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窮鳥懐に入れば猟師も殺さず……のはずがない(その2)





 二匹がばればれのカモフラージュを決行したのとほぼ同時に、廊下に続く襖がおずおずと開いた。


「ニャーン。親分さん、姐さん、お客様ですニャ」


 遠慮がちに姿を現したのは、やはりイチゴだった。相変わらず、体に比べて大きな赤い首輪がよく目立つ。


「おう、分かってるぜ。お通ししろ」


 カゲフサは平然とそう言って、突き出した下腹を手でぼりぼりと掻く。


「……ニャんでそんなことするニャ」

「……ひどいニャ。人権侵害ニャ」


 カゲフサの言葉に、座布団の下から鼻先だけを突き出した双子が、聞こえるか聞こえないかの小声で文句を言う。だがそれを耳にしても、カゲフサは鼻で笑うだけだった。


 実際、カゲフサがジェーニョ兄弟の顔を立てる理由などこれっぽっちもない。何しろ、双子はついさっき、自分たちとハグロとの問題の調停役になってやろうというカゲフサの提案を蹴ったばかりなのだ。


「ニャンニャン。それじゃあ素敵なお客さん、どうぞお入りになってニャ」


 イチゴが促すと、一人の女性が廊下の向こうから姿を現した。サブリナパンツと呼ばれるスラックス姿の、長身の女性だ。その勝ち気そうな顔と、モデル顔負けの恵まれたスタイルは見間違えようもない。先程玄関で自己紹介した声の主、キツネの化外であるハグロだ。今や彼女は、実質ジェーニョファミリーの経営者でもあることだろう。


「突然お伺いさせていただき、(まこと)に恐れ入ります。僭越ながら、まずお先に名乗ること、お許し願います。私はキツネの氏族、葛葉の家系の末席に連なるものであります、名を綾鼓太夫羽黒と申す者です。そちら、街角組合の親分であらせられます、石上五郎左衛門様でしょうか?」


 その場でハグロは、丁寧に頭を廊下の床につけて一礼する。


「過分のご挨拶痛み入ります。手前が汗顔ながら、街角組合を預からせていただいております、石上の名を継ぐ八代目。縁ノ下を守らせていただいております五郎左衛門。人様に呼ばれていただいております景房でございます。どうぞよしなに」

「仁義も侠気も知らない若輩者にかかる丁寧なご挨拶、深く感謝いたします。こちらこそよしなに」


 何やら息詰まるような挨拶が、カゲフサとハグロの間で交わされる。剣客が互いの力量を推し量るために軽く斬り結ぶかのような、傍目から見ていて緊張するような挨拶だ。事実あかねは少し気圧されて、ハンゾーをぎゅっと抱きしめた。ハンゾーはそのせいで苦しそうだが、親分の挨拶を邪魔するわけにもいかないため、黙って我慢している。


「どうぞどうぞ。さあお入りなすって」

「いえいえ、突然の来訪故ここで充分でございます」

「それでは筋が通りませんので。お楽に、どうぞお楽になさって」

「では、お言葉に甘えさせていただきます。失礼致します」


 さらに言葉を交わしつつ、ようやくハグロは廊下から応接間に入ってくる。


 だが、これで挨拶は終わったらしい。ハグロが入ってくると、カゲフサはリラックスした様子で肩の力を抜く。ハグロもまた、それまでよりもやや砕けたような物腰で、あかねが置いた座布団の上に腰掛けた。すぐ隣に、ぶるぶる震える世にも珍しい二つの座布団があるのを横目で見つつ。


「こんにちは、ハグロさん。お久しぶりですね」

「ええ、こんにちは。ここで会えるなんて思ってもみなかったわ、三枝あかねさん」


 にっこりとハグロは笑顔であかねに応じる。屈託のない笑い方は、成人している容姿にもかかわらず少女のようだ。


「ほう、あんたたち、仲がいいようだな。いや、結構じゃねえか」

「ええ、お友だちよ。ねえ?」

「そうですよ。とってもいい人です」


 ただ一度会っただけだが、早くもあかねとハグロは意気投合している。あかねは何も考えないでその場限りの行動ばかりしている楽天家であり、ハグロは楽しいことならば何でも首を突っ込む快楽主義者だ。二人の気が合ってもおかしくはない。


「それで、紹介が遅れたが、こっちが俺の女房のキヌ。お嬢ちゃんの膝の上にいるのが、俺の子分のハンゾー。そしてこいつが、御山の若い衆のノリトって奴だ。よろしくな」


 その場を取り仕切りたいらしく、カゲフサはおキヌとハンゾーだけでなくノリトのこともハグロに紹介する。御山と太いパイプを持っていると、ハグロに思わせたいのだろうか。


「ああ、よろしく頼むよ。美人さん」

「ニャン。よろしくニャ。ハンゾーっていうニャ」

「……よろしく」


 おキヌは鷹揚に、ハンゾーは無邪気に、そしてノリトは必要最低限の言葉でハグロに挨拶する。ノリトは相変わらず、疑るような目つきでハグロを見ている。ヘビの化外にとって、自分たちとハクメン以外はすべて信頼に足る相手ではないのだろう。


