午後のエトランジェ03
急な展開にあたふたしていると、階段を駆け上ってきたらしいレイとシュラとリキが開け放っていた扉の付近に現れた。早い! 早すぎるよあなたたち!
「あ、えっと、久しぶり?」
首を傾げつつ言ってみると、かすかな頷きが返ってきた。その態度には、いくばくかのためらいとか戸惑いとか、そういうものが混じっていた。それが、なおさら私の胸をぎりぎりと締め付ける。
ごめん、ごめんなさい。あなたたちの望む私でいられなくて。
「なぜ、黙っていた」シュラが勢い込んだように言う。
「ごめんね、ちょっとびっくりさせたくて」胸のうちを押し隠し、にっこり笑って私は言う。
「そうか。おかえり」
柔らかく笑んだレイがそう言って、私は「ただいま」と答えた。
そうして私はぎこちないながらも、再び彼らの生活に混入したのだった。
「オウリンーふかふかー」
きゃーと小さく歓声を上げて、私は白い獣に抱きついた。床に転げてオウリンと戯れる私を、シュラとリキはソファーからつまらなさそうに見ている。
「そいつとはそんなに遊んでいるのに」
「なぜ私たちには他人行儀なんだ」
「いや、同じにはできないでしょ」私は苦笑して返す。
「なぜだ」
「なぜだ」
私は頭を抱えたくなった。どうも、この魔人たち、人とは感覚が違いすぎるような気がする。中学生の頃ならいざ知らず、いい歳して抱きついたり甘えたりできるかどうか、いっぺん考えてほしいと思う。私の目からはレイは二十代半ば、シュラとリキは三十路すぎぐらいに見える。シュラとリキを恋愛対象外だと切り捨て宣言をした、当時の私を呪ってやりたい。
「あっ、そうだー、今日は私が紅茶入れてあげるよ!」
私は思いっきり話を逸らして立ち上がった。いい具合にポット内で茶葉が蒸れた紅茶を注いで、はいはいとお給仕をしていると、二人は感慨深げに溜息をついた。
「そういうこと、できるようになったんだなあ」
「前は、してもらうがままだったスモモがな」
ちょっと恥ずかしくなって、私は顔を赤くした。
「いつまでも子供だと思わないでよ、もう大人だし。だいたい、あっちの世界でもこういうことちゃんとやってたし!」
勢い込んで反論すると、二人は黙ってしまった。
「また、あちらの世界の話をするんだな」
「……帰りたいのか?」
そうしてまた、二人との間に溝ができる。
どうしたら、どうしたらいいのかなあ、私は。
バルコニーで、私は夜風に吹かれていた。夜が寒ければ寒いほど、夜風が冷たければ冷たいほど、それに当たっていたかった。どうしたらいいのかわからなかった。
「スモモ」
一人で隅っこに座っていたら、隣の部屋からレイがやってきた。そりゃそうだ、いくら灯りを消していたって、窓全開でカーテンがばたばた狂ったように舞っていたら気になるに決まっている。
私は、どこかでレイが来ることをわかっていた。無意識にわざとそんな素振りをして、彼に甘えているのだ。それが、私にできる精一杯の譲歩の、甘え、だった。もっとオープンに、話を聞いてほしいって、飛び込んでいけたあのころの私はどこに行ったのだろう。
「星が、星がね、あっちの世界で見える星と同じかなあ、と思って」
「そうか」
私の妙な台詞に頷いて、レイは私の隣にゆっくりと腰を下ろした。
「……レイは、なんにも言わないんだね」私は、安堵とその正反対の気分で息を吐いた。「あっちの世界、思い出すよ、懐かしいよ。当たり前でしょ。私、みんなに言ったもの、こっちの世界を逃げ場所にしないって。だから私は、あの世界を、全力で愛したんだよ」
「ああ」
「みんなが、私と感覚が違うってことはわかってるんだけど。だから、怒ってるわけじゃないんだけど」
「そうだな。おれたちは待つことに慣れていない」
「え?」
――なに、なんだって?
「待って、待ちくたびれて、スモモが帰ってきたのに、また行ってしまいやしないかと勝手に焦っている。おまえの心が離れていきやしないかと勝手に気を揉んでいる」そうしてレイは、静かに、言葉を重ねた。「おれたちは、ある程度まで成長すると、体内時間を制御できるようになる。何百年も、何千年も生きることも可能だ。その分、時間の感じ方は緩慢になるが。だから、五年の歳月など、おれたちにとっては一瞬の月日に過ぎない」
私はぱちくりと瞬きをした。それは、確かに、感覚が違いすぎる。
「だが、シュラとリキがな、それは不公平だと。おまえが待つだけと同じ歳月をおれたちも待たなければと、スモモと同じ歳月を分かち合わなければならない、と。そう言ってな、だからやめた」
「やめたって……」
では彼らは捨てたのだ。私のために、何百年、何千年もの生を。
そして私は、声を殺して泣いた。恥ずかしさと嬉しさと切なさが募って、吸い込む空気が冷たくて、胸の奥がひりひりと痛んだ。
――私は、ひとりだけ大人になったつもりで、いい気になっていた。ひとりで不幸を引き受けたような顔をして、悦に入っていたのだ。
私が変わってしまったからといって、互いの想いが消えてなくなるわけじゃないのに。
私がひとしきり泣いてしまうまで、レイは黙って待っていた。
「スモモ」
染み入るような声で呼ばれて、私は顔を上げた。銀の髪が、夜空に映えて月の光のようだった。
「あのころのおまえは、自分のことで泣いてばかりいた。おれたちのために泣くようになったのが大人になるということなら、おれはスモモが大人になったことを嬉しく思う」
「うん、ありがとう……」
レイが少し近づいて、私の両肩に手を触れる。
額に、柔らかくてあまい感触がした。
「シュラっ! リキー!」
夜中なのに大声を上げてリキの部屋に飛び込むと、隣の部屋から慌ててシュラがやってきて、ちゃんと私の相手をしてくれた。
床にべったりと座り込んでしまった私に合わせて、二人ともが屈み込む。私は左手にシュラの指を、右手にリキの指を、両手に抱え込んで痛くなるほどにぎゅっと握り締めた。
「どうしたスモモ」
「顔が赤いぞ、具合でも悪いのか」
よほど私がすごい形相でもしていたのか、二人は本気で心配してくれた。
「ちょっと、レイ、レイが……!」
「陛下が」
「どうした」
「お、おでこにちゅーされた……! なんなのあれ、挨拶? 挨拶なの!? にーさんらの感覚がわかんない……!!」
どういう、どういう反応を返したらいいんですか。
焦ったようにまくしたてる私に、二人はきょとんとした反応を返す。本当に、人間と感覚違いすぎるんじゃないのかこの人たち。その証拠に、
「なんだ、口付けが欲しいのか」とシュラ。
「違っ……!」と言ってる間に、ほっぺにちゅーされた。やめろ。やめれやめてくれ。
「どうした、泣いたのか」とリキはご丁寧に涙の跡の残る目尻に口付ける。
「ちょっと!」
おかしい! あなたたちの感覚はぜったいにおかしい!
――この人たちは実に私に甘い。べった甘だ。やっと腕の中に飛び込んできた私を、構ってやれるのが嬉しくて仕方がないらしい。
そんなわけで、あっさりと仲直りできたのはいいんだけれど、過保護なシュラとリキが、私を働かせてくれないのには難儀する。
だから、私は求職中なんだってば。
誰か、私に仕事をください。




