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7-4

 原稿が1/3ほど進んだあたりで、大きく伸びをした。腕を思いっきり天井に伸ばすと、血が心臓に集まって、手先がじわじわと痺れた。


「お疲れ様」

 

 声が聞こえた方をみると、黒板の前の席に座っていた瀬戸君が頬杖をついてこちらを見ていた。いつから見ていたんだろう。そう考えると、胸の辺りがそわそわしだした。


「瀬戸君も、残っていたんだね」

「そ。当日の展示の配置考えててさ。なるべく色んな所見て欲しいじゃん?それでどうしよっかなーって」

「確かに。本だけじゃなくて、自習スペースとか色々あるもんね」


 黒板には話し合った時のメモだろうか。展示する作品の名前が書かれていたり、二重線が引かれていた。

 作業に集中していて気づかなかったが、ほかの人たちは帰ったようだ。部屋の隅に置いて合った鞄の数は二つに減っていた。ケーキを渡すなら、今かもしれない。


「あのさ、瀬戸君って、今忙しい?」

「んーん、大丈夫」

「ちょっと待ってて!」


 急いで司書室に向かって戻ると、瀬戸君は変わらず机の上で作業をしていた。レジ袋に入れたケーキを背中で隠して、教室に入る。そういえば、瀬戸君はそもそも甘いものは好きなのか。味の好みを全く知らない事に気づいて、途端に不安になった。


「…….瀬戸君」


 瀬戸君が座っている席の正面に立つ。座ったままの瀬戸君は、私を見上げた。瀬戸君の色素が薄い目が、西陽でさらに透き通っていた。どくん、どくんと心臓の音が大きくなっていく。


「瀬戸君、誕生日おめでとう」


ケーキが入った袋を、瀬戸君に差し出す。がさっとビニールの音が響いた。


「今日偶然知ったから、大したものじゃないんだけど。ケーキ買ってきたの」

「……あ、まじで」


 いつも飄々した様子の瀬戸君が、動揺していた。片手で顔を覆っているが、髪の隙間から見えた耳が、少し赤く染まっていた。


「早見さん、ありがとう」


 その言葉を聞いて、じわじわと心が温かくなった。勇気を出して良かった。


「ケーキ、2つ買ってきたんだ。瀬戸くんと一緒に食べようと思って。どっちが良い?」

「じゃあ、チョコレートのほう」

「はい」


袋の中からチョコレートのケーキを取り出して机に置く。私は瀬戸君の後ろの席に座って、もう一つのケーキを取り出した。


「美味かった〜。ご馳走様」

「コンビニのやつだけど、美味しくて良かった」


 レジ袋に空の容器を入れて袋の紐を縛った。


「ーー実はさ」


 珍しく、瀬戸君は言葉を口にするのを迷っていた。前髪が、顔に影を落としている。


「俺、誕生日にケーキ、食べたことなかったんだ」


 ひとつひとつ言葉を選ぶように、慎重に瀬戸君は話す。甘いものが苦手だからとか、そういう理由でないことは口振りですぐに理解できた。


「だから本当に今、すげー嬉しい。早見さん、今日はありがとう」


 瀬戸君は笑って言った。笑っているけど、ぷつんと糸が切れたら泣いてしまうそうな、笑顔だった。


「……私も、瀬戸君のお祝いできて、良かったよ」


 瀬戸君の目が、光を集めて反射した。なぜか私は泣きそうになった。その目を、その声を私は一生忘れないだろう。片隅の奥でも良いから、瀬戸君の頭の中にもずっとこの日を覚えていて欲しい。


「ーーあのさ、誕生日のわがまま言っても良い?」

「わがまま?」

「うん」


さっきの憂いを帯びた雰囲気から一転して、瀬戸君はいつもの調子を戻した。


「文化祭の後、何か約束してる?」

「約束……?特にしてないよ」

 文化祭が終わった後は、後夜祭がある。後夜祭で出し物をするのが見せ場の人も中にはいたりするのだ。

 いや、俺ダサいな。と瀬戸君が独り言を言う。


「早見さん」

瀬戸君が私の名前を呼ぶ。どうしてそれだけで、心臓がうるさくなるんだろう。


「文化祭終わったら、俺と一緒に過ごさない?」

「それは……例えば、美術部の川口さんとか「違うよ」

 この展示の打ち上げとして?、言い訳のように並べた言葉は遮られた。


「早見さんと、二人で過ごしたい」


 曇りなく、まっすぐと視線が混じる。その目に吸い込まれるように、私は頷いた。


「私も。瀬戸くんと一緒にいられたら良いなって」


 そう伝えると、瀬戸君は安心したように笑みを浮かべた。

口にした言葉は本心だ。いつの間にか私は、瀬戸君と一分でも一秒でも長く、隣にいたいと望んでいる。


「文化祭、楽しみだな」


 そう言った瀬戸君は、晴れやかな顔をしている。さっきまでの悲しさの面影はなかった。

……こんな風に、瀬戸君が少しでも笑える事が増えますように。瀬戸君の17歳が、悲しことは少なく、幸せで溢れた一年であってほしい。そう願った。






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