・・・猫を理解する教養のない事です
「なぁにが都会の味よ、こんなの都会人だってそう食べないわよ」
テーブルの上に載せたふかひれの段ボール箱を、ジェルネイルの爪でコツコツと叩きながら、麻里奈は目の前で正座する友人を糾弾する。
「あんたが辛い思いしてるだろうからと思ってご祝儀だって弾んだし良いメシ見繕ってきてやってんのに、何一人でコソコソふかひれ食おうとしてんのよ!!」
「いや~・・・栄養不良で肌がカサついてきたからコラーゲンをと思い・・・」
「鳥皮食ってろ!!」
またも麻里奈に飛び掛かられプロレス技を仕掛けられ、雨季は悲鳴を上げるがその様子は無視され残りの3人は食事を再開している。
「まあ、生活なんていきなりダウングレードできないもんだよね」
「上がるのはすぐ慣れるけど下がるのは中々受け入れられないでしょ」
「でもそれでみ~んな道を踏み外すんだよねえ」
もはやゼエゼエする気力もない程に締め上げられた雨季を見て、麻里奈はようやく腹の虫を収める気になった。雨季に反省させるために、今後は自分達指導の合理的予算配分計画に従い生活改善に取り組むことを誓わせる。
「ここに拇印」
「はぃ・・・」
シャチハタのインクをなすりつけられ、雨季は響花の手帳に親指を押し当てた。
「まあまあ雨季ちゃん、ほんの数か月の辛抱だよ。慣れれば貯金マイナスも脱出できるから」
「でも今のマイナスはどうやって補填する~?おじいちゃまが、どんなに親しくても友人間のお金の貸し借りだけはしちゃいけないって言ってたよ?」
久々に聞いたな、おじいちゃま、と皆思う。
「人間関係は、壊したければ金を積め、守りたければ徳を積め、って」
さすがだな、おじいちゃま、と皆思う。
「とりあえず橘ファイナンス頼ってみるよ・・・」
「融資してもらえそうなの?」
チキンをほぐし、割ったフォカッチャでサンドイッチを作りながらローファーム勤務の響花が提案をする。
「適当な民法でっちあげて今回の追い出しが不当だって言ってみる?」
かくして、響花主導で訴状が作成された。
甲(橘正敏)は乙(橘雨季)に対して生活扶助義務が発生し、乙は甲所有の物件に対する占有権原を持つ、云々。
「甲は、乙の生活の維持のために、諸資力の保証をする義務があり・・・、これに反する場合、10万・・・あー・・・50万円以下の罰金に処される・・・こんな感じ?」
スマホの中のWordでそれらしい訴状をあっという間に作り、画面を見せると歓声が上がる。
「すごおい響花ちゃん!めっちゃそれっぽい~!」
訴状なんて普通見たことないのになぜそれっぽいと分かるのかはあえて誰もツッコまず、響花はファイルをLINEで雨季に送る。
「コンビニとかで印刷できるからこれ持って親のとこ行くのね」
「やったあああ!これで50万ゲットおおおおお!!」
「いや、50万貰えるかは保証できないけど」
「それにお金貰ってもそれはアンタのグルメ代じゃなくて生活費の補填と猫ちゃん費用だからね!」
麻里奈がケージから出したパピヨンを持ち上げ雨季の顔に突き出すと、パピヨンも「シャー!!」と威嚇した。どうやら猫も飼い主の体たらくには敏感らしい。
「だ、だいじょうぶだヨー・・・あんた達を見捨てたりはしないからさ・・・」
乾いた愛想笑いを振りまくが、猫達まで疑惑の眼差しで飼い主を見つめ始めた。
翌日、雨季はさっそく実家に乗り込み響花お手製の訴状を両親に突き付け、突然の一人暮らしで負担せざるを得なかった諸々の費用の支払いは(雨季としては)不当であることを説明した。
反論されるだろうと予想していたが、雨季がいなくなりこれまでに経験したことのない静けさに感じる若干の寂しさと、自分達が追い出してから子猫が一匹死んでしまったことに対する負い目からか、両親はあっさりと雨季の口座に50万を振り込んだ。
『50万貰ったぁぁぁ!!』
グループLINEに報告し、ルンルンで帰宅し猫達に報告する。
