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もう、何度同じことを思っただろう? 数え切れないほど抱いた思いではあるけれど、今ほど強い思いを抱いたことはない、というくらいの強い思い、そして強い魂の叫びが聞こえていた。でも、無理もないのだ。無理もないと、自分で自分を哀れんでしまいそうなほど、この思いは強い。
だって世にも稀なる美少年、泣き顔、縋るよう眼差し、この三つが揃ったら、もうこの世にただ一つの恋が始まって、でも障害も多く、辛い思いをしながらも二人手に手を取って乗り越えて、途中、若さ故に行き着くところまでいってしまったりもして、しかも結構なやんちゃな諸々をやっちゃって、勿論、何歳以下はお手にとってはいけません的な指定がつくような感じで・・・、等々、もし相手が俺でさえなければ、今ここであの眼差しを受けるのが俺でさえなければ・・・、そう、もうこの際、俺でさえなければ多少の見目は我慢する、あれほどの美少年に完璧なまでに釣り合う容姿の持ち主までは求めない、だから、せめて、そう、せめて、俺がっ、俺ではっ、俺じゃなければっ・・・!
「どうして俺なんだぁー!」
「ひぃっ!」
「キヨ! 心の声は心の中にしまっておけって、何回言ったら学習するんだよっ!」
いい加減にしないと、マジに友達止めるからねっ! ・・・という、シメさんの本気の怒りが滲んだ怒鳴り声に、漏れ出すどころか迸っていたらしい思いの丈を、慌てて胸の内に押し込んだ。
どうして俺の心の声は、こう、何もかもをすっぽかすかのように迸ってしまうのか。我ながら、自分の精神的な造りがよく分からないと思う。
しかし猛り狂う思いを押し込んでそっと窺ってみれば、シメさんは過去最高なほど深い皺を眉間に刻んで怒りの形相を浮かべているし、そのシメさんに拘束されている萌黄さんは同志を見つめる輝きの眼差しを浮かべているし、少し離れた場所にいるヌマは深く、深く頷いているし・・・、俺の方を向いていた白水洸は、目を見開いて完全に怯えきっている。
・・・うん、やらかしたな、とその怯えた表情を目の当たりにして、改めて実感した。本当に、正真正銘、悪気があっての叫びじゃない。ただ、口から迸ってしまったというだけで、事故のようなものなのだ。
でも事故で被害を負う被害者は、態とじゃないんです、なんて言い訳を欲してはおらず、またそんな言い訳で負わせてしまった被害がなかったことになるわけでもない。
どうしたものだろう、と自分ではどうすればいいのか全く考えられず、現在進行形で怒ってはいるだろうシメさんに、それでも知恵を借りようとして視線を向ける、まさにその直前、怯えた表情を浮かべていたはずの白水洸が、その怯えた色の中に違う色を滲ませて小さな声を漏らしたのだ。
もう何度目かの、微かな、その場が静まりきっていない限りは誰にも届かないような声を、怯えの中に、迷子のような途方に暮れた色を浮かべた表情で。
「ぼっ、僕・・・、僕の、本当の・・・、家族・・・、」
その呟きは、俺の方を見て零されたものではなかった。地面を見つめ、誰にも渡させないで落としてしまったかのような台詞で、でも誰かに受け取ってほしいと願っているのだろうとはっきり分かるものでもあった。
誰か、誰でもいいから受け取ってほしい、落とすしかなかったモノを、拾ってほしい、そう、願っているのだと。
不思議なことに、それまで色々萌えすぎて事情がぼんやりとしか飲み込めていなかった俺なのに、その聞こえてきた台詞で、ようやくはっきりと事情が認識出来るようになった。ずっと浸透出来ないでいたモノが、やっと俺の中にきちんと浸透するようになった、とでもいいのか。
あぁ、なんだ・・・、家族が欲しいだけだったんだ。
たったそれだけのこと・・・、と言ってしまえば、相手に悪いのかもしれないが、それでも極力簡潔に言ってしまえば、それだけのことだったらしい。
あまり家族仲が上手くいっていない、だから自分は本当の家族じゃないんじゃないか、だったら自分の本当の家族はどこにいる、という三段活用みたいな話だったのだと、ようやくきちんと理解出来て。
でも、それにしても萌えるなぁとか、ってか本当の家族が母親の浮気相手とかその子供とかって嫌じゃなかったのかなとか、嫌だから最初に会った時にあの態度だったのかなとか、色々と思うところはあった。
同時に、でもじゃあ今回の件はなかったことに、みたいな感じかなとか、自分でも『なんだそれ?』みたいな発想も浮かんで、あまり物事が脳内で整理出来ない状態が続いている。
しかしそうして俺が自分の脳内を整理出来ない間にも世の中の時間というものは進んでいて、俺が自分の中だけで忙しなく働いている間に、俺の外も忙しなく色々と動いていた。
自分のことで手一杯の俺は、それらの動きにはあまり参戦出来ず、自分の目に映る光景を眺めるだけで・・・、眺めて、映るそれらにまた、色々と思うことしか出来なかった。
・・・思って、うっかり答えてしまうことも出来てしまったりしたのだが。
「血の繋がりだけが全てじゃないと思います」
「え? 萌黄さん?」
「それに、家族愛だけが全てでもないです」
「・・・あの?」
「愛には色々な形があるのです。そして貴方に今、一番必要な愛の形は、家族愛ではないのです。お分かりですか?」
「・・・萌黄さん、全然分からないと思うんだけど」
「ほかの・・・、愛・・・、」
「え? キミ? 白水君? ちょっと、これは分からなくていいヤツだよ?」
