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④皆神山

 巨大な空洞。

 そこに、宮殿のような建造物と最先端の研究施設が並んでいる。

「……これは」

 三浦の言葉が途切れる。


 美弥子が振り返る。

「戦時中、ここに陛下の避難施設が造られていたのは知っていますよね」

「ああ……だが、これは」

「戦後、一度は放棄された。でも、終わってはいなかったの」

 彼女は施設の奥を指した。

「日本のトップレベルの研究者が集められて、再構築された。ここはその中枢よ」

 案内された建物の前で、扉が静かに開く。

「ようこそ。お待ちしておりました」

 現れたのは、予想外の人物だった。


 高見首相。


 三浦は一瞬、言葉を失う。

「えっ……」

 高見はわずかに微笑む。

「表に出る必要がない時期もあるのです」


 三浦は問いを発することさえ忘れていた。

 この施設そのものが、国家の表に出ない部分を担っている。

「楢崎元総理から話は聞いています。あなた方のことも」

 三浦と視線が合う。

「熊野にも行かれたそうですね」

「あ、はい」

 高見は軽く頷いた。

「今も機密のままよ。ただ――ここが緊急時に陛下の避難所になる、その役割自体は昔と変わっていないわ」

 静かな声だった。

「違うのは、その中身よ。いまはAIの研究施設と、防衛用の兵器開発拠点も併設されている。状況次第では、シェルターにも要塞にもなる構造になっているの」

 三浦は黙って聞いている。

「そして、この基地の復興そのものが、熊野の神託に基づいて進められてきた計画でもあるの」

 わずかに間を置く。

「数十年前から、皆神山の地下は段階的に掘削されてきたわ。その時代ごとの最新設備――コンピューターに限らず、解析装置、制御系、通信機器に至るまで、すべてを搬入してきた」

