表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/19

プロローグ 中等部の頃

今日は好きな絵を描く気にもなれない。


ロマはベッドに寝転がり、携帯端末の画面をぼんやりとスクロールしていた。

部屋は薄暗く、カーテンの隙間から差し込む街灯の光が、壁にぼんやりとした影を投げかけている。

机の上にはスケッチブックと色鉛筆が散乱している。

普段なら手が勝手に動いて何かしら描き始めているはずなのに、今日はその気力すら湧いてこない。

クラスメイトたちの冷たい視線や、くすくすと笑い合う声が頭の中でぐるぐる再生されている。


「はぁ……もうやだ」ロマは小さく呟き、ため息をついた。

学校での孤立は、半年前にクラスメイトの女子からの告白を断った日から始まった。

あの時、ロマはただ「友達でいたい」と正直に答えただけだった。

彼女は笑顔で「うん、わかった」と頷いたのに、その日から周囲の空気が変わった。

女子グループの会話が途切れ、ロマが通り過ぎるとヒソヒソ声が聞こえてくる。

男子の一部も距離を置くようになり、教室はまるでロマを透明人間扱いする空間と化した。

精神攻撃……直接的な暴力や悪口ではない。

ただ、存在を無視される。

それがこんなにも心を削るなんて、想像もしていなかった。

そして今日はお気に入りの白猫のペンケースが無くなった。

肉球のチャームがついていて可愛いかったのに……!

本当にやめてほしい。

ロマは端末で動画を適当に見ながら怒りと悲しみを紛らわせていた。

端末で適当に動画を漁っていると、関連動画のサムネイルに目が留まった。

『ライブペイント!夏の夕焼け』

投稿者は「キール」という名前。


サムネイルには、キャンバスに鮮やかなオレンジ、桃色、紫、水色、紺色のグラデーションが広がる夕焼けの絵が映っていた。

ロマは少し興味を引かれ、再生ボタンをタップした。

キールはロマと同じくらいの年齢の子っぽかった。

動画が始まると、画面にはキャンバスと絵筆を持つ手が映し出された。

背景には穏やかなBGMが流れ、キールの手元がリズミカルに動く。深紅の長髪がゆるく束ねられ、絵筆の動きに合わせて軽やかに揺れる。

ロマは思わず画面に引き込まれた。

空は燃えるようなオレンジから深い紫へとグラデーションを素早く描いていく。

雲はもくもくとした立体感で、まるでそこに浮かんでいるかのようだった。

光と影のコントラストが絶妙で、雲の縁に反射する夕陽の輝きは、まるで本物の空を見ているような錯覚を起こさせた。


「すごい……」ロマは呟いた。

キールの筆使いは大胆かつ繊細で、絵の具を重ねるたびにキャンバスに命が吹き込まれていく。

キールの手元が映った画角になると、細い指が絵筆を握り、時折キャンバスから離れて色を混ぜる様子が見えた。

後ろ姿しか映らないため、性別はわからなかった。

華奢な体格と、ゆったりした白いシャツから覗く手首の細さから、なんとなく中性的な雰囲気を感じた。

ロマと同じくらいの年齢なのに、この実力。

尊敬の念が湧き、同時にどこか親近感も感じた。


動画の最後で、キールがキャンバスをカメラに近づけ、完成した夕焼けの絵を見せる。

画面いっぱいに広がる色彩に、ロマは息をのんだ。

「キール、か…」名前が気になり、調べてみると、白ワインと黒スグリのリキュールを使ったカクテル「キール」が由来だとわかった。

「おしゃれだな…大人っぽい」と、ロマは少し笑った。

キールのチャンネルを見ると、なんとこのライブペイント動画が初投稿だった。

「やった!チャンネル登録、俺が一人目じゃん!」

ロマは興奮気味に登録ボタンを押し、小さな優越感に満たされた。

その夜、ロマはスケッチブックを開いた。

キールの動画に刺激され、心のどこかでくすぶっていた創作の火が再び灯った。

白猫のペンケースを失った悲しみや、クラスメイトの冷たい態度への怒りはまだ消えない。

キールの絵を見ていると「自分も何かできるんじゃないか」と思えた。

ロマは色鉛筆を手に取り、夕焼けの雲を真似て描き始めた。まだ下手くそで、キールのような立体感は出せなかったけど、描いている間だけは心が軽くなった。


それからというもの、ロマはキールのライブペイント動画が心の支えになっていた。

キールは定期的に動画を投稿し、毎回違うテーマで絵を描いた。

夕暮れの海辺、雨上がりの空、星空に浮かぶ銀河や宇宙――どの作品も、キールの独特な感性と技術が光っていた。

ロマは動画を見ながら、自分もスケッチを重ね、徐々に上達していくのを感じた。

絵を描くことは、クラスメイトの無視や嘲笑から逃れるための小さな避難所になった。


同時に、ロマの心にはもう一つの目標が芽生えていた。

パルフェ学園高等部への進学だ。

パルフェ学園は地域でも有名な進学校で、芸術分野にも力をていた。しかも希望すれば芸術だけでなく商業や農業その他多岐に渡る分野が学べる。多様性が人気のパルフェ学園の倍率が高く、受験は熾烈だったが、ロマは「絶対に入ってやる」と決意した。

クラスメイトたちを見返すため、そして自分の居場所を見つけるためだ。

キールの動画を見ながら、深夜まで参考書に向かい、数学の問題などを解き、受験勉強に励んだ。

疲れ果てた夜は、キールの最新動画を開き、絵筆の動きに癒されながら「俺も頑張ろ」と自分を鼓舞した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