①マジョレーヌとエディト
「ご協力ありがとうございます、マルケル嬢」
マジョレーヌはそれだけ聞かれた後、席を外しエディトと過ごすよう指示された。
「ここからは殿下とのお話になりますので、妻とゆっくりお過ごし下さい」
「は、はい……失礼します」
ユリウスの丁寧さが急に増したのは、伯爵令嬢から準王族に扱いが変わったからなのだろう。そのことを面映ゆく感じつつも、同時に先への不安も感じていた。
カールハインツの愛情を受け止めたマジョレーヌだが、痣が消えたことは嬉しいだけではない。
最早瑕疵はないようなもので、王宮に戻っても消される可能性は大幅に減ったが、その分与えられる責務もきっと変わってくるだろう。
(本当にこれで良かったのかしら)
覚悟を決めたつもりだったが──こうして僅かにカールハインツと離れただけで、隙をつくように不安が襲ってくる。自分の置かれた立場や王宮での日々を思い出し、憂鬱さに小さく溜息が漏れてしまう。
(こんなことではいけないわ……!)
そうは思えど、痣の代わりに引っ付いたように色濃い不安が剥がれない。
おそらく王宮に居続けたなら耐えられただろう。だが一度離れたことで、マジョレーヌはあの頃の努力を『辛い』と思う自分を、実感せずにはいられないのだ。
「若奥様、マルケル伯爵令嬢がお越しです」
「ああっマジョレーヌっ!!」
「お、お姉様……?」
それを感じ取ってくれたのか、部屋に入るなりエディトからの熱い抱擁。
しかし──
「お願い、アレを貸して頂戴……!」
「へ?」
待っていたのは謎の懇願であった。
そう……エディトは欲していたのだ。
マジョレーヌの秘密ノート、『殿方の気を引くあざと仕草100選』を。
──少し前。
「若奥様、お手紙が」
「あら私に?」
ヘルミーネからエディトに謝罪の手紙が届けられていた。
それは真面目に謝罪する内容ではあるものの、形式的なものではなくあくまでも私信。
そこにはヘルミーネがエディトに突っかかった理由も、割と赤裸々に書かれていた。
曰く、彼女は『夫が不在がちで上手くいっていない』らしい。
『今閣下とは何もない』とした上で、別れた理由とヘルミーネに夫を紹介したのがユリウスだったことなどが書かれていた。
また彼女は近しい年齢の貴族女性に詳しく、『聖女』としてしか知られていないエディトは範疇外──なので、ヘルミーネにしてみれば『自分を体よく振っておいて、こっちには家庭を顧みないような夫を紹介し、当の本人はどこぞの小娘と知らん間に上手くいっている』と見えたらしく、つい頭にきてしまい『当然これくらい、いなせるよね?』と分不相応にも推し量る気持ちで突っかかってしまったそう。
聖女であることを聞いて婚姻に納得したが、僭越ながらも辺境伯の妻としての資質にも納得した、と書かれており、聖女であること以外の面でも評価したようだった。
エディトも別に清廉な人間でもないので、ヘルミーネの事情を知りどう見えたかを鑑みれば、腹立たしい気持ちもわかる。
推し量られたことも『不遜であったことは理解している』と予め謝罪された上で評価されたのだから、そう悪い気はしない。
だが──
(やっぱり元恋人……!)
この部分が滅茶苦茶気に障るのである。
気になる、のではなく気に障るのだ。
しかもふたりが別れたのは家の事情。『今閣下とは何もない』などと吐かしていても関わる事象がないだけで、お互いに好意はまだある……かもしれない。
「いやでも、閣下は真面目な方では」
「そうよ! しかも穏やかで優しい素敵な方なのよ?! すなわち他の女達から狙われる男性、ということ……!」
「ええぇ? ……ま、まあそういう捉え方もできなくはないですけど」
真面目なヤツぁ不貞も不倫もせんだろ、とマジョレーヌは言いたかったのだが、お前が言うな案件なだけに強くは言えない。
あと正直なところ、ユリウスのこともあまり知っているわけではないのだ。
──しかし、
(お姉様がこんなに感情をあらわにするなんて……?!)
彼女の知るエディトという女性は、やることはやるものの、基本的にとても無気力な人だ。
よく言えば嫋やかで、悪く言えば陰気。
機嫌が良ければおっとりと微笑んでおり、機嫌が悪ければスンッと無表情。
こんなに表情豊かでもなければ、そもそも、こんなに元気いっぱいではない。
(な、なにかしら返さなきゃ……!)
それに面食らったマジョレーヌは、咄嗟に『よくわからないがフォローしなければ』と思い、エディト自身の価値について言及する。
「で、でもホラ! お姉様は当代一の聖女じゃありませんか!」
「そう……そうよ。 私は所詮、だからこその王命嫁……」
「ええぇぇぇぇ……」
フォローは失敗した。
自嘲気味にエディトはそう言って俯いた後、顔を上げてマジョレーヌを睨み付ける。
「だからこそ! 私は女としても魅力を上げ、恋人としてもユリウス様の心をガッチリ掴んでみせるわッ!!」
「お、お姉様……!」
なんと無気力だったお姉様は、恋人に妻というルビを振ったというのがニュアンスでわかるくらいに力強く、『他の女には負けない』という決意を宣ったのだ。
「さぁ、マジョレーヌ! 私にアレを!!」
「は、はいッ!」
(そうよね……私も頑張らなきゃ……!)
それは『殿下の愛だけでは』と今後に不安を抱いていたマジョレーヌの心を前向きにしたのだが、本人は一切気付いていなかった。