 すっかりカゲフサもハグロも、口調が砕けている。あくまでも最初の挨拶は、儀礼的なものなのだろう。


「それで、キツネの化外さんが俺の屋敷に何のご用だい。別に忙しいってわけじゃねえが、まずはそれを聞かせてもらおうかい」


 分かりきっていることだが、それでもカゲフサはハグロに問いかける。


「ええ。突然押しかけてきてごめんなさい。でも私、ちょっと今人捜しをしているのよ」

「ほう。そりゃ大変だなあ」


 あくまでも平然とした態度を崩さずに、ハグロは机に肘をつくと、長い指を絡み合わせる。見ようによっては不作法な仕草だが、不思議とそうは見えない。徹底した自然体ゆえに、その場の雰囲気に溶け込んでしまっている。


「で、どんな奴なんだ。あんたが捜している奴は」

「あら、手助けしてくれるのかしら?」

「事と次第によっちゃあな。見ての通り、俺の組合の名前は街角組合。鬼灯町のどの場所だろうと、目と耳となる子分どもがいるからな。もしかしたら、あんたの人捜しの手助けになれるかもしれないぜ」

「組合一つ、それも親分まで動いてくれるとなると、これは少し高くつきそうね。そうなると、ちょっと遠慮したくなるかも?」


 ハグロはもっともなことを言う。カゲフサは今この瞬間は気前よく見えるが、あまり借りを作るのは厄介だ。相手はネコとは言え、一つの組合を取り仕切る親分である。


 巧妙に人の家に入り込み飼い猫の座を虎視眈々と狙う野良猫のように、いつの間にか義理と人情に絡め取られかねない。


「気にするな気にするな。浮き世で出会う人様は、これ皆引っくるめて袖すり合うも多生の縁。キツネの化外とお近づきになる手みやげに、一つ組合を上げて人捜しっていうのも乙なもんだろ? ん?」

「でも、昔から言うじゃない? ただより高いものはないって。私は根無し草だけど、借りを作ったままっていうのは気になるのよ。――――返せないまま終わるのって、ほら、ナンセンスでしょ?」


 貸し借りなしで協力してやろうと持ちかけるカゲフサを、ハグロは笑顔であしらう。しかし、その言葉の後半。なぜか彼女の言葉には、かすかな影があった。


「それにね…………」


 いったん言葉を途切れさせ、ハグロは周囲を見回す。


「どうも、匂うのよね。私の捜している二人の匂いが、この屋敷からすごく匂ってくるのよ」


 わざとらしくハグロが鼻をひくつかせると、側にあった二つの座布団が電動マッサージ機能でも搭載されているのか振動を始める。


「だから、カゲフサさんとその子分さんたちのお手を煩わすまでもないわ。きっと、私の捜している二人はすぐ近くにいるのよ。そう、私の目と鼻の先に」

「おやおや、そりゃ穏やかならねえ物言いだな。もしかするとあんた、こう思っているのかい。『俺たちがおたくの捜している奴をかくまっている』なんてな」


 カゲフサが含みのある言い方をすると、さらに座布団の震えがひどくなる。その下に何かが隠れているのは一目瞭然だ。しかし、そうであってもハグロは座布団をめくり上げることはしない。思わせぶりな発言を繰り返すばかりで、決してハグロは実際に行動に移ることだけはしないのだ。


 それもまた当然である。いきなり彼女が座布団をめくってジェーニョ兄弟を引きずり出すのは、単なる家宅捜索である。家主であるカゲフサのいる前でそんなことをするのは、無粋を通り越して無礼の領域だ。もしジェーニョ兄弟がカゲフサの客人として扱われているのだとしたら、ハグロの行為はカゲフサの顔に泥を塗ることになる。


 威勢がよくて、何よりも侠気を重んじ、仁義に生きるネコたちの親分の前でそんなことをすれば、仮に目的を遂げられたとしてもしこりが残る。だからハグロとしても、それとなく目的を匂わせることはするものの、直接的な行動を取ることだけは避けている。もっとも、半ばそれを楽しんでいるようだが。やはり、キツネは補食動物である。


