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隔ての世界  作者: 貴志一樹


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 1345の発言に村人が一斉に視線をやる。数十人の人から一斉に見られるのは居心地が悪く、思わず一瞬だけ床へと視線をやった。人に見られるのは、心の中まで見透かされるようで、なんとなく背筋が寒くなる。

 1345の思いがけぬ言葉に、長が何かしゃべろうと口を開くも、なんと言ったらいいのかわからないのか、なかなか言葉が出てこない。1345には、このたった数秒が永遠のごとく感じた。早くなんとか言ってくれ。


「・・・・・・崖の下へ、行きたいのか?」


 困惑を隠せない様子の長に、1345は力強く頷いた。


「その理由を聞かせてくれないか? 今まで、名乗り出るものなんていなかったから、どうして行きたいのか聞いてみたいんだ」

「理由は、ただ一つです。崖の下の世界が見てみたいからです」

「なんで、崖の下へ行きたいんだい?」


 村人たちは、この成人手前の少年が、幼い頃から崖の下へ憧れていることは知っていた。まだ、舌足らずな頃から、コウテン崖から覗く様子を誰もが見てきた。けれど、1345が、本当に崖の下へ行きたがっていると理解していた者は、この中にいる村人の半数もいなかった。そのため、一部では、ざわざわと小声で隣の者と話し出す者までいる。


「崖の下は、この村と違って、沢山の色に溢れているんです。この村で見られる景色なんてのは、一年通してほとんど一緒。俺は、このままずっとこの景色だけ見続けるなんて耐えられない。同じことを繰り返す日々に、生きている実感が得られないんです」


 気づけば熱が入り、早口になっていた言葉に、長は一つ一つ理解するように頷く。額に手を当てて、少し考え込んだあと、ゆっくりと目を開けた。1345と同じ赤色の目。その目は、年で少し濁っているも、自然のものとは思えぬ美しさがある。思わず見とれるも、急にただならぬ嫌悪感を覚える。皆から見られるのとはまた、違う。もっと、心の随に触れるような気持ち悪さだ。視線を逸らそうとするも、引き寄せられるようで、そらせない。

 長はわかっているのだ。1345が全てを語ったわけではないことを。


「本当にそれだけなのかい」


 口調は優しい。少年にとってはあまり大切ではないことなのに、いっこうに嫌悪感は拭えない。

 この村には崖の下に興味を持つのと同じように、あまり好まれない話題があった。


「ちっ、父の、墓参りをしたい・・・・・・」


 小さくつぶやいた言葉に、それをかき消すかのように村人たちがひそひそと話し出す。

 1345の父は崖の下で死んだ。木々を取りに行った際に、足を滑らせて死んだのだという。その時一緒にいた人は、遺体を回収することすら叶わなかったそうだ。父は

1345がまだ幼い頃に死んだため、父の記憶がなければ、いたと実感させるような遺品も手元にない。

 あの頃は、死というものを理解していなかった。そのため、村人にいつ会えるのか尋ねては、会えないよ、と言われた。その時、聞かれたものたちは皆顔をしかめていた。まるで、この話はするなと言うように。長年、皆が自分を心配して話題を振るなと言っていたのだと思っていた。けれど、大きくなるにつれて、本当にそうだったのかわからなくなった。


「1340が転落してなくなったのは1345も知っているだろう。だから墓なんてないことも」


 長の言葉に1345は頷く。

 なぜ、父の死を皆口にしたがらないのだろうか。ただ転落死したのであれば、こうまで隠そうとする必要はないはずだ。

 ならば、なぜ隠すのか?

 もしかしたら、父は禁則を破ったのではないだろうか。崖の下へ降りてはならないという掟を破って崖の下へと行き、それが村人に見つかったのだ。無断で崖を降りたものは、一生再び村へと来ることはできない。だから、父は死んだことにし、皆して口をつぐむのではないか。

 村人が死ぬと、長はピモとして葬儀を行う。この葬儀は二晩通して行われ、その間ピモは()()(きょう)と呼ばれる歌を歌い続ける。指路経は先祖代々ピモだけが口伝で残してきた、死者をご先祖様の元へと導く祈りの歌。この歌を聴くと、誰もが懐かしい気持ちを覚える。けれど、1345の記憶の限り、父の死でこれを歌われた記憶はないのだ。


「父が死んだ場所で祈りを捧げたいとは思っていません。ただ、父がどんなところで亡くなったのか知りたいという気持ちが少しだけあるんです」


 嘘じゃない。本心だ。ただ、綺麗に言葉を飾った本心だ。

 先ほどまでの村人のささやき声は大分小さくなった。しかし、表情はなにか言いたげで、その心の奥を読むことはできない。長も、もう一度瞳を閉じ、思案する様子を見せる。

 お願いだ、行かせてくれ。心の中で呟く。確かに父の死は理由の一つだけれど、心の大部分を占めているのは、ただの好奇心だ。


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