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千日手? 望むところ!(その2)





 煙幕と爆発音。そして大声。三重のカモフラージュによって、ロシアンルーレットの結果はコタロー以外の誰にも分からなくなってしまった。果たして次の一発は当たりだったのか、はずれだったのか。真実を知っているのは、マテバを抱きかかえたコタローだけだ。マルコとアントニオ、どちらが敗者なのかもまた、これでうやむやだ。


 いったいなぜ、コタローは突然こんな暴挙に及んだのか。マルコとアントニオは、どちらも呆然と足元のコタローを見つめている。銃を取られたにもかかわらず、マルコは文句一つ言わない。あのハグロでさえ、突然の闖入者に対して気の利いた言葉一つ言えないでいる。


「連れて行くニャら…………」


 地を這うような声が聞こえる。ゆっくりと、コタローは震える二本の後足で立ち上がると、ハグロをまっすぐに見つめる。もちろん、体の大きさが全然違うので、体を反らせて思いっきり見上げる形になるのだが。その体の位置は、どことなく双子をかばうような場所だった。


「…………連れて行くなら、このコタローを連れて行くニャ!」


 自分よりもはるかに格上で、はるかに強く、はるかに身分の高いハグロに、コタローは大声でそう叫ぶ。勇気を振り絞り、空元気を総動員しているのがはっきりと分かる仕草だ。両手も両足も、皿に盛られた柔らかなプリンのようにプルプルと震えているがよく見える。


「ボスさんはどっちもファミリーに必要ニャ。それに、双子を引き離すなんてあり得ないニャ。だから、ボクが身代わりになってお姉さんについていくニャ!」


 それがどういう意味なのか。コタローは何も知らずにそう言っているわけではないようだ。コタローの小さな目は、恐怖と緊張でいっぱいになっている。今にも、それらが涙になってこぼれそうだ。


 鬼灯町に戻ってきたジェーニョ兄弟が、どのくらいの間ファミリーに留まっていたのかは分からない。「五秒でいいから」などと言っていたが、本当に五秒ではないだろう。しかしその短期間の間に、双子はファミリーのネコたちに、自分たちがいかに理不尽で恐ろしい目に遭ったかを切々と語ったことは想像に難くない。


 あるいは、根っからの伊達男の双子である。最初の内は、二人とも表面上は何食わぬ顔を装っていたかもしれない。しかし、一度同情されれば、たやすく武士は食わねど高楊枝の精神は崩れ去る。やはり結果は同じだ。双子は廓とハグロの恐ろしさを声高に語り、そして逃げ出した。だが、あっさりと捕まりロシアンルーレットを強制されている。


 どのみち、一日はファミリーのネコたちと過ごしたのだ。ネコたちも、廓とハグロがどれだけボスを悩ませたのかはよく知っている。知っている上で、コタローは身代わりになることを申し出たのだ。あのゲーム中毒で、そのくせすぐにオケラになり、泣き虫で、弱虫で、へなちょこの見本のようなコタローが。


「コタロー! どういうつもりだ!」

「これはオレたちの勝負だ!」


 突然の乱入に、二人は抗議する。さすがに、渡りに船とばかりにコタローをすぐさま生贄にすることはしなかったようだ。内心でどう思っているのかは、ともかく。


「分かっているニャ。でも……でも……。でも、コタローはここでボスさんたちにご恩返ししたいんだニャア!」


 くるり、と全身で勢いをつけてコタローは振り返る。その目に満ちた恐怖と緊張は変わらない。しかし、それを上回る勢いで目の奥から、心の奥からわき上がってくるものがある。それは情熱であり、恩義であり、滅私奉公の気概である。


「ボスさん! ボクはここで、ボスさんたちがいつも言っている“本物の格好いい男”になるニャ!」


 ふらふらとよろけつつも、コタローはなおも声を振り絞る。


「思えば、コタローはずっとダメダメなネコだったニャ。喧嘩もゲームも弱いし、すぐに泣いちゃうし、いいところなんか一つもないダメネコだったニャ。でも、そんなコタローをボスさんはスカウトしてくれたニャ。ジェーニョファミリーに誘ってくれたんだニャ!」


 目を輝かせてコタローは訴える。それは、まだこの二人が鬼灯町に来て間もない頃だ。とにかくファミリーの構成員が欲しくて、二人はフリーのネコに片っ端から声をかけた。別に、光る長所や侠気に惚れ込んだからではない。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるの論理であり、頭数さえ揃えれば質など心底どうでもよかった。


 だから、コタローをファミリーに招いたのも、コタローに期待しているものがあったからではない。そもそも、麻雀めいたゲームでボロ負けし、オケラになって泣き喚いているようなネコに、将来性など皆無である。ただ単に、あんな奴ならばどこの組合にも属していないから、必ず引っかかると思っただけだ。


