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Crawler's  作者: 水川湖海
一年目
17/241

萌芽‐8

 異形生命体の処理が終わると、俺は死体の処理を後回しにして、躯体から滑り降りる。そして周囲に散乱する巨大な空薬莢を蹴飛ばしながら、ドームポリスの前まで走っていった。そこではカットラスが前倒しになっている。カットラスはぴくりとも動かず、ただ人工筋に電気が通う、低い音を響かせていた。

 転倒の衝撃で失神したか。下手するとクッションに顔を埋めて窒息する。俺は周囲に集まりだした女たちを押し退けて、躯体の股間にある非常脱出口に取りついた。俺はそこにあるパネルを引き剥がすと、中の赤いボタンを叩き潰すように押した。

「離れろ!」

 俺の言葉というより、怒号に驚いて女たちが離れていく。導火線に火がつく音と共に、股間の四角い切れ目から黒煙が昇った。やがて爆音とともに、その箇所の装甲が剥がれ落ちた。

 落ちた装甲の裏に取りつけてあるピックを引っ掴み、コクピット内を満たすクッションに突き刺した。空気が抜けて顔に吹き付けて来るが、無視してサクラの脚を掴むと激しく揺さぶった。

「おい! サクラ! 大丈夫か!」

「あ……う……うん……」

 サクラがコクピット内から呻き声をあげた。俺は無理に引っ張らず、腰を掴んでゆっくりと引きずり出した。ぐったりとしたサクラが、人攻機の股から出てくる。彼女は人攻機の搭乗に適したライフスキン姿だった。

 俺は身体をくまなく観察し、異常がないか入念に調べ上げた。そして、安堵のため息をつくと、サクラを睨み付けた。

 サクラは俺に睨まれて一瞬怯んだ。しかしすぐに物怖じせず、俺に向き直った。その真っ直ぐな瞳は、俺の手を怒りで握らせた。

「俺は勝手に学べと言った。だが勝手に触れていいと言ったか?」

 俺は震える声で言った。その理由は自分でもわからない。心配と怒りがないまぜになって、分離するのが難しい。どっちが優っているかわからなかった。

「ナガセは仰いました。甘えずに自分で考え、自分で責任を取るべきだと。そして自分を見ろと。私はナガセを助けたいです。そんな人間になりたいです。ですから行動しました」

 サクラは堂々と言った。俺は横倒しになった人攻機を指さす。

「この後始末は誰がする? 邪魔だからすぐにどかさないとな。整備は? 修理はどうする? それに貴様はパギを巻き込みそうだった。自分の目的のためなら、他を犠牲にしてもいいのか!?」

「私が全部やります。責任はちゃんと――」

 俺は思いっきりサクラの横っ面を張った。サクラは俺から顔を背けて、ぶたれたショックに打ちひしがれた。だが再び俺と向き合い、口の端を垂れた血を拭った。いまいち理解していないようだ。俺は怒鳴る他なかった。

「パギが死んだら責任を取れたのか!? 俺の邪魔をして仲間が殺されても、責任を取れたのか!? お前が修理点検整備をする? 舐めた口を利くなよ小娘が! 貴様のチンタラした作業を待っている間、他に迷惑がかかることを考えなかったのか!? 自分の責任は取れても、他人や道具までの責任は取れないだろう! いいか! 自分で責任のとれない行動を、横暴というのだ! 他人に責任を押し付け、自分のやりたいことをやる。自分の思い通りにする。なりたい自分の為に、他人を犠牲にする。そこに責任も糞もあるか!」

 サクラはそこでようやく気付き、口元を震わせて黙り込んだ。

 俺も怒鳴るのをやめて、上がった息を整えつつ、彼女を立たせる。そして背中を向けて離れた。

「サクラ。分かるな。ペナルティだ。お前を許すと、馬鹿が勘違いする。『なんだ。すきかってやっても、どなられてすむのか』とな……それで人が死んだら……それは俺の責任だ」

 サクラが後ろで身じろぎする気配がする。やがて彼女は嗚咽混じりの声を上げた。

「はい……承知しました」

 俺は作業用デバイスに話しかけた。

「アイアンワンド。全ての作業を中断させ、全員をここに呼べ」

『サー。既に命令の事項は果たされております』

 俺は口元を引き締め、鼻で深く息を吐いた。そして周囲を見渡す。俺とサクラを中心にして、女たちが人の輪を作っていた。その中にはアジリアもいて、複雑そうに俺とサクラを交互に見ている。

