第五十四話
今日の天気は最悪で雨の降る中、塹壕で待機してる状態だった。傘やレインコートなんて贅沢なモノはなく。精々小さい防水シートが少数で張っているだけだ。大半は雨に濡れている。冬ではないのが幸運だと思う。
そんな僕も雨に濡れている。塹壕の通路の中は足首まで雨水…泥水で溢れて、僕は通路ではなくライフルを構える為の台へと避難している。僕ぐらいだとブーツの中に入ってきそうで嫌だったからだ。
「雨だね~」
「なんか余裕そうですね、クラサさん。退院したばっかりですのに」
そうだ、前の戦闘で負傷したクラサさんがいるのだ。まぁ、軽傷に近いし大人しくしてたら良かったのだろう。台に腰を掛けブーツの足首は泥水に浸かっている。そして水筒の口にペラペラの金属の板を筒して入れている。口の所は狭くそして反対は広がって効率良く雨水を集めている。
「女性にナンパしてたら、ここにいるなと言われたよ」
「それは自業自得ですね」
前回撤回、クラサさんはクラサさんだった。多分戻って来た際、ホーバス中隊長のタメ息が想像出来る。でも、僕にはナンパとかされた事はなく……妹扱いが近い。ナンパなんてされたくないから大歓迎だけど。
「こんな戦場での雨水は危険ですよ……最悪下痢とかなります」
「あぁ、これは飲料用じゃないよ。これは……なんだろうね。前にいた古参から聞いたけど忘れちゃったな」
笑顔で言ってくるけど、それは正気とは思えない戦場でいたとは思えないくらい穏やかでそれは諦めて…いや違う。何なのかは分からないが軟派みたいな人ではなく。
「何を思ってるのかな?」
「いえ、……別に……前の戦闘でいた仲間……戦友……を思い出しただけです」
慌てて誤魔化したが、不自然ではなかったかなと慌てているとクラサさんはウンウンと頷いていた。
「仲間の死を思い出してしまうレーナちゃんの顔は羨ましいね」
「いえ、未熟だと思っています」
誤魔化せたと思い安心したが、話題が変わっている事に気付いた。それは塹壕戦で生きて来た長年の兵士の顔を見た。
「全然、そんな感情が出来るのは羨ましいくらいだよ」
雨水を集めいた水筒を横に置き両手を後頭部に組み足を組んで笑顔だったが違う笑顔だった。
「俺たちは諦めたからさ。こんな戦場で……こんな地獄から一足先に抜けられるなら、バイバイといつも思うよ」
そのバイバイは死と言っているのは分かる。除隊などなく戦場で死ぬ事がこの地獄を抜け出せる方法だと。
「なんで戦場にいるのですか? 嫌なら軍から抜けたらいいじゃないですか」
「それが出来たなら簡単だけど、レーナちゃんなら味わったじゃないかな? 仲間の死を間近で見て、その思い、苦しみ、願いをね。そんなのを背負うと戦ってしまう。そうやって戦っていると………そのうち死ねた奴が羨ましいってね」
その言葉はとても重く生々しく突き刺さる。かつて僕も味わったから言葉の重みが理解出来てしまう。
「その想いが重かったかな……でも死んだ奴らだって戦友たちと向こうでどんちゃん騒ぎで宴会してるさ………そう思えるさ」
軽く言うクラサさんだったけど、こうして確信したクラサさんの本質は優しい…優し過ぎる人なんだ。軟派ではなく、単に自分が死ぬ事への恐怖を紛らわす以上に死んだ仲間たちがあっちで救われていると。そして死んだとしても仲間と向こうで騒げると。
僕は俯いて顔を見せないようにしていた。それは僕が静かに涙を流していたからだ。
僕は前世で殺されて死ぬ事になった。相棒を救えたかは分からないが死ぬ瞬間は決して忘れられない。それは死ぬ瞬間は
無
だからだ。




