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迫力のカーチェイスが周囲に及ぼす迷惑(その1)





 一台のキャンピングカーが、その外見からは想像もつかない軽やかなハンドルさばきで鬼灯町を疾走する。ずんぐりとした車体のくせに、まるでバレリーナのような重量を感じさせない動きだ。急なカーブでもドリフトさえせず、ブレーキ音もなければタイヤの焼ける煙さえも漂わせない。


 まるで、特大サイズのダンゴムシがころころと転がるような動きだ。その屋根に仁王立ちになり、走り去る後方をじっと見つめているのはハグロである。右へ左へとキャンピングカーは激しく動くが、当のハグロは足場の悪い場所で立っているにもかかわらず、一度もふらついたり転びそうになったりしない。器用なものだ。


 キャンピングカーは完全に自動運転のようだ。どのような設定がされているのかは不明だが、勝手にハンドルを動かし、アクセルとブレーキをきちんと使い分け、その巨体を鬼灯町の道路で自由自在に操作している。道行く化外たちの一団が、突然車体が突進してきたことで大あわてで左右に分かれた。


 あたかも左右に分かれた海を渡るモーゼとイスラエル人の如く、できた空間をキャンピングカーは我が物顔で走り抜ける。


「バカヤロー! 危ないぞー!」


 ウサギの顔をした燕尾服にシルクハット姿の化外が、怒ってステッキを振り上げた。


「どこ見て運転してるニャー!」


 並んでいたネコの化外も、同じく跳びはねて文句を言う。


 しかし、すぐさま後ろから激しいクラクションの音が聞こえて、二人は振り向く。


「どけどけどけどけぇ!」

「ジェーニョ兄弟のお通りだぜ!」

「道を空けな!」

「脇によりな!」


 向こうから爆音を轟かせて走ってくるのは、真っ赤なバイクに跨り、片手にサブマシンガンを構えたジェーニョ兄弟である。


 実に堂に入った暴走族っぷりである。左右に分かれていた化外たちを尻目に、二台のバイクはそれを当然のようにして走り抜けていく。先程のキャンピングカーとは違い、爆音と共に大量の排気ガス、ついでに砂埃を派手に巻き上げていく。何とも迷惑極まりない暴走である。


「引っ込めこのヤロー!」

「道路はお前ら専用じゃないニャー!」

「さっさと家に帰れー!」

「迷惑ニャー!」


 後ろから罵声が投げつけられるが、今のジェーニョ兄弟にそれを聞いている余裕はない。バイクのハンドルにしがみつくようにしてそれを握りしめ、限界まで体を低くして少しでも風の抵抗を減らそうとする。


 後先など二人は考えていない。これからどうするかも、二人は考えていない。ただ勢いだけで、ここまでやって来た。そしてここから先もまた、勢いだけで突っ走るのみだ。キャンピングカーに肉薄し、言葉ではなく物理的な手段を交渉としてコタローを取り戻すのだ。あの性悪なキツネである、ハグロの手から。


 それはまさに、ジェーニョ兄弟が今まで歩んできた人生そのものである。欲しいものはなりふり構わず手に入れ、口先だけの約束はさっさと反故にし、昨日親しかった相手を今日は裏切って敵対する。およそ信頼や誠実などとは程遠い人生だったが、唯一一本だけ芯が通ったものがある。それは、常に二人は自分にだけは正直だったという点だ。


 もっとも、これだけ好き放題生きてきて、自分に正直なことが誉められるべき美徳へと昇華するはずがないのだが。自分に正直とは、ただ単に欲望に忠実であり、他人の迷惑を顧みないという事実を言い換えただけに過ぎない。しかし、たとえそうではあっても、二人は本当にこれだけは守り通してきたのだ。


 だが、ここ鬼灯町で、危うく二人はそのルールを破るところだった。鬼灯町という新しい環境と、ボスという新しい役職が、二人の判断を曇らせたのだろうか。もう少しで二人は本心を押し殺し、ハグロに言われるがまま、コタローを生贄として差し出して満足するところだった。そのすべてを破壊したのが、あの守役見習いである三枝あかねだ。


