゃあ~~~~ん!!」
「その人とはどうなったの?!」
「彼が帰国の時に、一緒にアメリカに行こうって指輪をくれようとしたんだけど・・・」
「したんだけど?!」
「・・・指輪一つじゃあ人生は賭けられないからねえ」
「うそぉぉぉぉぉぉん!!」
「いやいやおばあちゃん、もったいなかったんじゃないかい?」
「何言ってるの、日本は経済発展していたのよ、いずれ自分で何でも買えるようになるのが分かっていたら、指輪一つには靡けなくってよ」
「いやあああああ!!!!さあっすがあ~~~~!!!」
「女の鑑!!!」
「ほほほほほ」
どうやら打ち解けているようだ。
庭に戻ると、姐さんが芝生の上で子ども達と寛いでいる。リビングの掃き出し窓が開いたままだから自分達で開けて出てきたのか。俺の姿を見つけると、頭をひょこっと起き上がらせる。
「しゃてえおじちゃん!」
「おう、お前ら、元気でやってるか」
色違いの手編みの首輪を付けた5匹の猫達が一斉に俺に向かって走り寄って来た。みんな順調に育って安心だ。
「おじちゃーん!」
「おお、よしよし、いい子にしてたか」
「はいとくのせっくすー!」
「こらあ!お前ら!!汚い言葉覚えるんじゃない!!」
「きゃー!」
まったく、何のドラマを見たんだ?賢いから覚えが早くて困ってしまう。俺は呆れてしまうが、姐さんはケラケラ笑いながらおちびのモンテーニュの毛繕いをし、その周りを子ども達は駆けまわり、笑いながら取っ組み合っている。
「あー、平和な光景だなあ・・・」
「あの子頑張ったんだよ、ほんとうに。毎晩チョコレートバー食べながら勉強したり資料読んだり」
「それで総合職キメたのか。やればできる奴だったんだな」
「言っただろ、アタシの目に狂いはないって」
姐さんは誇らしそうに胸を張る。
「いやいや姐さん、雨季を見つけたのは俺だぜえ?」
俺も負けじと胸を張る。
「調子のいい奴だね」
「たはは」
笑い合っていると、またも子猫達が雪崩れるように転がってきた。
「おじちゃんもしょーぶ!」
「くらえ、ひにょかみかぐらー!!」
「うおっ!」
子猫に四方八方から覆い被さられ、ひっくり返る俺を姐さんはまた笑って見ている。
「遊んでおあげよ、せっかく広い庭なんだ」
「おお?そうだな、よしお前ら、俺は上弦の壱だー!!」
「きゃあーーー!!!」
アルマをとっ捕まえペロペロ攻撃をしてやっていると、
「あー!!ちょっとアンタ達!!」
という叫び声と共に雨季が走って来るのが視界に入った。
「やっべ!雨季だ!」
逃げようとしたがブレアとネオノエとパピヨンに四方を固められた俺は身動きが取れない。
「何勝手に外出てんの!汚れたんならシャワーするよ!そのままじゃ家の中歩かせないからね!!」
刹那、俺の体がぐいっと引き上げられ宙に浮き、くるっと回転したかと思えば俺を持ち上げた雨季と目が合った。
「ん?」
見慣れない猫に目を見開く雨季。
冷や汗が滲む俺。
「・・・アンタ誰?」
「にゃ・・・、にゃあ~お!」
とりあえず可愛く鳴いておく。猫は愛らしく振る舞っていれば大概のトラブルは対処できるからな・・・と思っていたら背後から近付いてきたのはサイコパス・梓!
「雨季どうしたのお?」
「なんか知らない猫がいたんだけど」
「あらあら、家猫希望じゃない?」
はあ?!んなワケあるか!
「えー、これ以上増えても・・・」
「いけるっしょー。限界効用逓減の法則で考えたら6が7になっても大差ないじゃん」
「いやいや、病院代が結構かかるの!」
「へいきへいき、そのための総合職!」
「え~・・・」
おい、俺を家猫にすることで話を進めるな!とっとと離せ!
「とりあえずさくっと病院連れてこ!今日麻里奈ちゃん達が来てて良かったね」
「あ~じゃあキャリー出してくんない?玄関の納戸にあるから」
辞めろおおおおお!俺はノラでいたいんだよおおおおお!!
「姐さん何とかしてくれよ!」
雨季の腕にガッチリホールドされた俺を見て、姐さんは笑い転げている。
「いいじゃないか、この冬くらい家の中で暮らしても」
「それは俺の矜持に反するんだよ!!」
「この界隈の家を調べ上げればいいじゃないか。余裕のある家がまだまだあるかもしれないよ」
ピカーン!
俺の脳内に閃光が走る。
「それ名案だな!潜入調査か!」
「そうだよ、頃合いを見計らって地域猫になってもいいしね。なんでも物は考えようだよ」
梓が玄関扉を開け、キャリーケースを持ってきた。
「はいはい猫ちゃ~ん!楽しい病院の時間ですよお~!」
口が開けられたキャリーの中に俺は収められ蓋がされる。あらかじめふかふかのタオルが敷かれたキャリーの中は、悪くない居心地だ。見上げると、透明プラスチックの蓋越しに梓が俺を見つめている。至近距離で見るのは初めてだが・・・。
やっぱ、コイツ、可愛いな・・・。
心なしか俺の心臓が高鳴り始めているのを感じる。
「うふふ、やっぱ可愛いねえ~猫って!」
お、同じコト考えてたのか・・・。
俺ら、波長合いそうだな・・・。
身だしなみを整えるために顔まわりの毛を整えていると、梓は嬉しそうに両手で口元を抑え目を細めて俺を見つめる。俺の可愛さにハートを射抜かれたようだ。
「可愛い~!ノラならお名前がなきゃね!」
名前?俺、スカジャンって言うんだけど・・・ふん、まあ、源氏名の一つくらいあってもいいかな・・・。
「ん~・・・、キ、ミ、の、名、はあ~・・・」
カッコイイのな!
ディカプリオとか、アラゴルンとか!
「暗殺の天使、シャルロット・コルデー!」
フザけんな。