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47話


 外に出ると、明るい太陽の光に目が眩んだ。

 数時間前まで暗闇に包まれていたのが嘘みたいに明るく、日は高くなっていた。

 山奥まで来たように思っていたけれど、整備された土道が先まで続いていて、その土道に救助部隊の台車や荷台、それを引く馬や兵士が所狭しとひしめき合っていた。


「イルマさん。いろいろ、ありがとうございました」


 ルイが私を抱き上げたまま降ろしてくれないので、仕方なくそのままお礼を言った。


「いいえ、こちらこそ、お話ができて嬉しかったです。その・・・、いえ、どうぞ、お気をつけて」


 何か言いかけたイルマだったが、すぐに笑顔になって見送ってくれた。

 私はイルマの姿が見えなくなるまで、ルイの肩越しから手を振り続けた。


「また、会えるかな」

「会えるさ」

「ホント?」

「あぁ」


 ルイは私を見ることもなく答えた。

 周りを気にして歩いているようで、心なしか急いでいるように思える。


「ルイ、私、歩くよ。もうホント、足も痛くないし」


 薄暗かったさっきまでと違って、こんな白日の下で抱き上げられると、顔の近さや密着度にドキドキが半端ない。

 自分の大きな心臓の音が伝わっているんじゃないかと、気になって仕方ない。


「ここへ来た時に乗っていた馬車で王都へ戻る」


 けれどルイは、私の羞恥の葛藤など気づいていないようで、全く普通だ。

 歩く先々にいる兵士達は、ルイを見るたび道をあけてくれる。

 でも次に、私に驚きの目を向けてくる。

 毎度のことだけど、慣れない好奇の目。


「七海、目を閉じていてくれ」


 周りの目を気にする私に、見ないようにと言われたのかと思ってルイを見上げた。

 でもルイは、斜め前を見ていて、その視線を追って私も見た。

 兵士達が担架に人を乗せて運んでいる。

 それは森の中に倒れていた男達だとすぐにわかった。


「あの人達、気を失ってたけど、大丈夫だったのかな」


 私の言葉にルイは、急に方向を変えた。

 道の端を器用にすり抜けて歩いていたのに、森の中に入った。


「どうしちゃったの?」

「近道だ」


 公然と言われたけど、道に沿うように森の中を歩くのは、どう考えても近道じゃない。

 足元に生い茂る草木に、コンパスの長いルイでも歩きにくそうだ。


「ルイ、土道に戻った方がいいんじゃない?あっちに戻ろうよ」

「大丈夫だ、すぐに着く」


 そう言って、ルイはますます森の方へと進んで行く。

 私を抱き上げた状態で歩くから、足元が見えないのだろう、グラグラして不安定なことこの上ない。

 自分で歩くと何度言っても降ろしてもらえないまま、大きく迂回して、そして道に戻った。


「うおっ、なんで後ろから現れるんだよっ」


 アルヴァンが私達に気がついて、声を上げた。

 土道を占領するように止まっていた台車の反対側に出てきたようだ。

 道の端に馬車が止まっていて、アルヴァンにクリス、アーロンの3人がその傍らに立っていた。


「ビックリするじゃないかー。普通、こっちだろう、こっ、ちっ」


 アルヴァンが台車の方を何度も指差して、ルイに言った。


「警戒中なのに、緊張感なさ過ぎだな」

「んな、わけないだろっ。森の中から現れるなんて、誰が思うんだよっ」


「すみません」