「……ずいぶん大掛かりだな」

「ええ。でも問題があったの。技術の進歩が速すぎる。導入した機器は、すぐに旧式化してしまう」

 高見は淡々と続ける。

「だから最初から、全面的な更新を前提に設計したわ。特定の装置だけじゃない。基地を構成するあらゆる機器を、常に入れ替え可能にしてある」

「どうやって?」

「都心から地下鉄を引いたの。」

三浦が顔を上げる。

「……地下鉄?」

「ええ。表には出ていないルートよ。ほとんど使われていない、あるいは存在自体が曖昧な路線があるでしょう」

 高見の視線がわずかに鋭くなる。

「世間では都市伝説扱いだけれど――あれの一部は、この基地の維持と更新のために存在しているの」

空気がわずかに張り詰める。


「今回あなたに来てもらったのは――」

「まずウクライナで一人の人物を救出し、日本へ亡命させていただきたいのです。」

 高見が手元の端末を操作すると、前方のモニターに女性の映像が浮かび上がる。

「シーラ中村。彼女は都市復興の専門家です。」

知的な顔立ち。冷静な目。

 その奥に、張り詰めた緊張がある。

「彼女は現地で、ウクライナ政府内部の資金横流しを指摘したために追われる羽目になりました。」

映像が切り替わる。

 資金の流れ、関係者の名前、構造。

「小さな不正ではありません。戦争の構造そのものに関わる規模です」

三浦は腕を組む。

「それで、追われていると」

「ええ。拘束寸前です。捕まれば、おそらく殺されます」

沈黙が落ちる。

「なぜ日本が」

「表向きは関与しません。ですが――能登をはじめとした日本の復興に必要な人材なのです。」

高見の声がわずかに低くなる。

「彼女は日本で我々の活動に協力することを条件に、亡命することになっています」

失敗すれば終わり。成功しても記録には残らない。

三浦は短く息を吐いた。

「成功する確率は?」

高見は一瞬、言葉を切る。

「――高くはありません。普通にやれば、まずうまくいかない」

三浦は黙って続きを待つ。

「ただし今回は例外です」

「例外?」

「ええ」

わずかな間。

「熊野が、あなたを推薦した。――それによって、成功の可能性は一挙に高まっています。」

空気が変わる。

「……推薦?」

「はい、熊野の神託があなた方を指名したんです。」

「なぜ?俺なんかを?」

「正直私にもわかりません。でも、神託はこれまでも私たちの活動の指針になっていました。それゆえその神託にかけてみることにしました。」

意味は完全にはわからない。

だが、軽い言葉ではなかった。

三浦はしばらく黙っていた。

やがて、ゆっくりと口を開く。

「断ったらどうなります?」

「別の手を考えます。ただし――」

高見ははっきりと言った。

「ほかの者がやっても成功は難しいでしょう。なんらかの邪魔が入る可能性が高い。」

迷いの余地はなかった。

三浦は目を閉じる。

 熊野の夜。あの感覚が、まだ残っている。

 目を開く。

「……わかった」

 短い返答だった。

 高見は静かに頷く。

「詳細は端末に送ります。出発は四十八時間以内です」

「早いな」

「時間がないのです」

すでに追跡は始まっている。

「現地での判断は、すべてあなたに委ねます」

三浦は小さく笑った。

「ずいぶんと信用されたものだな」

高見もわずかに微笑む。


「……出発時間までに簡単ではありますが基地の説明をします。こちらへ。」

 彼女はそう言って立ち上がる。

 三浦と美弥子は無言で後に続いた。

 通路は広く、無機質な光に満たされている。

 だが奥へ進むほど、ただの施設ではないことがわかってくる。

 強化ガラスの向こうで、無人のアームが精密機器を組み上げている。

 別の区画では、ホログラム上に都市の構造が展開され、リアルタイムで変化していた。

「ここは研究と運用が一体化しているの」

 高見が歩きながら言う。

「開発したものは、その場で実証される。机上の理論では終わらせない」

三浦は黙って見ていた。

「……全部、ここでやっているのか」

「ええ。AI、都市制御、防衛システム。すべて連動している」

一つの扉の前で足が止まる。

「そして――復興も、その一つよ」

三浦がわずかに目を細めた。

「復興、か」

「あなたが行く先の話になるわ」

高見は振り返る。

「外国人の受け入れが厳しい中で、ウクライナ人に復興を任せることに問題はないのか――そう思っているでしょう」

図星だった。

三浦はわずかに肩をすくめる。

「まあな。国内でも反発は出ます。」

高見は小さく息をついた。

「ナショナリストとグローバリストを分けて、どちらを取るか――そんな発想はね、政治的には小学生の議論よ」

静かな声だったが、切れ味があった。

「首相としてやるべきことは一つ。この国を内側から固めながら、同時に外へ展開していくこと。」

わずかに間を置く。

「要は、順序なの」

三浦は何も言わない。

「その鍵になるのが、シーラよ」

再び歩き出す。

 次の区画では、立体的な都市モデルが浮かび上がっていた。崩壊した街並みが、瞬時に再構築されていく。

「彼女の父親は、中村耕三という都市計画の第一人者だった」

三浦が顔を上げる。

「……日本人か」

「ええ。そして――ここ皆神山プロジェクトの一員でもあった。彼は建築設計としてもスペシャリストで皆神山を作り直したのも彼よ」

その一言で、空気がわずかに変わる。

「彼はヨーロッパをまわって、ヨーロッパの建築物を見て回っているうちに、知り合った女性と結婚してシーラが生まれた。中村は自分の持っている知識をすべて彼女に叩き込んだ。日本古代の建築法から、都市構造の原理まで」

「……子供にか」

「ええ。例外的な天才教育よ、シーラはIQが推定180あると言われている。」

高見は淡々と続ける。

「その上で、マサチューセッツ工科大学に留学させた。現代都市工学、データ解析、インフラ設計――あらゆる分野を学ばせたの」

ホログラムの都市が、戦災から復興していく。

「つまり彼女は――」

三浦が低く言う。

「伝統と最先端、両方を持っている」

「その通りよ」

高見は頷いた。

「だから必要なの。単なる技術者ではない。都市を再生する構造そのものを理解している人間が」


「……しかし今のウクライナに入るのは入れたとしても出るのが難しいな」

「ええ」

高見は即答した。

「できる限り準備とサポートはするわ。別班・・今はこう言わないんだけれども、自衛隊の手もかりて脱出ルートを確保している。」

視線がぶつかる。

「準備が整い次第、出発してもらうわ。ここから先は時間との勝負になる」

三浦は軽く息を吐いた。

「了解した」

それ以上の言葉はなかった。

遠くで、重い扉が開く音がする。

地上へ――そして戦場へと続く道だった。

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