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すももドロップス01



 窓の外、木枯らしが吹く中、あたしは学校の図書館でまどろんでいた。中学校生活も残り少なくなっている。やだな、と思った。卒業したら働かなくてはならない。早く、早く独り立ちしなきゃ。

 まどろみの力が急に強くなる。あたしは、どこかに引きずり込まれるかのように、すとん、と眠りに落ちた。



 うつらうつらとぼんやりした覚醒が訪れた。なんだか、堅い床の上に寝ているようだ。頬っぺたがひんやりとしている。のろのろと体を起こすと、目の前に一つ目の小鬼のようなものが群がっている。

 夢ですか。

 子鬼たちはあたしの後ろにさささと隠れた。小鬼が走ったあとから、床の模様が乱れていく。よくよく見ると、魔法陣のようだった。

 どうやら、この魔法陣であたしは呼び出されたらしい。

 小鬼の様子を不思議に思って前を見ると、二人の男性が驚いたような顔をしていた。予定外、というような顔だ。

 ああ、どうも間違えて呼ばれたみたいだな。小鬼が魔法陣をいじっちゃったんだな、きっと。

 その証拠に、手前にいる男の人――薄水色の髪を胸まで伸ばした、たおやかそうなにーさん――の目つきが鋭くなった。静かに怒っているようだ。空気が怖い。

 もう一人の男の人――赤い髪でガタイの良い、ますらをなにーさん――も困ったような顔をしている。

 "たおやか"にーさんと"ますらを"にーさん。まるで、導師と剣士みたいだ。あたし、なんでこんなに落ち着いてるんだろう。きっと、まだ脳が現実に追いついてないんだ、うん。

 しかし、にーさんらがしゃべりだすと、あたしは少なからず動揺してしまった。

 普通、異世界に召喚された少年少女は、勇者だったり救世主だったりするもんじゃないのか。

 ――なのになんで言葉がわからないの!?

 パニックになったあたしに、"たおやか"にーさんが音もなく近寄った。シャン、と響くような金属音がした。

 見ると、抜かれた剣の切っ先があたしに向けられている。

 あまりに現実感が湧かない所為か、剣に対する恐怖はあまり感じなかった。それよりも、真っ直ぐ向けられた敵意に、息が苦しくなる。じわじわと涙が込み上げてきて、目の前がぼやける。あ、駄目だ。

「うわあぁーん!」

 あたしは大声で泣き出してしまった。にーさんらはあからさまにぎょっとする。止めなきゃ止めなきゃ、と思っても涙は止まらない。ひくひくとしゃくりあげ、また大声をあげてしまう。

 しまった、あたし、ずっと泣きたかったんだ。いまのがきっかけで、涙の堤防が壊れてしまった。これはきっと、とことん泣くまで止まらない。

 "たおやか"にーさんは戸惑ったようにあたしの前で片膝をつく。大きな手が、躊躇ためらいがちにぽんぽんとあたしの頭を撫ぜた。

 あたしは思わずにーさんにしがみついた。にーさんは、緊張したかのようにぎくりと身を固くする。あたしは構わず、しがみついたまま泣きじゃくった。

 だって、懐かしかったから。

 そんなことをしてもらったのは、もう記憶も薄れるぐらい幼い頃だけだ。

 あたしは、優しさに飢えていた。



 目覚めると、あたしはベッドに横たわっていた。どうやら、泣き疲れて眠ってしまったらしい。どうしたんだあたし。身体の機能が壊れてしまったみたいだ。

 あたしは薄手の白いドレスを着ていた。誰が着替えさせたんだろう。少なくともにーさんらではないだろう。女子中学生の着替えをして喜ぶようには見えなかったもんな。

 身を起こすと、さっき見た一つ目の小鬼たちがわらわら集まってきた。結構人懐っこい。もしかして、責任感じたりとかしてるんだろうか。

 小鬼たちはクローゼットを開けて、ドレスを持ってきた。クローゼットには他にもドレスがぎっしり詰まっている。調度品を見ても、どうもこの部屋は誰か女の子のためのもののようだった。

 あたしは小鬼のくれた黄色いドレスを着ることにする。少々子供っぽい色だが、あたしは背も低いしお世辞にも大人っぽいとは言えないから、似合わないってことはないだろう。デザインは割と綺麗だし。