 彼女の言葉で、ジェーニョ兄弟は我に返った。本当にしたいこと、本当に望むこと。それを追求せずして、ジェーニョ兄弟はジェーニョ兄弟ではあり得ない。自分らしからぬことをして成功したところで、何の喜びがあろう。このままハグロにいいようにあしらわれ、コタローを失い、ファミリーに返り咲いたところで喜びなど一片もない。


 ようやく、ここまで追いついた。まったくもって、あのキャンピングカーは異常極まりない。外見こそ、法定速度をきちんと守ってのんびり走りそうな姿形なのに、いざハグロを屋根に乗せて動き出せば、とんでもない速さで転がり回るのだ。ドライブテクニックにかなりの自信のあるジェーニョ兄弟だが、追いつくのがやっとである。


 しかし、天が二人に味方したのか、ハグロとコタローを乗せたキャンピングカーは、ここでメインストリートに、広くてまっすぐの道が続く場所に出た。一気に距離を詰めるチャンスだ。二人はここを先途とばかりに、アクセルを全開にした。さらなる双子の期待を受け、バイクのエンジンは咆吼の如き音を立てて限界まで駆動する。


 エンジンの悲鳴と共に爆走する二人の目に、キャンピングカーの屋根に立つハグロの姿がはっきりと映る。その足元にはケージが置かれ、中にはコタローがちゃんと入っている。どうやら、まだ間に合うようだ。このまま、ハグロが鬼灯町の外に出てしまったら厄介だ。今はまだ捕捉できるが、町の外に出られたら姿をくらまされる。


 鬼灯町の地理については、双子は現世と異界両方に詳しい。しかし、町の外は別だ。日本各地を渡り歩いているハグロのことだ。その気になれば現世にいったん出た後、あちこちの抜ケ道をワームホールのように使い、はるか遠くにまでさっさと移動してしまう可能性もある。そうなったらもはや、打つ手は皆無だ。廓に乗り込むのはさすがに無謀である。


 目を血走らせて追いすがる二人のそれと、屋根で優雅に立っているハグロの目が合う。次の瞬間、ハグロが満面の笑みを浮かべたのがはっきりと見えた。その笑みを、双子はこれまで幾度となく目にしてきた。ゲームを始めるとき、苦戦しているとき、佳境に入ったとき、そして勝ったとき。ハグロはいつも、それはそれは楽しそうに笑っていた。


 二人が必死なのに対し、ハグロは遊びくらいにしか思っていない。二人の闘志に火が付くのと同時に、ハグロがポケットから一枚の印紙を取り出した。人差し指をその上に走らせて何やら書くと、それを放り投げる。一枚の紙であるにもかかわらず、それはバイクのすぐ近くにまで飛んでくると、そこでホバリングした。


