表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Crawler's  作者: 水川湖海
一年目
18/239

萌芽‐9

 俺が倉庫から外に出ると、女たちは気まずそうに視線を伏せた。そしてわざとらしく仕事に集中する。プロテアが俺の登場に驚き、何かの干し物を喉に詰まらせてむせている。だが俺はそれを無視して、前もって作っておいたバーベキューコンロを畑の隣に置いた。火をくべ、赤々と燃え立つ炎を、心を焼くために見つめた。

 コンロの隣には、生ごみを捨てるための穴がある。血抜きをするにはおあつらえだ。

「飯にするぞ。今日は外で食う。皆を呼んでくれ」

 その場にいた女たちがそれを聴いて顔を輝かせる。伏せていた視線を上げて、作業具を片付けに、ドームポリスに引き上げて行った。

 一瞬だが、ドームポリスの外には、俺以外いなくなった。俺は懐から薬物の入った注射器を取り出すと、そのパッケージを破り、針のカバーを外した。そして膝を付き、俺にじゃれつこうと近寄ってきた、ピコの首を押さえつけるように抱いた。俺は皮膚を触り、その下の脈を探した。

 ふと視線を感じた。見渡すと塀上の見張り台で、金色の髪が揺れている。彼女は斜陽の輝きを受けて、悲しげな相貌を暗闇の中に浮かび上がらせていた。アジリアだ。アジリアは誇示するように、腰のホルスターに収められた拳銃を揺らした。

 俺も脈を探り当てる。ピコは撫でられていると思ったのか、尻尾を振ってはしゃいでいる。俺は彼女から目を離さず、ピコの静脈に注射針を突き刺し、薬物を注入した。

 ピコは最初、皮膚の痛みに驚いてか暴れ回った。俺は石像のように動かず、ピコを押さえ続けた。やがてピコの力が失われていき、眼から光が失せ、ぐったりと俺に身体を預けてきた。

 結局アジリアは何もしなかった。ただ溜息を吐くと、俺に背中を見せて、森の方へ視線を移した。

「ナガセ~、言われた通りおやさいだけ持ってきましたぁ~」

 ピオニーがのほほんとした声と共に出て来る。手には下ごしらえ済みの野菜が入ったボウルを持っている。彼女は俺の隣にボウルを置くと、唇に手を当てながら、材料をまじまじと見なおした。

「お肉がありませんね~。これじゃちょっと寂しいです~。干し肉を持って来ましょうかぁ~」

「肉ならここにある」

 俺は腕の中のピコをピオニーに見せた。ピオニーは尻を獣にかじられたかのように、跳び上がって驚いた。

「ぴっ! ピコじゃないですか~! ぐったりしてますよ~! どうしたんですか~?」

「これから解体する。皆を――」

 俺はまだ喋りかけというのに、ピオニーはあわあわとピコに触れるか触れないかの所で、手を振り回した。きっと何かしたいが、どうしたらいいのか分からず、手だけを振り回しているのだろう。

 やがて彼女は医者の存在に思い至り、長髪を揺らしながらドームポリスに駆け込んだ。

「これはえらいことですよ~。アイリスちゃ~ん! 急患です~!」

「何ですか? またささむけが出来たとかつまらない事だったら怒りますよ」

 倉庫からおしぼりを手にしたアイリスが出て来た。そして俺の腕の中に横たわるピコを見ると、顔を青ざめさせた。素早く傍に駆け寄ると、聴診器をピコの腹に当てる。

「ピコ! やっぱり何かあったんですか!?」

 俺は聴診器をピコの腹から離させると、治療法を乞おうと俺を見上げるアイリスを見つめた。

「診る必要はない。これから殺して食材にする」

 アイリスは俺の言葉を理解できなかったようだ。真顔になって聞き返して来た。だから俺はもう一度、はっきりと言った。

「これからこいつを殺す。肉にして皆で食べるぞ」

 それからアイリスは、ピオニーの泣き声をBGMにして喚きだした。最初彼女は「私がミスをしたの?」とか「どんな病気なの?」と矢継ぎばやに聞いてきた。俺が「腹が減ったからだ」と気のない返事をすると、「サイテー! オニ! アクマ!」と悪罵を連ねた。そして俺の腕からピコを奪還しようとするが、俺は彼女の手を払って突き飛ばした。