「全員……俺の話は聞いていたか?」

 女たちは各々が緊張を和らげる仕草をした。首を掻いたり、生唾を飲んだり、自分の身体を抱きしめたり、目を背けたりした。そして全員が、浅く首肯をした。

「ならわかるな。俺が銃を使わせないのも、車の運転を制限するのも、必要以上に道具に触らせない理由が。俺達は独りで生きているんじゃない。皆と協力して生きている。そして皆と同じ命を生きている。俺はお前たちにそれが分かるまで、道具を使わせるつもりはない。責任も取れない馬鹿がこれを動かしてみろ」

 俺は人攻機の装甲を蹴飛ばした。

「誰が止める? 俺は『二度と』ごめんだぞ。馬鹿のケツを拭くのはな! 道具は自分の良心と良識でしか止められんのだ!」

 俺はサクラを振り返る。俺の言葉にサクラのきつく瞑った眼から、涙がぼろぼろとこぼれた。

「お前たちが良心と良識を育めないなら、それは外部の良識に頼る他はない。法だ。言ったよな? ルールを破ったらペナルティだと」

 俺は息を吸うと、罰を与えるのに初めてその名を呼んだ。

「アイアンワンド! サクラは暴徒だ! 暴徒鎮圧! レベル3!」

『サー。イエッサー』

 空気が雷電で裂ける音がした。サクラが絶叫し、全身を痙攣させる。口角から唾液が垂れ、指先はピアノを奏でるように滅茶苦茶に振れた。やがて電撃が終わると、サクラはその場に倒れ伏した。

 女たちはびくびくとその様子を見守っていた。だが電撃が終わるとほっと胸をなでおろし、サクラに駆け寄ろうとする。俺は手でそれを制すと、土の上でもがくサクラを、冷たく見下ろした。

「立て。まだペナルティはすんでいないぞ」

 真っ先にサクラを助けようとしたプロテアが、引きつった笑みを浮かべながら俺に言った。

「ナガセ……冗談だよな……俺が食べ物パクった時、一発ですんだだろ。しかもレベルは1だったしよ……もういいんじゃねぇか?」

「こいつはパギの命をつまみ食いしようとしたんだ。分かったら黙ってろ」

 プロテアは信じられないような眼つきで俺を見る。そして俺を無視してサクラを抱き起そうとした。結構。ハグしてやるといい。お前に流れる電流だけ、サクラの負担も減るだろう。

 だがサクラはプロテアの手を払った。そして生まれたての小鹿のように、震えながらも立ち上がる。サクラはプロテアに微笑み返し、元いた場所に戻らせると直立した。

「申し訳ありません。続きを」

「もう一発」

 サクラが再び絶叫し、痙攣する。口角の唾液が泡立ち、立つことも難しくなったのか、その場に倒れた。ついにサクラが失禁した。電撃が止むと彼女は微動だにせず、身体を大地に投げ出していた。

 女たちが恐怖に歯を打ち鳴らす音がする。お互いに身体を寄せ合い、サクラの惨状を遠巻きに眺めている。

 俺はサクラの顔を覗き込む。放心状態のようだが、気を失ってはいない。俺は頬を叩いて意識をはっきりさせた。そして彼女から離れる。

 罰と厳罰を区別するのは限界を超えた一歩だ。罰の目的は贖いだが、厳罰の目的はそこまではしないだろうという、甘ったれた憶測を叩き潰すことにある。

「立て。早くしろ」

 パギが俺に突進してきた。彼女は俺に縋り付くと、激しく揺さぶってきた。

「ナ……ナガセ……もういいから怒らないで。パギは元気だよ! だからお姉ちゃんを怒らないで!」

「罪はお前と関係のない話だ」

 そこでアジリアも声を上げる。彼女は感情を隠すためか、口元を手で覆っていた。

「大きなミスだが、小さな被害だ。ミスは被害の大きさと比例するものだろ。この罰は妥当とは言えない」

 もっともな意見だ。俺はアジリアに視線をやった。

「そうとも。その通りだ。だがここで俺が手を抜き、二度目の事件が起こったらそれは俺のミスだ。その被害は今回ほど小さくないだろうな。俺だって人間だからミスは犯す。だが分かり切ったミスを犯すつもりはない」