 しかし、当のコタローはそうは思わなかった。自分がスカウトされた。新しいファミリーに、ボスが直々にスカウトしてくれた。期待してくれた。目をかけてくれた。その事実はコタローの中で膨れ上がり、脚色され、いつしかコタローは二人に恩返しをしたいと強く願うようになっていたらしい。そして、その機会は今訪れた。


「ボクはコタローニャ! コタローは、ジェーニョファミリーの一員ニャ! ファミリーは助け合わなくちゃいけないニャ! ボスさんを守らなくちゃいけないニャ! ボクたちはレンガの一つ一つニャ。それが集まって、ファミリーという家になるんだニャ!」


 酒が入ったときなどに、双子がいつも垂れ流すファミリーの心構えを、コタローは力説する。


「だから…………だから…………」


 しかし、コタローの侠気もこの辺りで限界だったようだ。とうとう立っていられなくなり、コタローは仰向けにひっくり返った。マテバに装填された弾丸に込められていたのは、強力な麻酔作用である。逆に言えば、よく今の今まで意識を保っていられたものである。


「ボクが……ボスさんを……守って……男に……なる……ニャ」


 そこまでが限界だった。コタローは目を閉じ、全身の筋肉を弛緩させる。数秒後に聞こえてきたのは、コタローの小さな寝息である。すっかりコタローは眠ってしまっていた。あ然として言葉も出ないでいる双子と、じっとコタローの勇姿を見守っているハグロを残して。


「――――かわいい子。こんなに小さい体なのに、こんなに一生懸命がんばって。健気なところには、ちょっとだけ興味が引かれるわね」


 ハグロはそう言うと、椅子から立ち上がる。ゆっくりと倒れたコタローのところにまで歩み寄ると、手を伸ばしてその体を抱き上げる。当然、コタローの体はだらーんと伸びる。


「お、おい、ハグロ……」

「そいつ……どうするんだ?」


 やや遅れて、ジェーニョ兄弟が動いた。両手でコタローの体を抱きすくめたハグロに、遠慮がちに尋ねる。


「どうするって、決まっているでしょ? この子の訴え、聞いてなかったかしら?」


 さも当然のように、ハグロは応じる。


「廓に連れて行くわよ。この子の望み通り」

「は? な、何だって?」

「そ、そ、それでいいいのかよ?」

「なあに、文句があるの。なら、あなたたちのどっちが私と一緒に廓に行くのかしら。教えてもらえる?」


 歯切れの悪い二人の抗議を、ハグロはあっさりと切り捨てる。


 そしてまた、双子もあっさりと黙り込む。いきなり乱入してきたコタローを、ハグロは二人の代わりに廓に連れて行くというのだ。つまり、二人が経験してきた猛勉強とトレーニングの日々を、これからコタローは体験しなくてはいけないのだ。それはさすがに可哀想だ、と二人とも思っているのは傍目から見てすぐに分かる。


 しかし、だからといって、代わりに自分がハグロについていくとも言えないのだ。ファミリーのボスという楽しくて自堕落な日々と別れを告げるのは、あまりにも惜しい。だが、ここでコタローを自分たちの身代わりとしてハグロに差し出すのもきまりが悪い。だけど、また廓に戻るのだけは勘弁願いたい。けれど…………。


 双子は両方とも、そんなことを考えて悶々としている。時折双方がお互いを見るのは、「お前が代わりになるって言えよ」「兄貴こそそう言えよ」と目で訴えているのだ。


「あ~あ、可哀想なネコちゃんね」


 わざとらしく、ハグロは二人にも聞こえるような声で、腕の中のコタローに呼びかける。


「あんなに一生懸命がんばったのに、あんなに立派に男を見せたのに、あなたが義理を立てた肝心のボスさんたちは、あなたを助けたくはないみたい。ねえ?」


 その顔が上がり、二人をじっと見る。二人は何一つ言い返せない。


「ほ~ら、あなたの決死の覚悟にあぐらをかいて、自分たちは助かったって大喜びしているわ。可哀想なコタロー君」


 自分がその状況を作り出したことを棚に上げて、ハグロはそんなことを吹聴する。


「――いいわ、これでお終い。あなたたちにもう用はないし、ファミリーにも興味はないわ。好きにしてちょうだい」


 そう言うと、ハグロは本当に興味を失ったかのように、二人に背を向けて歩き出す。


 振り返りもせずに、ハグロはその場から立ち去っていく。その手にコタローを抱いたまま。ハグロがいなくなっていく。ファミリーからも手を引いて。そんな、夢にまで見たような喜ばしい状況が、コタロー一匹と引き替えに手に入ったのだ。けれども、双子は喜べなかった。二人の顔の表情は凍り付き、笑顔など決して作ることはできないのだった。






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