 アイリスとピオニーは涙目になり、お互いの顔を見合わせて、おろおろと打開策を探し始める。そうこうしている内に、片付けに行った女たちが、内部で活動していた女たちを連れて出て来る。アイリスはすぐに一番体格が良く、姉御肌のプロテアに飛びついた。

「プロテア! ナガセがピコを食べるって!」

 プロテアはアイリスの剣幕に驚いていたが、次に俺が抱くピコを見て胆を潰したようだ。彼女は俺の胸倉を掴み上げた。

「何ィ? おい! ナガセ! 一体どういう事だよ!」

「手を離せ。邪魔だ」

「お前がピコを離せ! お前のやることはほとんど正しいけどよ。こればっかりは許せねぇ!」

 俺は無言で、胸倉を掴むプロテアの腕の内側に、自分の腕を差し込んだ。そして彼女の手首の骨を掴み、思いっきり捻りあげた。俺の手がプロテアの腕を捻りつつ、胸倉を掴む彼女の腕を、テコの原理で解いた。プロテアは腕を捻られたことで、地面に顔を叩きつけられた。俺はそのまま腕を極めて、プロテアを動けないようにした。彼女は激痛に低い悲鳴を上げたが、これ以上の抵抗が骨折に繋がる事を悟ったようだ。そのまま動かなくなった。

「次」

 俺は他の女を見渡す。アジリアの次に強いプロテアを軽くあしらわれ、女たちは一斉にたじろいだ。

「来るなら早く来い。プロテアの骨が軋んでいるから早めにな。ああ、アイリス喜べ。もし次が来たら、プロテアの骨折を治療させてやるぞ」

 女たちは一瞬怯んだが、今度は引き下がらなかった。最初に声を上げたのはサクラだった。

「私のせいですか!? これもペナルティですか!? ナガセ!」

「サクラの罰とは関係ない。腹が減ったから食う、それだけだ」

 プロテアが草に埋まった顔を横にして、俺に呻いた。

「だったらピコじゃなくてもいいじゃねぇか! ピコは俺達の家族だ! それに必死で生きてんだ!」

「ピコじゃなければいいのか? じゃあ新しい鹿を狩ってくるか。同じ鹿をな。その鹿にも家族がいるし、必死で生きている。それでも同じように殺していいのか? 直接関係なければ殺していいのか!? 当然のように他に犠牲を求めていいのか!? 答えろ!」

 女たちが唇を噛んで、身じろぎする。

「う……けどよ……けどよ! 何でピコなんだよ! どうして……どうして!」

 プロテアが足掻き始める。骨の一本や二本はくれてやる覚悟のようだ。俺はあっさりその手を離した。プロテアは立ち上がると、今度は俺に掴みかからず、ピコをもぎ取ろうとした。

 俺は彼女にピコをあっさり渡した。

「食うために太らせたからだ。お前も承知のはずだ」

 女たちがピコに寄り集まる。そして必死で何らかの反応を引き出そうとしていた。だがピコは薬のせいでピクリともしなかった。

 ついにプロテアの瞳から涙があふれた。

「弱かったんだぞ……あんなに弱くて、草すら食べれなくて……だから必死で面倒を見たんだ……少なくとも食うためじゃない! こんな弱い命を……守りたくて……」

「そうだ。その弱い命を犠牲にして俺たちは生きている。そして俺もお前達もそうしなければ生きられない弱い命なんだ。強い命なんてこの世には存在しない。理解したか。俺達はこうした尊い犠牲のもとに、今まで生きてきたのだ」

