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世の中で一番みじめな事は・・・

 さっきまでの鼻高な威勢はどこへやら、テーブルに肘を付き頭を抱える雨季と、それをいたたまれない表情で見つめる友人達。猫達はケージの中に戻し、まだ半分以上残っている料理は誰も手を付けようとしない。


「とりあえず基本的な事だけど、あんたの手取りで猫6匹抱えたこの生活はやっていけんの?」


 肝心な事ほど最初に切り込む麻里奈。他の3人は心の中で「おお~行った!」と思っている。


「えぇ~・・・・・・多分?」

「多分じゃダメでしょ!」


 収支感覚の欠如した雨季に、バリキャリOLの麻里奈が猛烈に予算編成の基礎を説く。


「手取りから固定費用引いた金額がいくらになるのか把握してないと突発的な出費と娯楽費のバランスがとれないでしょ!」

「えーでもいざとなったらボーナスあるし・・・」

「ボーナスはアテにしない!!アンタのはどうせ雀の涙なんだから今後は貯金!!」

「ええ~!!ムリぃ~~!!」

「情けない事言うんじゃないわよ!!一人暮らしするんだからそれくらい我慢でしょ!!」


 床に転がる雨季に容赦なく言葉のムチを振るう麻里奈を見ながら、残りの3人は食事を再開した。


「まあ~いきなり一人暮らしじゃお金のやり繰りなんて上手くできないっしょ」

「そうそう、最初の半年は買い物も無駄が多いしね」

「そうなの?あず一人暮らししたことないから分かんなぃ~・・・」


 梓は生まれた時から、“田園”が付く方の調布にある実家を出たことがない。


「梓ちゃんは、お肉に国産と輸入があることすら知らなさそうだもんねえ」

「ひどぉい純ちゃん!あずだってアンガスビーフくらい知ってる!」


 ぷうっ!と頬を膨らませる梓のそのほっぺを突いて遊ぶ純子、響花に麻里奈はある提案をする。


「雨季は一人じゃダメだからあたし達で合理的予算分配計画を立てるわよ!」

「ちょっと何よソレ!」

「あんたの専属FPになってやろうって言ってんのよ!」

「いやいらんし!」

「いらん訳ないでしょ!あんたが餓死すんのは勝手だけど、ネオノエちゃんとパピヨンちゃん達が飢えるのは許されないってことよ!」


 自分にまとわりつく雨季を剥がして放り投げ、麻里奈は子猫のケージに駆け寄り


「ああ~んいい子達ねえ~!おばちゃまが助けてあげるからね~!」


 と、ケージ越しに指先で子猫達の鼻を撫で続けた。


「・・・まあ、いいんじゃないかな。合理的予算分配計画」


 二人のやりとりをシードル片手に面白おかしく観賞していた純子は、協力の姿勢を見せる。


「人に指摘することで自分の弱点も見えてくるかもしれないしね」

「純ちゃんオトナ~!」


 チーズを載せたクラッカーを頬張りながら梓もうんうんと頷く。


「あず、一人暮らしの経験ないから役には立てないけど算数嫌いじゃないから!」


 それではまるで、自分が四則演算さえできない大人のようではないか、と雨季は恨みがましい目で見つめるが梓はどこ吹く風である。


「確かに、自分の行動は客観的な目線で見ればどうなのかって知るのは必要よね」


 響花は鞄の中から革張りの手帳を取り出した。


「出費の大項目の他に小項目も教えてもらわなきゃだわ」

「へ?どういうコト?」


 床に転がったままの雨季はポカンとする。


「食費が高いと思ったら何を買って高いのか知る必要があるってことよ。お米を買うのは当然だけど、いくらのものを買っているかも大事でしょ。雑費だって、有名メーカーよりもスーパーのプライベートブランドの方が安いし、そもそも必要のないもの買いまくってたら意味ないし」

