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「まぁ 単刀直入に言うと………日向 紫さん。我々は、貴女にある真実をお伝えにきたんです」
「真実………ですか?それに あたしの名前をご存じなんですね」融の言葉に 紫は、ハッとしたように 聞く。
「ええ………色々と調べさせてもらいました。実は、そこの亜蘭なんですけど………9年前に 奥さんに逃げられているんです。ある日突然 何の書置きもなく……ね?これが、その女性の写真です」
そう言って 融さんが見せてくれたのは、1枚の写真。
それを見て 紫は、驚きを隠せなかった。
なぜなら そこに写っていたのは、自分なのだから。
そして その隣には、自分を抱きしめている 橘さんが、同じように写真の中の紫を抱きしめている。
「驚いたな………これは、紫じゃないか。融………これは、どういうことだ?」
「この写真に写っているのは、亜蘭の奥さんです。ただ 名前は違いますけどね?彼女………当時 記憶を失っていて こっちで 勝手な呼び名をつけていたんで。でも 間違いありません………貴女は、彼女です」
「9年前ねぇ?確かに………時期は合うだろうよ。紫………確か お前は、14才から18才にかけての記憶がないんだろう?」
「はい………確かにありませんけど。でも 何だか 話が飛びすぎている気がするんです」オーナーの言葉に 紫は、不安そうに言う。
そんな彼女の様子に オーナーは、小さく溜息をついているようだ。
「で………紫に伝えたいことがあるんだろう?もしかして 離婚しろとか?それは、酷な話だぞ。本人は、何にも 覚えちゃいないのに」
「違いますよ………亜蘭は、離婚を望んでいませんから。どちらかっていうと ただ 嫉妬しているだけですよ」
オーナーの言葉に 美河さんは、清々しい笑みを浮かべる。
「嫉妬………ですか?一体 何に対してです」
紫には、覚えがないことばかりだ。
ましてや 嫉妬されるようなことをしたのかも 記憶にないのだから。
「南田とは、親しいんだな」橘さんは、言った。
その言葉に 紫は、目を大きく見開く。
「はい………橘さんは、あたしが この店で働き始めてから ご贔屓にしてくれている常連さんなんです。あたしが、この店で歌うきっかけをくれた大切な人です。もうすぐ 結婚されるそうで 少し 寂しいですね」
紫が、そう答えると 橘さんの視線が、殺気を持つものに変化した。
その様子に 紫は、恐怖しか感じない。
「亜蘭………あまり 威嚇しないで下さい。彼女は、何も覚えていないんですから」
「だが 彼女は、俺の妻だ。それは、戸籍上で間違いない」
橘さんの声は、低い。
紫は、その声色に 恐怖しか感じない。
どこかで その声を聞いたことがある気がする。
「けど それは、本名ではありません。彼女を強制することは、できないんですよ。記憶を失っている間に 起こっていることなんですから。もし 自分が、彼女の立場でしたら どうするんです」
「俺だけなら まだ 問題ないかもしれない。だが 子供達はどうなる?」
「「子供達?!」」
紫とオーナーは、声をそろえた。
「ちょっと 待てよ………紫は、子供がいたのか?」
「初めて知りました」
呆然としている 2人に 美河さんが、説明してくれる。
「紫さん………貴女には、お子さんが3人います。現在 亜蘭の実子として」
美河さんは、そう言って 数枚の写真を見せてくれた。
そこには、3人の子供が写っている。
紫は、1人の男の子に視線が釘付けになる。
オーナーも、それに気が付いて 口をパクパクさせているようだ。
「おいおい………この坊主 紫に瓜二つじゃないか。後の2人は、自称 旦那に似ているみたいだが」オーナーは、神妙な表情を浮かべて 言う。
「自称じゃない。事実だ」橘さんは、不機嫌な様子を隠さず 言い放つ。
それは、まるで 吠えるような感じだ。
なぜ 彼は、そんなに怒っているのか 紫には、理解できなかった。