 あたしの着ている白いドレスは、どうやら着物でいう襦袢のようなものらしい。小鬼たちは着替えを手伝ってくれた。この分じゃ、制服から着替えさせたのも小鬼たちだったのかもしれない。

「ありがとね」

 あたしはお礼を言った。でも小鬼たちには伝わらないらしい。言葉が違うんだもんなあ。そうは言ってもどうしよう。

 思いきって、あたしはにひゃっと笑ってみせた。

 すると、向こうからも笑顔が返ってきた。ふふふ、とあたしは笑みを洩らした。今度は自然に笑えた。

 そこで、あたしは急に思い出した。

 ――ドロップス。

 あたしは畳んである制服を広げて、ポケットを手で探った。そこにはちゃんと、昨日買ったばかりのすももドロップスの缶が入っていた。近所の駄菓子屋さんにしか売っていない、あたしのお気に入りだ。

 あたしは上原うえはらすもも。お父さんはもとよりいない。お母さんはあたしが産まれたときに亡くなったと聞いた。だから、あたしが親からもらったのはこの名前だけだ。

 あたしは伯母さんの家に厄介になっていた。でも、あたしはそこの家の子供になることは出来なかった。決して、虐待を受けたとかそんなんじゃない。でも、従兄弟達との間にははっきりとした線引きがなされていた。絶対に埋まらない、深い溝があった。つまり、あたしは親のないまま育ったのだ。

 すももドロップスはあたしの元気の素だった。すっぱさの中にある、ほんのりとした甘さ。あたしの人生だってすっぱいばかりじゃないはずだ。きっと、甘い部分だってある。ドロップスは、それを信じるためのお守りだった。

 ドロップを缶の中から取り出して、ひとつ舐めた。ふと思って、小鬼にもひとつあげてみた。全員にあげたらなくなっちゃうかなあ、と思ったら、どうもまわし舐めしているようだ。まあいいか。



 カチリとドアが鳴った。すーっと音もなく開いて、"ますらを"にーさんが顔を出した。にーさんはあたしを見て、ちょっとびっくりした顔をした。まだ寝ているのかと思ったんだろう。

「――――」

 にーさんはなにかを言ったが、やっぱり理解できない。たぶん、起きたのか、とか、大丈夫か、とか言っているのだろう。

「大丈夫」とあたしは答えた。

 にーさんはそこでやっと、言葉が通じないことに気がついたらしい。困ったような、申し訳なさそうな顔をした。

「どーせあたしの言葉だって通じてないんだ。気にすんな」

 あたしはわざと乱暴に言ってみた。相手は気分を害した様子もない。当たり前だ。通じないんだから。それがなんだかおかしくて、あたしはくふふっと笑った。

 にーさんはベッドに腰掛けているあたしの傍までやってきて、すっと片膝を折った。"たおやか"にーさんといい、"ますらを"にーさんといい、こういう所作が良く似合う。やっぱりここは剣と魔法の世界なのかな。

 にーさんはなにかを言いながら、あたしの髪に指先でそっと触れた。肩まである黒髪に、くるくると指を絡ませてみたりもする。

「黒い髪って珍しいの?」あたしは首を傾げる。

 こういう世界って、黒髪黒い瞳って珍しいのかもしれない。そしてそういう少女は"闇の巫女姫"とか"魔の娘"とか呼ばれたりすると相場が決まっている。この世界もそうなのかもしれない。あたしはこの世界でも忌むべき存在なのかもしれない。だから、"たおやか"にーさんは怒ったんだろうか。

 気づくと、あたしはまたぼろぼろと涙をこぼしていた。愚痴すらもこぼせないというのは思ったよりも辛い。にーさんはそんなあたしを黙って見ていたが、そっと背に触れた。

 にーさんは優しい瞳をしていた。あたしは、今度は"ますらを"にーさんにすがり付いて泣いた。その間、にーさんはゆっくりと、あたしの背中を撫でていた。

 あたしはされるがままになっていた。

 ふむ、"たおやか"にーさんよりは女子供の扱いにたけているのかもしれない。

 そんなことを思いながら。



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