「それに――」と言いかけて、ここで俺は言葉を切った。流石に、既にピコの親を食ったとまで言う必要はないだろう。それを知るサクラには後で口止めしなければ。

 俺は女たちの輪の中に入って行き、腰からナイフを抜いた。女たちが何人か軽い悲鳴を上げる。

 そこでパギが悲鳴を上げる。

「嫌だ! 殺したくないよ!」

「パギ。もうお別れだ。最後に撫でてやれ」

「いや! いやいやいや! パギはずっとピコと一緒だもん! ずっと一緒だもん!」

 パギはピコと俺の間に割って入る。そしてナイフを突き立てられないよう、かばうように抱いた。

「パギ。悪いがピコを食べないと、俺たちが飢えてしまう」

「他の鹿を殺せばいいじゃない! 何でピコなの! どうしてピコなの! 余所に鹿はいくらでもいるよ! 私たちが傷つく必要はないんだ! ナガセ! 守ってよ!」

 お前がそんな考えを持っているから、俺は動かざるを得ない。生贄を余所に求め、欲望を増大させていき、横暴な振る舞いは災厄と呼ばれるまで膨れ上がる。

 俺は確信した。やはり殺すべきだ。ここで奪うべきだ。そしてその喪失感が、横暴の歯止めとなるように俺が支えなければ。

「俺が言ったことが理解できなかったみたいだな。その他の鹿もピコも、俺達も、根本的には同じなんだ」

 突然誰かがパギの首根っこを摘み上げた。ピコから引きはがし、自分の腕の中できつく抱きしめた。

 アジリアだ。彼女は暴れるパギをしっかりと抱きしめて抑えつけた。そして俺を睨み付けてきた。俺と対照的だ。奪うためにピコを抱く。守るためにパギを抱く。本人もそれを知り、際立たせようとしているきらいがあった。

「言いたいことは分かった。薬が切れない内にやれ」

「でもアジリア!」

 アイリスが悲鳴を上げる。アジリアは俺を顎でしゃくる。

「このアクマはピコが起きても止めない。寝ている内に済ませてしまえ」

 そこで女たちは、もうどうしようもないと直感し、項垂れて何も言わなくなった。

 俺は再びピコを抱き直すと、首元を女たちに良く見えるようにした。そして腰のナイフを抜く。刃がホルスターを引っ掻く、甲高い音がする。女たちは何人か眼を背け、ピオニーとアイリスがその場から逃げ出した。

「目をそらすな。よく見ろ。今見ていない奴は、飯を食う資格はない。俺達が命をどのように扱っているか、よく理解しろ」

 ピオニーとアイリスが足を止める。そして、怯えた顔で振り返った。

「最期を看取ってやれ」

 俺はそう言って、ピコの喉を掻き切った。

 首筋に赤い筋が走り、そこから血潮が吹き上がった。命の鼓動を受けて、傷口から定期的に血が迸る。女たちに、その赤い雫が降り注いだ。

「いやぁァァァァァ!」

 ローズが絶叫する。だが彼女はピコから目を離すことが出来ない。

 恐怖の虜だ。

 他の女たちも同様に、痙攣で震えるピコの四肢を、徐々に光を失うピコの眼を、次第に上下しなくなるピコの胸を、まるで縫い付けられたように見つめていた。

 パギが暴れるのをやめて、アジリアにきつく抱き付いた。アジリアもその身体を抱き返し、パギと共に、命の灯し火が消えゆくさまを見つめていた。

 やがて血潮が止み、傷口から濃い血液がどろりと溢れるだけになる。俺はナイフで脊椎を刺した。ピコの四肢が刹那ピンと張ったが、すぐに力が抜ける。

 死んだ。

 女たちは呆然と見ている。現実の認識を渋るように、ただただピコの死体を凝視していた。

 その中俺は黙々と解体を始め、今日食べる分だけの肉を切り分けた。

 一人。興奮したように、目を輝かせる女がいた。ロータスだ。浅い黒い肌の、ミドルヘアの女だった。俺はピコの怪我の原因がこの女だと知っていた。何度か虐めているのを見た事がある。秘密裏にお仕置きを済ませたが、それでは物足りないようだ。俺は心の中で舌打ちをした。こいつは俺と同じ匂いがする。下手すると喜んで人を殺すようになるタイプだ。

