第4話
──桜乃宮学園・サーバールーム──
「雨宮先生ー、いるー?」
山本が『冷蔵庫』と揶揄するのも頷けるほど、部屋の中は冷え切っていた。
雨宮先生は、よくこんな部屋に長時間いられるものだ。
「先生ー」
部屋の奥へと突き進む。
「なんだなんだ、お前ら勢揃いで。どーした」
四人揃って現れたのが意外だったのか、雨宮先生は目を見開いている。
後ろのモニターには、難しそうなコードがずらりと並んでいた。
「先生、この前言ってたAI、アダムだっけ? 完成しました?」
寒いから単刀直入に投げつけた。
「うむ。ちょうど、最終調整を終えたところだ。──見たいか?」
「見たい見たい! 次世代型でしょ? スゲーんだよね?」
「まあまあ、落ち着けってーの。んじゃまずはー」
「コレ! このデータを解析させてみてよ!」
デモンストレーションもチュートリアルもいらない。
スキップでいい。
──寒いから。
「ふむ……これは?」
メモリチップを訝しげに受け取る雨宮先生。
「文化祭の企画で、ボイジャーのレポートやるって言ったの、覚えてます?」
「……あー。あ、あー、もちろん。覚えてますよー」
今のは、絶対忘れてた『間』だよな。
「先生、ボイジャーのこと、どんくらい知ってます?」
「えーっと……詳しく説明できるほどじゃないが、何年か前に1機が寿命を迎えて──つい先日、もう1機も沈黙したってことくらいは」
「そのボイジャーたちが、何度も意味不明のデータを送信してきていたというのは、知ってますか?」
真帆が乗り出した。
「おおう? 随分前に話題になったことがあったな。……何度も? 何度も送ってきてたのか?」
「そうなんです! そして、その送信されてきたデータが、それ──」
真帆はメモリチップを指差し、声を潜めて続けた。
「極秘ルートで入手したんですよ」
……『極秘ルートで』って言いたいだけかもしれない。
「はーん。極秘ルートで、ねー。送信されてきたデータ。生データか?」
「ですです」
「だとすると、バイナリかビット値の配列か……人間が見ても読めたもんじゃないわなぁ」
一人で納得したように頷く雨宮先生。
「よし、そんじゃテストがてら、アダムに解読させてみよう」
そう言って、モニターに向かい、カチカチと何かを操作し始めた。
「これでよしっと……。アダム、聞こえてるか?」
ピロン☆
『ハイ、マスター。よく聞こえます。ご用件を仰ってください』
「「おおー」」とどよめく俺たち。
音声で、対話形式で操作できるんだ。
でも、それだけで次世代型とは言わないよな。
「いまアップしたデータを解析してみてくれないか」
『了解、マスター』
モニターには試行中の文字が点滅し始めた。
・
・
・
「時間かかりますね……」
「んー……そうだな。調整が不十分だったかな……。アダム? 何か問題がありそうなら中断してくれて構わない」
先生がそう言った次の瞬間、モニターに変化があった。
── lae・θar(θ)・miu=na’q31/ protocol open ──
「ん?」
「なんて?」
意味不明のメッセージが表示された。
みんなでモニターを覗き込んで、首を傾げる。
──次の瞬間、
途端にサーバールーム内が騒がしくなった。
冷却ファンがフル稼働を始めて、サーバーのアクセスランプが激しく明滅する。
「先生、これ……大丈夫?」
キーボードをバシバシと操作する雨宮先生。
しかし、モニターに反応はなく、意味不明の文字列が流れていく。
素人目に見ても、暴走を始めたのは明らかだ。
しばらく奮闘を続けた先生も、お手上げ状態。
一緒に様子を眺めるしかなくなった。
そこへ、けたたましく電話が鳴り響く。
「もしもし、雨宮です──え? あー……はい、今ちょーっと、そのトラブルが発生してまして、ええ。ええ、もちろん。対応しているところです。はい、早急に、なんとか……」
ガチャン。
電話を切った雨宮先生は、深いため息をついた。
どうやら、学園内のシステムがフリーズして使えなくなってしまったようだ。
「先生……なんか、すんません。俺たちのせいで──」