「アンタ達!やったわよ!じいじとばあばからお金貰えた!」
部屋の隅で寝そべっていたアンジェラは体を起こし、雨季に近寄るとそのまま抱き上げられる。
「シロちゃん!アンタのカリカリも猫まんまにしなくて良くなったわよ!」
もっちりとした体を抱きしめながらソファ代わりのマットレスに腰を下ろし腕の中のアンジェラをあやすと、アンジェラは目を細めて咽をゴロゴロと鳴らした。
かくして、雨季は合理的予算配分計画と言う名の家計ダイエットに取り組むことになった。まずは食費の合理化として、3食自炊、食材は見切り品を購入するためにスーパーに行くのは18時以降に限定、もやし推奨、等の指示が飛んでくる。
『今日の夕食 もやしと20%OFFの豚小間肉の野菜炒め、味噌汁、ご飯』
ちゃんとやっていることの証明として、グループLINEに写真付きで毎度の食事を報告する。
次に家計簿。アプリにその日使った金額と内訳を記入し、レシートも全て写真を撮り報告。
『マッチャL\198って何?』
『割引シール貼ってあったから抹茶ラテ買った』
『ふざけんな水道水飲め』
日用品も仕分けが入る。
『ボディソープとかいらんから。固形石鹸使いな』
『雨季ちゃん、デパコスもドラッグストアコスメも大体中身は一緒だよ』
『そうそう、広告代とパッケージ代だからね~』
『洗濯洗剤は一番安いので十分、ちゃんと日干しすれば匂いとかしないから』
雨季はしばしの間、スキンケア用品はホームセンターで買うことになる。
最後に実家のクローゼットの中にメスが入る。服も靴もバッグも毎シーズン新調していたからその量は膨大、そして着倒してもいないから状態は良好、おまけにどれもこれもファッション雑誌御用達のアパレルブランドのもの、売りさばいて小遣いを稼ぐには最適である。
「わ~!雨季の家久しぶり~!」
張本家のお抱え運転手が運転するクラウンで雨季の実家を訪れた梓と純子。両親に手土産を渡し挨拶もそこそこに、雨季の部屋でさっそく衣類の仕分けを始める。
「とりあえずセオリーに則って、まず1年以上着てない服を出してみようか」
実に7割の服が出てきた。
「なんで着なかったのかい?」
「えー・・・なんでだろー・・・買ったはいいけど結局着やすいのばっか着ちゃうのかなー」
「雨季ったら、その場の気分でショッピングしてるでしょ」
「いや、その時は気に入ってるのよ」
「だーかーらー、それがデパートの魔法なの」
「ほう」
魔法を掛ける側だった人間に言われると、そんな気もしてくる。
「じゃあ魔法も解けたことだしこれ全部メルカリでいいね」
純子はテキパキとハンガーに吊るした衣類の写真を撮っていく。
「ワンピースとパンツだけは着画があったほうが売れやすいだろうから雨季ちゃん着替えてくれるかい?首から下しか撮らないから」
次から次へと着替えをして写真を撮ってを繰り返し、あっという間に3時間が経つ。
「あー・・・疲れた・・・」
床に大の字になる雨季は、友人二人を見つめる。靴やバッグの撮影を続ける純子、撮影が終わった服達を丁寧にクローゼットに戻す梓。
今日は土曜日、7月に入って夏のレジャーが楽しくなってきた時期に他人の洋服の整理に半日を費やすというのは、どういう心境からの行動なのだろうか。響花は予定があり今日はいないが、雨季のワンルームでは今、麻里奈が猫達の世話をしている。
「ねー・・・」
低い声で呟く雨季を振り返る、梓と純子。
「なあーんで手伝ってくれるのー・・・こんなメンドーなこと・・・」
もちろんバイト代など出ない。雨季に出せる訳ないことをみんな知っている。服が売れても利益はもちろん雨季のものだ。
「なんでって・・・」
「ねぇ・・・」
キョトンとした顔で見つめ合う二人の口から、トモダチだから、というシンプルだが心温まる言葉が出てくることを予想する雨季に、斜め上のソレを投げるのがこの二人である。
「面白いからじゃ~ん!!」
いつの間にか自分がコンテンツと化していたことを知る雨季であった。