 アルヴァンの気迫に、ルイは全く意に介する様子がないので、逆にこっちが恐縮して謝った。


「ナツ様は、何も悪くないです」

「そうだ、七海は悪くない。ほおけているアルヴァンが悪い」 

「いーやいやいや、お前のせいだろーが。なんで、わざわざ、森の中なんてややこしいとこ通って、遠回りする必要があるんだよ」


 アルヴァンの言葉にやっぱり遠回りしていたんだ、と思った。


「七海、同じ馬車に乗るのは嫌かもしれないが、王都までこれに乗ってくれ」


 ルイはアルヴァンをスルーして、私に言った。


「護衛にクリスとアーロンをつけるから、心配しなくていい。あと、馬車に魔法もかける。だから、絶対に安全だ」


 畳みかけるように話すルイ。

 まるで、私に聞くスキを与えないようにしているみたいだ。


「あー、はいはい、ナルボトねー。アレを見せたくないと、」


 アルヴァンの声が聞こえた。

 アーロンが馬車のドアを開けると、ルイはすぐに乗り込んで、私を席に座らせた。

 言葉の内容から一緒に戻れないようだと思ってルイを見ると、温かな手が頬に触れた。


「まだ、調べることがある。七海は、先に戻ってゆっくりしていてくれ」

「ちゃんと、会える?」


 戻ったら自分はどうなるんだろう、と考えると不安になって聞いた。


「終わったらすぐに会いに行くから、待ってて」


 カフェアルバにいた時のような喋り方で、私の知っている笑顔をルイは浮かべた。


「ドアを閉めたら魔法をかけるから、中から外は見えなくなるけど、その分静かだから、ゆっくり休めると思うよ。なんなら、寝ててもいいし」


 馬車がゆっくり乗れる乗り物ではないのは、すでに体感済みだ。

 半信半疑な気持ちで頷くと、ルイは私の不安を取り除くように頭を撫でた。


「王都に着いたら、ライアット殿下が出迎えてくださる。俺が行くまで、殿下のもとで待っていて。それじゃ、また後で」

「ル、ルイ!」


 最後に気になる言葉を残してルイは降りて行った。


「マジで、やんの? ホント、過保護だねー」


 アルヴァンの声が聞こえて、窓から外を覗いたけれど、窓はすぐに真っ白になって外は見えなくなった。


(ライアット殿下って、ライアン王子のお兄さんだよね。ってことは、王太子じゃん)


 またまた上の王族の登場に、頭が痛くなりそうになった。

 自分が、その末端に連なる立場に置かれているとしても、私はやっぱり一般人だし、戻るならマレージア妃のとこだとばかり思っていたから、緊張しかない。


「ゆっくりしろって言われても、そんなこと聞いたら、できないじゃんっ」


 思わず、声が出た。

 その声が、馬車の中に響いた。

 意識して、あー、と言ってみると声が反響した。

 ルイは魔法をかけると言っていた。

 それが、どんな魔法かわからないけど、この馬車は密閉空間になってるみたいだった。

 窓は白くて外は見えないし、馬車の動く振動も感じない。

 動いているのか止まっているのかも分からなくて、耳をそばだててみても全く音がしない。


「はぁ」


 気が抜けて、ばたっと席に打っ伏した。

 今の不思議な状況や気がついたら外にいたこと、森の中で死にそうになったことなどなど、気になることはいろいろあるけど、頭がまわらない。

 怒涛のように、いろんなことが起きすぎて本っ当に疲れた。

 ただ頭に浮かぶのは、ルイの笑顔だけ。


(ナニやってんだろ、私)