「どうしたの? 二人とも。もしかして、私に会いたくなって追いかけて来ちゃった?」


 印紙を通して、ハグロの声がはっきりと聞こえてきた。表面に「音信」と書かれた印紙は、書かれた通りの効果を忠実に発揮する。要は印紙でできた携帯電話だ。


「あいにくと、会いたいのは君じゃないんだ、ハグロ」

「そうさ。オレたちが用があるのは、君の足元にいるコタローだよ」


 つい反射で、二人はハグロに対しては気取った返答をしてしまう。


「やっぱり。でも駄目よ。これは私がもらったプレゼントなんだから。取り返すのは反則」


 享楽を味わうかのように、ハグロの声に笑いが混じる。明らかに、ハグロは二人をからかっている。


「反則でも何でもいいさ。君の手から、俺たちはコタローを取り返すんだ!」

「そう決めたんでね。ジェーニョ兄弟の誇りにかけて、コタローは渡してもらうぜ!」


 二人の語尾に力がこもると同時に、さらにバイクの速度は増す。しかし、キャンピングカーの速度もどんどんと上がっていく。


「あら困った人たち。ルールを平気で破るようなら、交渉は難航ね」

「ルールは破るためにある! それが俺たちのルールだ!」

「あははっ! な~にそれ、面白い理屈」

「笑いたけりゃ笑え! オレたちのガンアクションを見てなおも笑えるならな!」


 あくまでも余裕を崩さないハグロに、ついに二人は実力行使に出る。


 片手でハンドルを操作し、もう片手でサブマシンガンを構え、ずいぶんと忙しい格好で二人は交戦の用意をととのえる。


「あらあら。結局はそうなるのね。廓で何を学んだのかしら?」

「堅苦しくて、つまらなくて、益体もない、無駄な知識とトレーニングだけさ!」

「オレたちは自由なんだ。欲しいものは手に入れる、それがオレたちのやり口さ!」


 約束をすべて反故にし、交渉をすべて放棄し、腕ずく&力ずくのやり方を露骨に示す二人に、さしものハグロも少しだけ呆れたような声を上げる。だが、もはや二人はハグロの声に惑わされない。後先顧みないやりたい放題。まさに悪党の所業こそ、ジェーニョ兄弟の生き様。はた迷惑なことに、それに誇りさえ覚えて二人はトリガーを引く。


 銃口は、ハグロへと躊躇なく向けられていた。装填された弾丸はすべて麻酔弾。一発でも食らえば昏倒間違いなしという、すこぶる強力な代物だ。小気味よい連続音と共に、銃口が火を噴き、無数の弾丸がハグロへと向かって射出される。ここまで安定性のない場所でありながら、二人は正確にハグロへと狙いを定めていた。


 だが。


「そんなものが、当たると思っているのかしら?」


 ハグロはそう呟くと、右手を伸ばして人差し指を立てる。ただそれだけで、驟雨の如く殺到する無数の弾丸がすべて、ハグロの前方の空間で静止した。あたかも映画か漫画の中で、超能力者がサイコキネシスを披露するかのように、ハグロはその銃弾をすべて止めてみせる。


「はああああああああ!?」

「何だよそれええええ!?」


 だが、そんな離れ業に納得いかないのがジェーニョ兄弟である。ハグロが何らかの方法で防御か回避をするとは思っていたが、まさか印紙一枚取り出すことなく完璧にあしらわれるとは想定外だった。


「ふっざけるなあああああああああ!」

「ちょっとは苦労しろよおおおおお!」


 自分たちが苦労してここまで追いついたのに、ハグロだけが悠々としているのは不公平だ。そう言わんばかりの滅茶苦茶な言いがかりと共に、やけを起こして二人はさらにサブマシンガンを乱射する。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、とは言うものの、これは上手とか下手とか以前の問題だ。そもそも、弾丸が目標に届かない。


 調子に乗って連射したせいで、たちまち弾倉は空になる。


「あら? もう弾切れかしら。ロスタイムは何分がご所望?」


 大あわてで弾倉を付け替えようと四苦八苦する双子に対し、ハグロは落ち着き払って挑発してくる。彼女が指を降ろすと、周囲に付随する形で静止していた弾丸が一斉に屋根に落下した。


「そんなものがいるか! 真面目にやれ!」


 度重なるハグロの挑発に、ついに双子は激怒した。


「さっさと撃ってこい! そんな武器があるならな!」


 弟に至っては、ハグロに攻撃してこいと挑発し返している。だが、半ばそれは嘘だ。二人は、今まで一度もハグロが銃器を使うのを見ていない。古風な廓と最新鋭の重火器は、あまりにも不釣り合いだ。


 しかし、二人はそんなことを口にしたことを即座に後悔することとなる。


「あるわよ」


 印紙から聞こえる声と共に、真顔でハグロがうなずくのが見えた。


「はぁ?」

「ニャ?」


 まさかの肯定に、二人は怒りを忘れて上擦った声で驚く。あ然としている双子を尻目に、ハグロは目を閉じると左手を真横に伸ばし、五指を限界まで広げる。






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