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 船内は極めて静かである。

 どの部屋、通路を確認しても、私達の他に人なんていないのだから当然だ。


 船自体もなんら問題なく航行を続けている。

 カエルムの大気圏を抜け、今はゆっくりとした慣性飛行の最中である。

 周囲には何らかの飛翔体等は見当たらない。

 暗く、冷たい宇宙には私達だけがいる。


 ふと気になり、私は食糧庫の様子をチェックすることにした。

 広い冷蔵庫には、様々な食材が消費しきれないほど詰め込まれている。

 きっとほとんどが食べる前に腐ってしまうだろう。

 しかし保存食もかなり置いてあるようだから問題はない。

 一人分の量にしては多すぎるくらいだ。


 手術室は。

 さっきから何度も確認しているから、ここも異常がない事は分かっている。

 何一つ問題なく、全ての機器は働いている。

 部屋の中央にある生命維持装置も、もちろん。

 カプセル状のその機械の中には、健やかな寝息を立てて眠る私がいる。

 呼吸・心拍共に異常なし。


 私はしばらくその寝顔を眺め、もう一度外の様子を見る。

 どこまでも続く星の海。

 電車の中で見た景色と同じはずなのに、どうしてかしら、あなたと一緒ならこんなに美しく映る。

 それだけじゃない。

 あなたがいなくなってから、私の世界の何もかもが色褪せてしまったけれど今は全てが綺麗で、感動的で、涙が零れてしまいそう。


「私にはもう、涙なんて流すことは出来ないけれど」

 それはあなたに捧げたものだから。

 目を覚ましたあなたは最初に何を思い、何と言うだろうか。

 泣くだろうか、笑うだろうか。

 もしかしたら私を叱るかもしれない。

 でも最後に喜んでくれたら、私は嬉しい。


 あなたは私。

 脳と身体。

 一つになって、この果てしない海を行くの。

 これが私の答え。

 素敵。

 なんて幸せなの。





「最後に良いだろうか」

 手術室の前で、カスミ院長は立ち止まった。


「君に頼みがある。安心してくれ、時間は取らせないから」

「なにかしら」

「この船には幾つかの武装が施されていると言ったね」

「ええ」

 そこで彼は振り返り、力強く私を見た。

 しかしながら少し震えており、まるで怯えているようであった。


「中でも主砲に関しては、兵器においては他の追随を許さぬ、まさに現代技術の結晶と言うべき精度と威力を誇る」

「それが何」

「スペロにその発射命令を出したい。ソルムを蝕む地球人と奴らに縛られた我が同士、全てを焼き払いあの星を自由にしてやりたいのだ」

 いつの間にかカスミ院長は怒りに身を震わせていた。

 彼はソルム人達が受けてきた屈辱や積み重ねてきた怨恨を一身に背負い、全てを終わらせるつもりだ。


「あなたはどうするの」

「手術が終わったら、補助役のアンドロイドを使って私を殺してくれ。必要な薬品と道具は揃っている。私は疲れてしまった。彼と君を最後の患者とし、人生を終わらせたい。君には苦労を掛けてしまうが、頼まれてくれるだろうか」

 そう言ってカスミ院長は頭を下げた。


 恐らく彼がここまで協力してくれたのは、これが目的であったからだろう。

 地球に残り、ケムリ医師のように穢れた死を演出されるよりも、中立である私の手で安らかに終わっていきたいと考えたに違いない。

 そしてあくまで医者として尽力してくれた彼に、私は答えなくてはならない。


「分かったわ。あなたは私が責任を持って葬ってあげる。でも主砲を発射させるわけにはいかないわ」

「どうして……!」

「あなたは最後まで誇り高きソルム人として生を全うするのよ。生涯、命を尊び一つとしてそれを奪うことなく最期を迎えるの。あなただけが罪を背負う事なんて出来はしない。ソルム人の気高さを失うようなことは、するべきじゃないわ」

