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97 死神将軍

 アストレーズとの国境に派遣されてから、幾度か追加応援部隊がやって来た。けれど、彼らは最初の大尉と同じく戦闘中に沈んでしまった。戦いは徐々に長引いていったが、セシルの率いる部隊はまだ戦える状態だった。

 そんなことが度々起こり、王都では彼女がアストレーズに密通しているのではないかという噂も立った。しかし、調べても何の証拠もない。するとその噂はすぐに変わった。

『奴は死神。敵味方関係なく、近くにいれば沈むだろう』



 ある日、セシルは王都に呼び戻された。久しぶりのエートスの風は心地よい。国境からは、他の部隊と交代して帰ってきた。


「なんだか……皆、よそよそしいわね。殺気だってるのかしら?」


 自分のあざなを知らないセシルは、王都の人々が白い目でこちらを見るのを見て言った。彼女の部下のラシュタット中尉が、おずおずと話す。


「中将はご存知ないのですか、あなた様につけられた字を」


「字?初耳よ。なんて?」


 喋りにくそうにしていたが、ラシュタットは口を開いた。


「あなたの行く場所では敵味方関係なく皆沈む……あなたは、死神将軍だと……」


 セシルは愕然とした。まさか、己にそのような字がつけられていたとは。


「ふふ……死神か……」


 乾いた悲しげな笑いがこぼれる。ラシュタットは慌てた。


「も、勿論我々はそんなことは思っておりません!あなたは勝利の女神だと!我が艦隊は誇りに思っております!」


 その慌てぶりに、セシルは笑った。

 再び二人は前を向き、海軍部へ向かっていく。ラシュタットは思わず口をついて出そうになった言葉を圧し殺した。

 まかり間違ってもあなたが好きですとは言えない。身分差もあるが、何より答えが分かっている。その答えを口にすれば、また彼女は傷ついてしまうだろう。それに、これは愛には程遠い好きかもしれない。


「……ラシュタット中尉?どうかした?」


 心ここにあらずな彼を心配し、セシルが顔を除き込む。なんでもありません、と答えるのが精一杯だった。




 海軍部にはテオドリックも戻っていた。セシルはキール元帥に呼ばれ、手短に現状報告を済ませた。元帥は国境の安定に喜んでいる。お前はアストレーズに通じているのか?という無礼な質問をも丁寧に否定すると、元帥は満足そうにした。

 セシルは再びアストレーズとの国境へ赴くこととなった。ただし、今回は海ではない。陸戦隊を率いてファリシア要塞を守れとの指令だった。セシルが着いて少し後にテオドリックも着くらしい。そこから西に攻め込み、海岸線を制圧せよとの命令だった。内陸地は既に国王率いる陸軍が攻めているという。

 久しぶりに自分の司令官室へ戻る途中、テオドリックの部屋から声が聞こえた。また会うだろうが、久しぶりに会った同僚と話して行こうと思い、取っ手に手をかけた時だ。中から聞こえる会話が耳に入った。


「そんなに嫌か?セシルと組むのが」


「……閣下、正直に申し上げます。今、巷であの方がなんと噂されているかご存知ないのですか?死神ですよ、死神将軍!敵味方関係なく皆沈むということです。きっと我が艦隊も……」


 その時取っ手に力を込めてしまい、扉が少し開いた。入れ、というテオドリックの声に素直に従う。セシルを見ると、テオドリックと特に彼の部下が気まずそうにした。


「ごめんなさい……盗み聞きするつもりとかなくて、わざとじゃなくて……」


 死神か。それなら誰だって敬遠したがるだろう。誰も、皆離れていく。置き去りにされる。追いつかせてはくれない……。

 目頭が熱くなった時、テオドリックが席を立った。セシルの方へ歩み寄り、肩に手を置く。

 テオの手って、こんなに大きかったかしら?と関係ないことを考えた。

 テオドリックは部下ではなく、セシルに語りきかせるように言った。


「バカだなあ、セシルが死神なわけないだろう?こんなに優しい子が、死神なわけない」


 同僚の顔を見上げると、セシルは悲しげに笑った。ありがとう、と呟き、もう話す気力もなく部屋を出た。二人は止めなかった。

 自分の司令官室に戻ると、いろいろな思いが駆け巡る。一度にたくさんのことが思い浮かんで、結局考えがまとまらない。

 ふと机の上を見ると、手紙が置いてあった。父からだ。公用の封筒に入れてあるが、中身は私用だ。一人娘の彼女を心配する父が昔から使う手だった。

 中を読み、彼女はますます何をする気力も失せた。シェールとの婚約を彼の父に話して、正式に取り消してもらったという。

 ふっとため息が出る。もう終わりね、と呟いた。どうすればいいのか分からない。男だからと言っては失礼かもしれないが、シェールは家柄やその地位から言っても結婚相手候補は山のようにいる。しかしセシルは女でありながら武官として仕え、さらに一度婚約を破棄したというレッテルが貼られる。そんな女性との縁組みはなかなか決まるものではないし、相手にも失礼だ。

 さらに手紙には、この際相手はヴィッツェンでも構わないと書いてあった。けれど、それこそヴィッツェンに失礼だ。

 なんでこうなるんだろう、とセシルはただ俯いた。




 それから三日後、彼女は再びアストレーズとの国境線に向けて、そしてヴィッツェンのいるファリシア要塞へ向かって出港した。


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