迫力のカーチェイスが周囲に及ぼす迷惑(その3)
その脇に立っているのは、あかねとノリトだ。あかねは目を丸くしてこちらを見、ノリトは既に興味を失ったらしくそっぽを向いている。二人の内、あかねの外見には変化がある。その手には、身長を超える長さの槍のようなものが握られていた。外見は、神事に遣う神楽鈴と、普通の槍が組み合わさったような、武器と言うより祭具に近いものだ。
印紙の類は一枚も貼り付けられていないが、見るからに強力な施術がされていることがよく分かる。どのような効果があるのかは分からないが、恐らく化外の類に何らかの影響を及ぼすものに間違いないだろう。もしかすると、種々の法術を貫いて無効化するような力があるのかもしれない。
「お……お嬢……ちゃん?」
「な……なんで……ここに?」
頭上にいくつも疑問符を浮かべる双子に、あかねは当然のような顔で言い放つ。
「別に。助けに来てあげただけだよ」
スレンダーな胸を張ってそう言うあかねだが、二人はにわかには信じられない。
「ど、どうして……?」
「お嬢ちゃんは……ファミリーの一員じゃ……ないだろ?」
「そうだよ。私人間だよ。ネコさんじゃないに決まってるじゃない」
あくまでも、あかねは平然としている。
「でもいいの。だって、二人とも困っているでしょ。化外の誰かが困っていたら、助けてあげるのが守役のお仕事なのです」
その手が器用に動くと、バトントワラーのように槍をくるくると回す。重量軽減の施術が施されているらしい。
「さっき、私は二人に質問したよね。『それが、二人が本当にしたいことなの? それが、二人の本当に望んでいることなの?』って。あれ、本当は私も答えなくちゃいけない質問だったんだ」
あかねの言っていることを、双子は十全には理解できない。ただ、分かることが一つだけある。この少女は、まったくてらいもなくここに来たのだ。
何の駆け引きも、計算も、腹積もりもなく、ただ助けるためだけにここまで来たのだ。
「今なら、よく分かるよ。これが私のしたいこと。そしてこれが私の望んでいること。仕事だからでも、責任だからでも、命令されたからでもない。私がしたいから、私が望んでいるから、私は二人を助けるの。化外のみんなを、助けてあげたいの」
「……どちらかというと、お前の方が化外に助けられているんじゃないのか。ミイラ取りがミイラになるって奴だ」
あかねの言葉に、隣のノリトが冷たく突っ込みを入れる。ヘビの舌のように鋭利な言葉だ。
「昔から言うでしょ。持ちつ持たれつって。みんなに助けてもらっているから、私が助けてあげられる時は、精一杯お返しするの。ねえ?」
「明日槍が降りそうなくらい殊勝な言葉だな。……だが、お前らしい物言いじゃないのか」
揺るぎないあかねの言葉に、ようやくノリトは(良い意味で)匙を投げたのかうなずく。
「なんでアンタは……」
「……そこまでするんだ?」
打算的で、損得勘定から動き、生き馬の目を抜く世界に生きてきた双子には、あかねの底抜けの好意が理解できない。
だから、ついつい疑るような言葉を発してしまう。けれども、それに対してあかねは満面の笑みで答える。
「だって、その方が楽しいよ」
「……は?」
「……ニャ?」
「あれ? それが理由じゃおかしい? 私が楽しいからそうするんだよ。こうやって、いつもドタバタになるけれど、化外のみんなと関わるのはすごく楽しいよ。だから、私はここにいるの」
私利私欲を捨てた、無私の愛からあかねは二人を助けるのではない。それは愛かもしれないが、自愛も含まれた友愛だ。けれども、それで構わない。自分を愛するからこそ、他人を愛せる。あかねはそれを、愚直なまでに推し進めているだけだ。二人に差し伸べた助けの手は、一緒に楽しくダンスするための手なのだ。
あっけらかんとしたあかねに、しばらく言葉も出ない双子だった。その混乱がよく分かるのか、ノリトが肩をすくめた。
「まあ、うちの守役はこういう奴なんですよ。変な奴にぶち当たったと思って、諦めてください」
「変な奴なんて、ノリト君ひどいこと言うなあ」
あかねが唇を尖らせるが、ノリトは動じない。