「いいえ、示村君、これこそが彼が分からなくてはいけないことだと思います」
「あの、えっと・・・、そんな力強い、自信満々の断言されてもちょっと困る類いの内容のような気が・・・、」
「シメさん、これは蘭が正しいわ」
「円、分かってくれるわよね?」
「勿論よ」
「清家君も、分かってくれるでしょ?」
「そりゃっ、勿論分かるけど・・・、でも・・・、えっとぉ・・・、これ、俺が当事者的な話じゃないって思っていいよね?」
「キヨ、これは真面目に今、拒否か否定をしておいた方がいい内容だと思うよ」
「あ、やっぱり?」
「愛・・・、別の、形の、愛・・・、」
「そうよっ、愛はどんな形にもなり得るんだから!」
「まぁね・・・、その意見には賛成ではあるんだけど・・・、でも、これが女だったらなぁ・・・」
「愛・・・、あ、い・・・」
たぶん、事態はまたもや混迷を極め始めていた。それが俺にだって分かっていたのだが・・・、話は転がるだけ転がって、しかし転がっているわりには一歩たりともその場を動くことなく留まり、同じ場所に深い穴を掘りながら進んでいってしまう。
そしてその穴の方向へ、たぶん今まではそんな穴の存在を知りもしなかっただろう白水洸まで落ち始めていって。
持って生まれた習性通り、誘われるがままにうっかり同じ穴に飛び込もうとしてしまいそうになる自分をどうにか押さえ込んだのは、ずっと俺の苦悩の元だった、どうして俺が当事者的な立場? 他の人にしてよ、俺が当事者みたいになったら全力で萌えられないじゃん! ・・・という問題だった。
それが、ここで賛同してしまったら、いつも通りの場所に飛び込んでしまったら、ちょっと困った感じになるんじゃないかと訴えているのだ。
有り体に言えば・・・、まぁ、今まで通りの苦悩として、全力で萌えられないんじゃないか、という不安が押し寄せているのだが。
しかし俺に珍しく引っ掛かりを感じて立ち止まっている間にも、前方では楽しそうな騒動が起きていて、いつの間にか白水洸を女二人が再び取り囲むという光景が広がっていた。
ただ先ほどとは違い、白水洸の表情が恐怖に彩られているのではなく、何か、とても見覚えのある色を浮かべ始めているという、たぶん、あってはならない相違が存在してはいるのだが。
・・・悩むのは、俺自身の身の振り方だった。俺の後先考えない素直な心情は、何も難しいことを考えず、この現実世界、三次元の世界なんて忘れてあの中にいつも通り飛び込みたい、騒ぎたい、萌え滾りたい、と訴えている。
しかし俺の中の一番立場が弱いはずなのに、何故か今回に限って結構強い立場を取っている客観的で現実的な俺は、アレを止めるべきだし、少なくともあの中に混じってあの場所で繰り広げられている騒ぎを煽るような真似はしたら駄目だと訴えていた。
もしそんなことをしたら、後で痛い目を見るのは俺自身なんだぞ、と力強く断言している。そして、たぶんそれが正しいんだろうな、と理解してる俺もいる・・・、のに、それでも萌えたい、だって萌えるって後先考えないでいいってことじゃん! ・・・等と訴えている俺もいる。たぶん、正しい。その訴えも、ある意味、正しい。
でも、正しいからといってその正しさに従えるかといえば、そうでもなく。
「・・・どう、すべきなんだろう? 正しさは輝かしいのに、本能はもっと輝かしいんだよ。眩しくて、膝が砕けそうな感じ」
「まぁ・・・、もう、どうでもいいんじゃない? 僕としては、とりあえずもう出来ることはやったんだし・・・、もうどうでもいい感じ」
「シメさぁん!」
「だって、現実的な問題はとりあえず、解決してあげたでしょ。それに忠告もしてあげたんだから、それでも後先どうでもいいっていう気持ちであの中に突っ込んでいくなら、なら、もう止める筋合いないでしょ。好きなだけいけば? って感じになるよ」
「俺を見捨てないでようぅ・・・」
「見捨てなかったから、助けてあげたんでしょ。助けてあげたし、忠告もあげたのに、それでも無理ならもうどうしようもないって思うだけってことだよ」
「うぅ・・・」
悩みに悩んで洩らした苦悩は、いつの間にかすぐ隣に来ていたシメさんによって、哀しいほどあっさりと切って捨てられる。小さく溜息をついて肩を竦めているシメさんは、もう目の前の光景は一瞬たりとも目にしたくありません、と言わんばかりに静かに目を閉じていて、その閉ざされた瞳の間に刻まれた眉間の皺の深さだけが、大いなる疲れを示して静かにその場に居座っている。
刻まれた皺の深さと同等の重さのシメさんの台詞は確かに間違いなくその通りで、でもどうしたらよいのかその判断を下せない俺は、ひたすらに情けなくシメさんに縋るしかなく、切って捨てられても尚、隣に立つシメさんに縋るように情けない泣き声を洩らすしかない。・・・横目で、羨ましくて仕方がない、楽しげな騒動を見つめながら。
・・・もう、駄目かもしれない。
駄目だと分かっているのに、どうしても横目に窺うその光景に引っ張られてしまう自分をはっきりと意識しながらも、俺はひたすらにその場に必死で留まろうと努力する。
シメさんに嫌そうにされながらも、両手でシメさんの制服の裾を掴んでまで、両足を踏み締めてその場に頑張って留まろうと、それだけを努力して・・・。
でも、その努力が無力になるまであと数秒なのだと妙にはっきりと確信しながらも、訪れるだろう数秒後のその瞬間の後、訪れるかもしれない後悔を思い、はっきりと心のどこかで戦く自分の姿もまた、確信していた。