 ルイの気持ちを疑わないって思っていながら、やってることは、疑ってる人のそれじゃん。

 ルイの本心を知りたいと思いながら、粗探しして1人で不安になって、そのくせ、顔を見たらドキドキするなんて、意味不明すぎる。

 あんなに真っ直ぐに思いを伝えてくれているのに、それが嘘なはずない。

 気持ちを聞けるような状況じゃなかったけど、きっと聞いたら、ちゃんと答えてくれると思う。

 ルイは、そういう人だ。

 ルイにことかいて、バカなのは、私だ。

 そう、問題なのは、私の方。


「好きなのに、一緒にいたいと思うのに、不安を消せないよ。だって、私は1人だもん」


 自問の言葉は、静寂な空間に反響して消えた。

 時間が止まってしまったような馬車の中。

 瞼を閉じると、そのまま意識が落ちてしまった。





【七海が出発した後のこぼれ話・・・】


「七海は、行った?」


 森の奥の探索から戻ってくると、丁度馬車が出発したところだった。


「マティリス、おつかれさん。ほら、今、出たとこだよ」


 両手を腰にあてて立っていたアルヴァンが、振り返り顎をしゃくった。


「わっ、なんだ、アレ」

「スゲーだろ」


 アルヴァンは可笑しそうに笑った。

 走り去っていく馬車には魔法陣がたくさん張り付けられている。


「あれはワザとなの?ぜんぜん隠せてないけど」

「んー、あれでも、隠した方なんだけどねー」

「あれで?」

「見えないように消してる尻から、ルイスがあれこれ追加してくるんだよ。あれでも、減らした方なんだぜ。ナッちゃんが、拉致られたらダメだ、って、もう必死のなんのって。殿下も仰ってたけど、恋をすると、人ってあーも変わるもんかねー」


 同化魔法の使い手、アルヴァンが右肩をくるくると回しながら話すのを、俺は焦る思いで聞いていた。


(ヤバいな・・・)


 今回の騒動の発端は、俺だ。

 俺が別のルートで移動していたら、七海がこんな所まで連れて来られることはなかったはずだ。

 アルド達に遭遇したとしても、七海を医務室に届けた後なら、また別の展開になっていただろう。

 副隊長には、もちろん、謝るつもりでいたが、まだ謝れていない。


 アルヴァンが、急に思い出したように笑い出した。


「さっきもさ、森の中を通って戻って来たんだぜ、アイツ。ナッちゃんに、男達の死体を見せないためみたいだったけど。んなの、パッと見、分かるわけないのにさ」


 副隊長が七海を見る、あの熱い眼差しを思い出して、背筋がヒヤリとした。

 気になる事は、すぐ解消だ。

 謝ろう、今すぐ!


「副隊長は?」

「あー、見送り兼、最終確認しに行ったよ」

「は?」

「一番の必殺技が起動するか、もっかい確認するって言って。ホント、いろいろ付け過ぎなんだよなー」


 楽しそうにアルヴァンが笑った。


「そんなに?」

「まず、馬車に触ったら一瞬であの山の向こうくらいは吹っ飛ばされると思うよ。その次はトラップ用の落とし穴に引きずり込まれて、その次は電気ショックかな」

「ずいぶんと、古典的だな」

「やたらと技巧を凝らすより、単純なヤツで畳みかける方が面白、効率がいいって、俺が言ったんだ」

「・・・なるほど」

「んで、次が、」

「まだあるのか?」

「あぁ。銃弾の雨が降ったり、凍ったり、それから、槍で串刺しっていうのもあって、」


 信じられない。

 それほどとは思っていなかった。

 副隊長はめちゃくちゃ本気じゃないか!

 隣で、すごく楽しそうに話しているアルヴァンは、もはや面白がっているしか見えない。


「んで、最後がルイスの夢の時間旅行だよ」


 決め台詞のように、得意げにアルヴァンが言った。

 言葉だけを聞けば、すごくいい響きだけれど、意味を知っている俺としては死刑宣告のように聞こえて、生唾を飲んだ。


「ルイスがさぁ、七海を傷つける奴には死を、なーんて言って、念入りに仕掛けてた」

「ッ!」


 息が詰まるかと思った。


「どんな夢を見るかはお楽しみだけど、ククッ、無限ループだから永遠に戻って来れないと思うよ」


 夢の時間旅行は、副隊長お得意の時間魔法で対象の人間の意識を夢の中へ誘い込み、悪夢を見せる。

 自白用に使われる魔法だが、無限ループということは、死ぬまで苦痛が続くというわけだ。

 ヤバい、マジでヤバい!


「お、ルイスー」


 アルヴァンが、こちらに歩いてくる副隊長に声をかけた。

 見ると、バチッと目が合った。


「副隊長、この度は大変申し訳ございませんでした」


 走りより、直立不動から直角を通り越して、180度になるくらい頭を下げた。


「えっ、なになに?どーした?」


 アルヴァンの驚きの言葉を他所に、俺はひたすら頭を下げ続けた。


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