「はあーなるほどねー・・・でも無駄遣いなんてしてないしー・・・」


 本当か?という眼差しが、一斉に雨季に注がれる。


「だって今全然遊びに行けてないんだよ?服も靴もコスメも買ってないし、ディーンアンドデルーカでスイーツも買えてないし、ご近所に成城石井もないこの状況でこれ以上削る項目なんてないっしょー。こう見えてちゃんと考えてんダヨ~?」


 (つつ)ましさを力説しながらチキンをモグモグし始めた雨季の目は、しかし明らかに泳いでおり、それを見逃す20年来の友人達ではなかった。


「ふ~ん、なるほどね・・・。ねえ、水飲みたいんだけど冷蔵庫の中からペットボトル取っていい?できれば氷も」


 麻里奈の発言に、雨季の顔色が変わる。


「あ、いいよいいよ、私やるから。お客様は座っててよ~氷も入れるからさ~」


 そそくさと立ち上がろうとする雨季に、飛びつき後ろから羽交(はが)()めにしたのは梓だ。


「ぎゃっ!何すんの!!」

「みんな行けぇ~~!!!突撃~~~~!!!」


 梓が雨季を封じたタイミングで走り出した麻里奈と響花は、ドアを開け廊下の冷蔵庫に飛び掛かる。


「ちょっ!やめて!!」


 無情にも扉が開かれガサ入れが入った冷蔵庫の奥からは、出るわ出るわネットでお取り寄せした高級食材の数々。


 北海道小樽の瓶入りうにいか!

 同じく北海道鮭いくらのしょうゆ漬け!!

 横浜中華街萬珍楼の肉まん!!!

 松坂牛と神戸牛の食べ比べすき焼きセット!!!!


「あんた随分いいモン食べてんじゃない!」

「いや、これはパパのお土産で・・・」

「嘘こけ!!」

「冷凍庫の中ハーゲンダッツばっかりね。しかもコンビニ限定の値引きされないやつ」

「あれー・・・ママが補充してくれたのかナー・・・」


 必死で取り繕う雨季にダメ押しの純子のガサ入れがトドメを指す。


「雨季ちゃん、洗濯機の上の棚に入ってるラ・カスタのストック最近買ったやつでしょ。お風呂場のボトルは重いから補充するついでにストックも買ったんだよね」

「・・・ラ・カスタだあ~?!」


 ヤンキー時代の地が滲み出た麻里奈に襲い掛かられ髪を掴まれ、必死で抵抗する雨季。そこへインターホンが鳴り、梓が素早く通話ボタンを押す。


「はあ~い!」

「シロネコヤマトですーお荷物のお届けですー」

「どおぞぉ~!」


 オートロック解錠のボタンが押され、意地の悪い微笑みを浮かべた梓が


「雨季ったら何買ったのかなあ~」


 と、一瞥(いちべつ)して軽やかに廊下を抜け玄関ドアの向こうに姿を消した。


「オイ梓ぁ!!人の荷物勝手に開けんの犯罪だぞぉ!!」


 雨季もうっかりコギャル時代のドスが出てくるが、怒り心頭のヤンキーに羽交い絞めにされた今、成すすべがない。


「開けたりはしないっしょー、送り状見るだけ見るだけ」


 純子はヤレヤレと席に戻り赤ワインのボトルに手を掛ける。種明かしが済むと瞬時に興味が失せるタイプである。


「それとも何かやましいものでも買ったのかしら?別にいいのよ、あんたがオトナのオモチャ買おうが一人で使おうが!」

「あんたじゃないからそんなモン買わんわ!!」

「じゃーあ堂々としてなさいよ!」


 ドアの向こうで若い男の声と梓のぶりっこ声が交互に重なり、廊下を掛けて行く足音と共に玄関ドアが開き、小さめの段ボール箱を胸の前に掲げた梓が女でも見惚れる美しい微笑みを浮かべながら部屋に入って来る。


「もーう、雨季ったら~。これ、今日みんなで食べようとしてたんだよね?」


 段ボール側面には、気仙沼の有名ふかひれスープ専門店の名前が印刷されていた。

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