 こいつは注意しなければ。

 俺は解体し終えた肉を、皆に見せつけた。

「いつも食べている肉だ。今日はこれが飯だ」

 俺は虚空を見つめて、あんぐりと口を開けているピオニーに肉を押し付けた。そして俺は被った血潮をタオルで拭いながら、残りの肉を綺麗により分け始めた。

 ピオニーは押し付けられた肉を見て、まるで機械のように動きだす。きっと混乱してまともに考えるのができないのだろう。今まで自分が使っていた肉が、こうして出来ている事を知ったのだから。かくかくと不自然な動きで、いつもの食事の支度を始めた。

 俺は溜息をつくと、ピオニーに押し付けた肉を取り戻し、自分で支度を始めた。肉と野菜を交互に串刺し、それを火にくべる。徐々に肉の焼けるいい匂いが、辺りに蔓延し始めた。

 俺はピコの背骨を取り出すと、水を張った鍋の中に入れた。骨とそれにこびりついた肉は、いいスープとブロス(出汁に使える肉汁)になる。半分は残し、半分は今日振る舞おう。そこにも野菜と内臓をいくつか放り込んで蓋をした。

 動物の内臓はほとんどが食える。生殖器や消化系は避けた方が無難だが、心臓、膵臓、脾臓などは肉と同じように調理ができる。俺は別の鍋に、それらの内臓を入れた。塩漬けにするのだ。これで保存食が増える。もって四週間程度だが。

 残りは頭部だ。脳ミソも舌も食える。だが――ピコにそこまではしなくていいだろう。俺はピコの頭部を撫でて、そっと死者を悼むように、墓用に掘ってある穴に入れた。そこには他の動物の骨も入れてあった。

 それからはいつもの食事だ。鼻孔をくすぐる肉の焼ける臭い。野菜の新鮮な香り。鍋が沸騰し、こぽこぽと泡を吹きながら、周囲に豊潤な芳香をばら撒く。

 俺は串を一本取ると、その肉にかぶりつき、スープを掬って喉に流し込んだ。美味かった。

 女たちはちらちらと俺の様子を見守っている。胸の内の安っぽいプライドと、食欲が戦っているのだろう。だがロータスはあっさりと串を手に取った。そしてスープを椀に盛って食べ始める。

「う……う……ううう……」

 プロテアが乱暴に串を手に取った。まぁ妥当だ。彼女は働き者だ。だからいつも腹を空かせている。彼女は泣きながら串に刺さった肉を貪り、野菜を頬張った。そしてスープで無理やり流し込む。他の女たちも、一人、また一人と串を手に取り、食事をとり始める。だが、肉を食べる時、まるで鳥のように口先でついばんでいた。それから恐る恐る口に入れ、ゆっくりと噛みしめ始める。そこでぼろぼろと涙を流した。

 アジリアも串を手に取って、特に感情を乱さず、いつものように食べ始めた。パギもサクラに宥められながら、串を手に取る。だが、ローズだけが、いつまでたっても串を取ろうとしない。俺は心配になって、ローズに近寄った。

「その……大丈夫か? 分かっているこんなことはしたのは俺だし、そんな俺がこんなことを聞くのは腹が立つだろうが……その……うん」

 まるで童貞が初めて女性と話すような口ぶりだ。自分の未熟さにイライラする。だが俺がケアをしなければ。ローズは意外にも、不安を紛らわすため、俺の袖を掴んでくれた。

「う……うん……」

「食べろ。もたないぞ」

「わたし……いままで……ばかみたいにむしゃむしゃたべてた。おなかすいたから、それがあたりまえだとおもって、むしゃむしゃたべてた」

 彼女は魂の抜けた人形のように、酷く抑揚のない声で言った。

「わたしがたべていたのは、これなんだ……」

 ローズはそう言ってその場に崩れ落ちた。そして顔を手で覆って泣き始めた。俺は黙って彼女を抱きしめようとする。しかしローズはそれに抵抗した。

「ナガセごめん。離れて。ピコの血……私にはきついから」

 俺は撃たれたような衝撃を受けた。そして自分の身体を改めて見直す。拭き取れなかった血が、残滓として残っている。擦るように拭ったせいで、全身が赤い斑点で染め上げられていた。まるで皮膚が赤くなったようだ。