「事実だろ、この快楽主義者が。きれい事を言っているが、お前のそれは他化自在天の思想紛いだ。仏法じゃ天魔、魔王の所業だぞ」
「あ、知ってるそれ。第六天の魔王ってことで、織田信長にたとえられているんでしょ。じゃあ私、信長なんだ。結構格好いいかも。ありがとうね」
「知るかよ。戦国武将を女性化して楽しいなら、勝手に面白がってろ」
ノリトの憎まれ口は尽きないが、その口調は穏やかだ。この応酬を二人が楽しんでいることは、二人の関係をよく知らない双子でもよく分かる。
「さあ、そういうわけで、私が来たからにはもう仲間割れなんかしちゃいけないよ。これ、使ってね」
そう言うと、あかねは自分たちの横にあるリヤカーを指差す。
「それ……引いてきたのか?」
「さっきの場所からここまで?」
二人の質問に、あかねは首を振る。
「ううん、違うよ。ほら、ここに印紙が貼ってあるでしょ? 乗り込むと勝手に動いてくれたから便利だった……け……ど……あれ? あれれ?」
言いつつ、あかねは首を傾げる。
見ると、リヤカーのタイヤにぺたぺたと貼り付けてあった「自走」と書かれた印紙が、次々とはがれて落ちていく。地面に落ちたそれは、たちまち色褪せ、ボロボロになり、到底使い物にならなくなってしまった。印紙に蓄えておいた法術の効果が、ここで切れてしまったようだ。
「えー、もう駄目なんだ。ちょっと早いかも」
がっかりした様子のあかねだが、彼女が印紙を使ったわけではなさそうだ。そもそも、どこからリヤカーなど調達してきたのだろうか。適当に道ばたにあったものを拝借してきたのか、それとも街角組合のコネを活かして正式に借り受けたのか。
「安心しろ。まだストックはあるぞ」
隣のノリトがそう言うと、制服のポケットから数枚の印紙を引っ張り出す。どうやら、印紙はノリトのものらしい。
「『加速』『加速』『加速』『加速』。どれもこれも加速ばかりだな。まあいい、使おうじゃないか」
ノリトは手の中の印紙を眺めつつ、それをへたり込んだままのジェーニョ兄弟に貼り付ける。
「お、俺たちに貼るのかよ……」
「ってことは、オレたちが引くのか? これを?」
せっかくのあかねたちの親切だが、何だか嫌な予感がする。
「あ! それいいかも! じゃあ私、後ろに乗せてもらうね」
たちまちあかねは顔をぱっと輝かせて、リヤカーの荷台に乗り込む。
「ほら、ノリト君も早く。急がないとハグロさんいなくなっちゃうよ」
「分かってる。急かすな」
ノリトは噛み付くように言うが、結局あかねの隣に乗る。
「じゃ、よろしく」
「いいアイデアだね」
「初めからそのつもりだったんだがな。そうじゃないと、何のためにこいつを調達したのか分からないだろ?」
ノリトとあかねは平然としている。こうなると、二人の立ち位置はもう決まったようなものだ。
仕方なく、二人は立ち上がるとリヤカーの荷台から伸びている手すりをつかむ。
「それっ! いざ、出発進行!」
あかねが勇ましく槍を振り上げる。ようやく、二人は理解できた。これは古代の戦車、チャリオットだ。武器を持った兵士と御者があかねとノリトならば、ウマは自分たちである。
「どうしたの? コタロー君を助け出すんでしょ?」
無邪気にあかねにそう言われては、もう腹をくくるしかない。ウシでもウマでも、こうなったら演じるしかないのだ。賽はとうの昔に投げられている。
「いいぜ、こうなったらやけだ」
「やってやろうじゃないか。しっかりつかまってろよ」
獰猛な笑みを浮かべる二人と、あかねの目が合う。
「ジェーニョ宅急便、発車ーっ!」
あかねの号令一下、二人に貼り付けられた印紙が反応する。ただのリヤカーは次の瞬間、レーシングカーのように爆発的なスタートダッシュを見せた。辺り一面に土煙をまき散らし、あかねの歓声と笑い声を通った後に置き去りにし、ジェーニョ兄弟は最後の意地を見せて、リヤカー型戦車を引っ張る軍馬と化していた。
◆◇◆◇◆◇
「こないわね……」
「こないニャー」
一方こちらは、ハグロとコタローである。ジェーニョ兄弟が、はるか後方で醜い争いを繰り広げている頃だ。一人と一匹は路肩に止めたキャンピングカーの屋根で、一緒になってのんびりと遠くを眺めている。