「さて、それはどうかしら。私としては、そんなことはないと思っているけど?」


 やや語気を強めたハグロの言葉に対し、鷹揚にカゲフサは手を振る。


「ははは、冗談だよ冗談。そもそも、俺たちはあんたが捜しているのがどんな奴なのか、何も知らないんだよ。ちょっと、教えてくれるかい?」


 カゲフサの言葉もまた、非常にわざとらしい。


「そうね……。まず、ネコ」

「ふむふむ」

「そして外国の化外。イタリア出身なの」

「ほうほう」

「名前はマルコとアントニオ。普段はジェーニョ兄弟って名乗っているわ。知っているでしょ?」

「そりゃもちろん」

「ちょっと目を離したすきにいなくなっちゃったのよ。本当に困るわ」


 困る、などと言っているが、ハグロはちっとも困った様子ではない。明らかに、狩りを楽しんでいる。獲物を追い詰め、四方八方を塞ぎ、もうどうしようもなくなってこちらにむかって飛び出してくるその瞬間を、今か今かと手ぐすね引いて待っているのだ。なかなか残忍とも言える趣向である。


「そもそもあんた、キツネの化外って言ったよな。なんでキツネの化外がネコなんかに用があるんだよ」


 カゲフサはそう尋ねる。ジェーニョ兄弟に尋ねたとの同じ質問だ。


「ちょっとした興味よ。二人とも、この町で新しくファミリーを立ち上げたらしくって、私が初めて会ったとき、とってもやる気満々で元気そうだったの。だから、欲しくなっちゃった」

「欲しい? 惚れたのかい?」

「う~ん、ちょっと違うわね。二人のやる気って言うか、元気って言うか、そういう体力気力心力一切合切。心技体全部。私は興味のあるものって、何でも自分で実際に手にしてみないと気が済まないところがあるのよ。今回も同じ。ネコのファミリーって、どんな感じだろうって興味があったから、参加したくなっちゃった」


 平然とハグロは語る。まるで、異常に深い底なしの孔のような言葉を。まるで、すべてを塗り潰す漆黒の絵の具のような内容を。


「嬉しいことに、二人ともOKしてくれたわ。欲しいものなら何だってくれるって言ってくれたの。だったらお言葉に甘えて、私は何でももらうことにしたのよ。二人も、二人の作ったファミリーも。二人のものならば全部」


 その言葉は、ハグロの美貌と相まって、異様な迫力を持っていた。それまでのんびりとした感じだったあかねも、どことなく表情を硬くする。ノリトに至っては、顔を歪めて嫌悪感を露わにしていた。いったい、このキツネの化外は何を考えているのか。何を望んでいるのか。何を目的としているのか。それが理解できない。いや、理解したくない。


「でも、どうせ手に入れるんだったら、最上のものがいいでしょ? だから、二人と二人のファミリーに、ちょっと手を入れてリフォームすることにしたのよ。二人は磨けば絶対に光ると思ったし、ファミリーの経営は見ていて結構雑なところがあったから。ファミリーの方は、大分改造できてきたわ。キツネの化外も何人かいるし、もうじき完成ね」


 しれっとハグロは恐ろしいことを言う。双子のトラウマとなった、キツネの組織である廓におけるブートキャンプ。それは、ハグロの主導による二人の改造だったらしい。改造といっても、手術台に載せて五臓六腑をアレンジするのではないだろう。士官学校のような、徹底した勉強と運動だ。自堕落な双子が泣いて逃げ出すのも、無理はない。


 双子が嘆く理由はそれだけではない。ジェーニョファミリーもまた、ハグロによっての乗っ取られている。今頃ファミリーでは、彼女とキツネの化外による、合理的な経営が行われていることだろう。そのすべてを、ハグロは笑顔で行ったのだ。ただ、自分の好奇心を満足させるためだけに。


「でも、二人はあんまり乗る気じゃなかったみたい。最初のうちは泣いたり叫んだり哀願したりしてたけど、三日目くらいで大分従順になったわ。サボらないできちんと勉強するようになったし、体力もついてお腹も引っ込んできたし。でも、五秒でいいからファミリーの様子を見に行きたいって言うから外出させたら、そこで逃げ出しちゃったのよ」


 まるで、躾け中の子犬が逃げ出したと言わんばかりの気軽な口調で、ハグロはそう言う。


「そんなところよ。ということで、改めて聞くわ。私の捜している二人、この近くに立ち寄ったりしなかったかしら?」


 ハグロが言わんとしているのは、つまりこうである。「早くかくまっている双子を出しなさい。今すぐここに」。


 ハグロが手を出さないのは、双子がカゲフサの庇護下にあるのかどうかはっきりしないからだろう。仁義が命のネコの親分である。客人を守ると決めたら、それに命を賭けかねない。ハグロは無用な争いを避けたいらしく、それだけ言うと黙ってカゲフサの方を見る。返答をただ待つ姿勢だ。






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