 レッド・ドラゴン。

 俺は慌ててローズから身体を離した。

「分かった。アジリア……頼む」

 俺はアジリアを手招きして、ローズを任せた。そして一つ串を取り、肉だけをむしるようにして食うと、それをローズに渡した。

「野菜だけでも食べろ」

 ローズは野菜の串を受け取り、ぼぅっとそれを眺めた。そして、泣きながらヘラリと笑った。

「植物だって……生きてるんだよね」

 彼女はまるでピコが草をはむように、野菜を唇で食んだ。

「バカみたい……ホント……バカみたい」

 そしてアジリアの腕に抱かれながら、こぼれ落ちる涙を手の甲で拭った。

 俺はすぐに食事の場を離れ、近くの海で身体を洗い流した。血が海に溶けて、赤い線を引いていく。それもすぐに波にかき消され、泡立ちながら、飛沫となった。俺は呆然とその様を眺める。

 願わくば。俺の罪も流れていかん事を。

 太陽が海に沈んでいく。風が止み、空が藍色に変わっていく。世界が暗闇に沈んでいく中、ピコを焼くコンロの炎だけが残る。俺は誘蛾灯に群がる羽虫のように、その光へと戻っていった。

 女たちから敵意を感じる。あのサクラでさえ、よそよそしく俺から離れた。皮肉なことに俺に一番近いのはアジリアだった。殺意が理由だがな。

「食べ終わったのなら、ピコを埋めるぞ。一人ずつ、土をかけよう」

 俺はそう言うとシャベルを片手に、墓穴へと歩いていった。女たちはついてこなかった。当然と言えば当然だが、これを見過ごすわけにはいかない。俺は女たちを睨み据えた。

「来い」

 渋々と一人、一人と腰を上げて、俺についてくる。そして倉庫脇の墓穴へと付いてきた。墓穴の中には、ピコの頭が置いてある。その周りには砂をかぶった動物の頭骨が安置してある。

 サクラがおずおずと俺に聞いてきた。

「何の骨ですか?」

「今まで殺して食べた動物の骨だ」

 女たちが俯いた。

「少し離れた所に、お前たちの仲間もいる」

 俺はそう呟きながら、シャベルで土をすくった。

「え――」

 アジリアが上ずった声を上げた。そして墓穴の隣にある、盛り上がった土に目を向けた。そこには木の杭が立ててあり、この三か月の時を経て苔むしていた。俺が余裕のできてから初めて作ったものだ。他の女は特に気に求めず、アジリアも小首を傾げて無視していた。

「死んだ者も、かつては生きていたんだ。その事実を大切にする必要がある。それが出来ないから悪夢を見るし、平気で犠牲を求めることが出来るのだ」

 俺はすくった土を、ピコにかけた。首の根元が少し埋まった。そして両手を合わせて祈りを捧げた。

「ごめんなさい……」

 誰かがかすれた声を出した。俺への謝罪ではない。この尊い犠牲への謝罪だ。

 俺は無言でシャベルを差し出した。するとプロテアが進み出てシャベルを握った。土をすくい、ピコにかける。そして胸に手を当てて祈りを捧げた。誰かがシャベルを持つ。そして土をかける。そして祈りを捧げる。一四人全てが終えると、再び俺からやり直す。それをピコが見えなくなるまで続ける。やがて土が盛り上がると、そこに杭を突き刺して墓標にした。全員が泣きながら、ピコに最後の別れを告げた。

「今日の片付けは俺がする。皆。休んでくれ」

 俺の言葉に女たちは浅く頷くと、ドームポリスに入って行く。俺はその背中を呼びかけた。

「後で一人ずつ部屋を訪ねる。話しをさせて欲しい。話しに応じてくれるならドアを開けてくれ。どうしても嫌な場合はノックを返してくれ。だけど一週間以内に必ず話に応じて欲しい」

 女たちは返事をしなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