「ちょっとやりすぎたかな? もしかして、諦めたのかしら?」
ハグロはしゃがんだまま、大きく伸びをする。
双子がいっこうにこちらを追いかけてこないことから、ハグロはもしかすると二人の戦意が喪失しきったのかもしれないと推測したのだ。だが、これに猛然と反論したネコがいる。
「そんなことあるはずないニャ!」
憤然とした調子でハグロを見上げて息巻くのは、ケージに入ったままのコタローである。
「ボスさんたちはとっても強いニャ! とっても格好いいニャ! とっても優しいナイスガイニャ! 必ずボクを助けに来てくれるニャ!」
コタローは狭いケージの中で、両手を振り回してハグロに抗議する。
「たいした信頼ね。ずいぶんな入れ込みようだわ。あなたにそこまで信頼されて、二人もボス冥利に尽きるでしょうね」
コタローの抗議を、ハグロは軽く笑って受け流す。本気にしているとも、あしらっているともつかない表情と声の調子である。
「そんなに、ゲームで負けたツケを払ってもらったのが嬉しかったの?」
「それだけじゃないニャ。ボクは今まで飼い主さんにいっぱい、いっぱいいっぱい可愛がられていたニャ。でも、ボクはただの甘えん坊で、ちっとも男じゃなかったニャ」
「人それぞれ生まれ育った環境は違うものよ。愛されていたならば、それでいいじゃない」
「駄目ニャ。ボクは格好いいナイスガイになりたかったニャ。でも…………」
悲しい過去を思い出したのか、コタローは尻尾を下げてうつむく。
「どこの組合に行っても、全然相手にしてもらえなかったニャ。お前みたいなひ弱なもやしネコじゃ、男前には程遠いって門前払いニャ」
「おまけにツケばっかり溜めてるようならねえ。ひ弱なのはどうにでもなるけど、負債を溜めるのは感心できないわ」
「ごめんニャさいニャ」
大抵のことに面白みを見出すハグロだが、さすがにコタローのゲーム中毒とツケの溜め具合は看過できなかったようだ。
「でも! ボスさんたちはそんなコタローを拾ってくれたニャ! おまけに、笑ってツケを全部払ってくれたニャ! これこそ男ニャ! 最高のタフガイニャ! ボクもあんな風になりたいニャ!」
過去の自分をあまり掘り下げたくない故か、さっさとコタローは自分を卑下することを打ち切り、再びジェーニョ兄弟を褒めたたえる。もはや、れっきとした双子の信奉者である。しかし、これが勘違いであることを既にハグロは知っている。双子はコタローの言うような英雄ではない。ただの、金に汚くて見栄っ張りでナルシストのクズである。
そんな二人がたまたま、虚栄心と後先を考えない行動の結果として、コタローを助けたに過ぎない。そしてコタローもまた、過去の過ちをろくに反省もせずに、一方的に作り上げた双子の偶像にすがっているだけだ。双子の素晴らしさを列挙することで、間接的に自分もその御利益に預かろうとしているに過ぎない。
だが、そんなコタローの弱い心を見抜いてなお、ハグロは笑っている。彼女にとって、美徳も悪徳も興味の対象だ。面白くなければ目を逸らし、面白ければ手に入れる。そして、その結果当然のようにして手中で破壊してしまう。ハグロがコタローにそれ以上興味をいだかなかったのは、コタローにとって幸いだったことだろう。
「その賛辞は、私に言っても仕方ないわ」
そう言うと、ハグロは立ち上がる。同時に、ゆっくりとキャンピングカーが動きだした。ひとりでにエンジンがかかると、その車体は路肩から再び道路へと戻って走り始める。
「ファミリーに戻ったら、二人に伝えてあげなさい。さぞかし、喜ぶでしょうね」
「……ニャ? もしかして、もしかして……ニャ?」
「ええ。そうよ。やっと、来てくれたみたい。あなたと…………」
そう言うと、ハグロは目を見開く。その目は一瞬だけ、鋭い縦長の瞳孔に変わった。
「……この私のために!」
飽くなき興味関心という名の欲望をみなぎらせたその瞳は、一瞬で元に戻る。まるで、本心を隠すかのようにして。
「――――さあ。私に、生きてて良かった、って思わせて」