「ナガセ……準備できました」

 サクラに視線を戻すと、彼女はふらつきながらも立ち上がった。息が上がっていて、胸が激しく上下している。だが四肢は力が込められないのか、ぶらりと虚空をかいでいた。

「深呼吸をしろ」

 サクラは深呼吸を繰り返し、呼吸を整える。そして自分を落ち着かせるように、大きく息を吐くと、俺をしっかりと見つめた。

「やれ」

 サクラが絶叫して倒れた。やがて電撃が止み、サクラは土の上で気絶した。俺は踵を返して、地面にうつ伏せになるカットラスの処理に向かった。

 俺がカットラスの股間からコクピットに顔を突っ込むと、背中から女たちがわっとサクラに群がる声がした。

「自分が見えていれば、慕われ、頼りにされていることが、分かったはずだがな。俺を見るからこうなる。しかし……よく動かせたな。アイアンワンドの教えを受けれたのは、たった一日だぞ。それにOSは機能制限して歩けない。コンテナや駐機所にもロックをかけたはずだが」

 カードを一枚くすねていたか、アイアンワンドを上手く誤魔化したかのどちらかだろう。これはアイアンワンドにもお仕置きが必要だな。

 俺はぼやきながらカットラスのコンソールを操作し、モニタを覗き込んだ。そして目を見開いた。

「な……に……?」

 まっさらなはずのOSに、大幅に手が加えられている。メモリに新しいプログラムが書きこまれ、それがロックした機能を代替している。火器管制や駆動機構、そしてセンサー類だ。どれもぎりぎり実用可能なちゃちなものだが、つい最近デバイスを手にしたものが作れるものではない。俺ですらこれらを作るのに、丸一日かかってしまう。

 本職の仕事だ。

 俺はOSのロックを外して、正規のセンサー類を起動した。コンディションパネルが点灯し、躯体の状況を報告する。俺は転倒時のログをモニタに呼び出し、コンディションと合わせて確認した。

 ログによると、カットラスは右足を振りだしたときに、大きくバランスを崩して前倒しになっている。乗り手が無茶な要求をしたのだろう。そこで地面から離れていた左脚が膝を折りたたみワンクッションを敷いた。更に上半身を支えるために、銃を握らない手で地面をつこうとしたが、そこで手が滑り倒れこんだようだ。

「転倒時に回避機動を取ってやがる。しかも命令の大元は新しく作られたプログラムからだ」

 俺はコンソールを思いっきり叩いた。訳が分からない。このプログラムは元々あったものなのか、彼女が何処からか発掘したのか、アイアンワンドが与えたものなのか。いずれにしろ出所を探る必要がある。

 俺はカットラスを立たせて、駐機所に停めた。そして駐機所のコンソールパネルへと向かう。そこにはサクラの作業用デバイスが投げ出されてあり、プラグが駐機所のコンソールに繋がっていた。

 俺は作業用デバイスを拾い上げた。そして画面を確認すると、苦虫を噛み潰した気分になった。

「アイアンワンド。今最上級アカウントはいくつある」

『二つ。サーと、マム・サクラのものです』

 めでたく俺と一緒になった訳か。俺は作業用デバイスを操作して、アカウントの消去を始めた。ハッキングができるとはな。俺はその方面には疎いから、防ぎようがない。簡単な駆動プログラムや、アプリを組むことはできるが、セキュリティは無理だ。

 そしてこんな芸当ができるなら、人攻機のプログラムなど朝飯前だろう。

「作ったのか……記憶が戻ったのか?」

 後で詳しく話を聞く必要がありそうだ。

 俺はアカウントを削除すると、コンソールパネルに背中を預けて座り込んだ。そしてアイアンワンドに呼びかけた。

「何故罰を止めなかった」

『マム・サクラが拒否権を行使しなかったからです』

「では出撃を止めなかったのは何故だ?」

『私にマムを制止する権限がございません。アカウントが作られた以上、マム・サクラはもう女性の一人ではなく、私のお仕えすべきマスターなのです。マム・アジリアのように、気遣うことはできなくなりました』