「それなら、どうやって彼らを救えと……」

「私がどうにかする。地球へ帰って、あの星のことを伝えるわ」

 カスミ院長は目を伏せ、うなだれた。


 彼の気持ちは理解できる。

 カエルムはもはや彼等ソルム人が暮らしていた穏やかな星ではない。

 地球人が暮らす、地球人のための楽園と化してしまったのだ。

 かつての安住の地は、もう戻らない。


「……それは私のためか?」

「カエルム、いいえ、ソルムのためよ」

 言うと、カスミ院長はゆっくりと顔を上げ、もう一度私を見た。


 しばしの間を置いて、彼は僅かに笑みを浮かべる。

「……ありがとう。最も大切なものを手放すところだった。行こうか」

「ええ」

「君の脳をデータ化し、彼の脳を君に移植する。それで君は後悔は無いのだな?」

「もちろん。もう決めたから」

「究極の愛、というやつなのだろうな」

「さあ」






 カスミ院長の遺体は彼がそうするようにと言った通り、広い宇宙へ還した。


 あなたの願いは叶えたわ、全部。

 私は船の後方を見た。


 カエルムが燃えている。

 あんなに憎いと思っていた星が、今は私達を祝福しているようだ。

 火を点けたのは私。

 カスミ院長、あなたは最後までソルム人として生きたのよ。

 何も背負う必要は無いわ。


『本艦へ接近する機体を確認。数は4』

 スペロが私に告げた。

「知っているわ」

 私は彼女を下がらせ、こちらに向かって来る飛行体を確認した。


 やや古い小型の軍用機。

 この船を堕とすなんて到底及ばないちっぽけな戦力。

 その一つが撃ち放った機銃が船体の後方左に命中し、かすり傷を残した。


 野暮なことをしてくれる。

 私達の時間を邪魔するなど、誰にも許されない。

 対障害物用の粒子砲でひとつ残らず消し去ると、辺りはもとの静けさを取り戻した。


「もう大丈夫。何も問題はないわ」

 私はあの人に伝えた。


 何も知らない彼は、相変わらずすやすやと眠っている。

 なんて美しいのだろう。

 早く目を覚まして欲しい。


 しかし焦る必要はないのだ。

 電子頭脳となった私は寿命を捨て、あなたは生命維持装置で眠る。

 私達は無限の時間を生きる。

 終わる事のない二人だけの時間なら、たとえどんなに長くても私は耐えられる。

 こんなに幸せなことって、有りはしないのだから。






 ………………。

 


 僕は目を覚ます。


 眠気や夢の名残など一切なく、まるで決められていたみたいにはっきりとした意識を得た。

 しかしながら、頭は冴えているもののここがどこなのかまるで分からない。

 なにしろ真っ暗なのだ。


 辺りを手で探るが、触れたものが何であるのかさえも見当がつかない。

 まったく困り果ててしまったが、僕はふと、遠くに小さな灯りがあるのを見つけた。

 暗闇の中に白色の点として浮かぶその灯りへ向かって、何かに躓いてしまわないようにゆっくりと歩いていく。


 やがてそのもとへ辿り着くと、僕はそれが何かのスイッチであることに気が付いた。

 発光するボタンの中央に、分かりやすく「押」と書かれているのだから疑いようもない。

 何もかもが不明な状況で、そのスイッチだけが唯一の選択肢だった。


 僕はボタンを押した。

 その瞬間、目の前の壁がスライドし、目もくらむような明るさの広い空間が現れた。

 どうやらスイッチは扉の開閉装置だったようだ。


 僕はその空間へと踏み出し、見渡す。

 本当に広い部屋だ。

 正面には巨大なモニターがあって、それと向かい合うようにいくつかのデスクとチェアが並んでいる。

 それぞれのデスクには小さなモニターが取り付けられており、今はどのモニターにも何も映し出されていない。

 ここは何かの会議を行うための場所だろうか。

 しかし人の姿は見られず、僕だけがいる。


 暗闇を抜けたというのに、何も分からないままだ。

「あの、誰かいませんか」

 答えなど返ってこないことは知っていたが、僕は部屋中に聞こえる声で叫んだ。

 思った通り、声は辺りに響いたあと消え去り、すぐに重たい静寂が全てを包む。

 どうしたものか。


 と、その時。

『お呼びでしょうか』


 僕に答える者がいた。

読んで頂きありがとうございました。

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