 俺は天を睨み上げた。

「お前には自我があるが、良心も良識もないようだな。まともな人なら、それでも彼女を止めるべきだった。人になりたいか……成程ね……アンデルセンの童話宜しく、俺はクルミ割り人形を暖炉に放り込むべきだったか?」

 アイアンワンドは俺の嘲笑を耳に、しばらく黙り込んだ。だがすぐに質問を繰り出して来た。

『サー。私は規定に則って行動しております。私は権限を持つ者に従い、命令を実行します。今回もそれに従ったまでです。一つご質問を。サーの言う良心と良識とは何でしょうか』

 俺は言葉に詰まった。そうだな。考え直すべきだ。公正。友愛。平等。そしてそれを破壊しない自由。そんなところだ。それを一つにまとめて言うのならば。

「汚染世界を再び生み出さないような心構えの事だな」

 国家間の争い、思想の食い違い、利益競争の激化。それが顕現したのがあの汚染環境だと言えるだろう。俺は簡潔に答える。

『サー。ではサーは何故マム・アジリアに、自分を殺すように仕向けているのでしょうか?』

 アイアンワンドは俺の矛盾を鋭く指摘した。俺はそれを誤魔化すように、跳び起きると天を指して吠えた。

「言っておくが俺はアジリアを贔屓していないぞ! アジリアは余所に迷惑をかけず、誰も巻き込まないように、自分の命だけを使って俺を殺そうとした。俺は告訴しない。ノットギルティだ! サクラは自分の理想の為に余所に迷惑をかけ、全員を巻き込んだ。ギルティだ! これ以上優しく説明はできないぞこのポンコツが!」

『質問の答えになっていません。私は贔屓の話をしておりません。サーの誘導について話しているのです。それは良心と良識の一部でしょうか? それともサーの無責任な行いでしょうか?』

 俺は気勢を失って、視線を伏せた。

「良心と良識の一つだ。暴君は殺してはじめて益になる」

『サー。サーは暴君ではありません。少なくとも、懲罰と見せしめという目的があり、それ以上の行為も、それ以外の行為もありませんでした。サーは搾取をしておらず、暴君の定義には当てはまりません。むしろサーは専制的です。そして彼女たちを避けようとしています。サー。サーも彼女たちと同じ人間の一人です。それをはっきりとお教えしないがため、男女の性徴を理由にマムたちとの行き違いがあることは否めません。もっとマムたちに寄り添ってはいかがでしょうか? マムにご自身を否定させる必要はないかと思われます』

「そんなことできるか……」

『サー。一体あなたはご自身の何を、そこまで恐れているのですか』

「アイアンワンド。人間という奴は誰もかもが心に獣を飼っている。そしてそいつに心を食われたらお終いなんだ」

 俺は手で額を覆い、伝う汗を拭った。

「もう喋るな。これ以上煽られたら、お前をスクラップにしちまう」

 俺はサクラのデバイスを持ったまま自室へと向かった。気が付くと太陽がだいぶ傾いている。夜が近いようだ。

 朝から何も食べていないのだ。女たちは飢えている事だろう。それなのに女たちは俺に食事をせがもうとはしなかった。そしてピオニーも俺に何も言ってこなかった。分かっている。俺を恐れているから何も言えないのだ。

 恐怖と教訓を分離することはできないのだろうか? 俺は恐怖から教訓を学び、それを克服してきた。だが克服できなければ、恐怖は何事にも付きまとい、正常な行動を阻害する。

 俺は彼女たちが恐怖を克服し、這い上がるものと思っていた。だが強いと思っていたサクラが屈折してしまった。彼女たちは弱い。だから支えなければ。

 つまるところ、俺が彼女たちのケアをしなければならない。

 だが俺には与えるものを持っていない。愛も、信頼も、夢も全て失くした。あるものは狂気だけだ。

 だが俺が彼女たちに言った通り、そんなものは甘えだ。

 俺は父親と母親の二役をこなさなければ。

 俺は倉庫から持ってきたナイフを抜いた。良く手入れのされた、鋭いサバイバルナイフだ。入念に手入れをし、刃を一層尖らせた。そしてそれを鞘に収めると、腰に括り付けた。

 部屋を出て死体の処理に向かう。

 それが終わるとピコの元へ。喉がカラカラに乾いている。だけどやめるつもりはない。

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