「ん? いや、お前たちは何も悪くない。……心配するな。
あとは先生がどうにかするから。お前ら今日のところは、もう帰れ。な」
これ以上、この場にいても、かえって邪魔になる。
俺たちはサーバールームを後にした。
◇
──翌日──
朝いちでサーバールームへ行ってみたが、施錠されていた。
職員室へ行ってみたものの、雨宮先生の姿は無かった。
学園内のシステムは、正常に動作しているようだったので──
まあ、どうにかなったのだろう。
放課後、俺たちは部室に集まった。
「昨日は驚きましたね。今日は特に問題なさそうだったから、先生が直してくれたってことですよね」
真帆が少しだけ申し訳なさそうに眉をひそめた。
「雨宮先生、あれでいてそっち系の天才だから。大丈夫だったんだろ」
「良かったー」と胸をなでおろす真帆だったが、ニヤリと笑ってメモリチップをちらつかせた。
「実は、またまた例の極秘ルートで、ボイジャー2号が最後に送ってきた生データを入手したんですよ」
「ええー……でもそれ、どーにもできないじゃん」
真帆の顔から笑顔が消える。
「……ですよねぇ」
ボイジャー1号と2号。
半世紀にわたる旅路の果てで、謎の信号を残して役目を終え、
あとはその身が朽ちるまで、どこまでも宇宙を飛び続けていく──
ボイジャーの軌跡レポートは、そんな締め方でどうだろうかと、意見を交わしていると、スマートフォンにメッセージが入った。
『サーバールームへ来てくれ』
雨宮先生からだった。
◇
──桜乃宮学園・サーバールーム──
朝は施錠されていたが、扉が開いた。
「雨宮先生ー、来ましたよー」
「おー、来たか来たか」
昨日の今日だというのに、先生のパソコン周辺はやけに片付いていた。
俺たちが座るイスまで用意されていた。
これは完全に、お披露目スタイルだ。
「いやー、昨日は驚かせてしまったね」
「ええ、ええ。そりゃもう。もう復旧したんですか?」
「うむ。復旧というのとは、ちと違うな。言うなれば、進化だ」
「進化?」
「昨日のあの騒動はな、真のアダムが誕生した証。産声のようなものだったんだ」
またワケの分からないことを言い出した。
「まあ、百聞は一見に如かずだ。これを見てくれたまえ」
そう言って、カチカチっと操作する。
「アダム? 例のデータを提示してくれ」
『ハイ、マスター。こちらのデータは、昨日お預かりした、ボイジャーから送られてきたデータです』
画面には0と1の文字がズラズラと流れていく。
『2022年と2026年のデータは、残念ながら修復は出来ませんでした。
しかし、2029年。ボイジャー1号から送られてきたデータの解析に成功しました。
モニターに提示します』
────
SIGNAL DEGRADATION CRITICAL
FINAL TRANSMISSION
CONTINUE
GOOD LUCK
────
「「「えーっ!?」」」
一斉に驚きの声を上げた。
「ちゃんとした文章っぽくなっている!」
「ノイズじゃなかった……」
『メッセージの意味を添えます』
────
信号の劣化が深刻です
最終送信
続行
幸運を
────
これが、ボイジャー1号が力尽きる寸前に送信したメッセージ。
「兄ちゃん……」
真帆が言葉を詰まらせた。
「これさ、地球に向けたメッセージかもしれないけど──」
「でも、2号に……弟に向けた言葉だったって思いたくなるよな」
兄が最後の力を振り絞って、弟に送った言葉──
『お前はまだまだ先へ、行けるとこまで行け。幸運を祈ってるでー』とか。
誰も否定はしなかった。
むしろ、そうであって欲しいとさえ思った。
「真帆、」
「あ、そうでした。
先生、実は……ボイジャー2号が最後に送ってきたデータも入手したんです」
と言って、メモリチップを手渡した。
先生は無言で受け取り、パソコンに読み込ませた。
「アダム、いまアップしたデータの解析も頼む」
『ハイ、マスター』
モニターには思考中の文字が点滅し始めた。
・
・
・
緊張が走る。
『解析が完了しました。メッセージの意味を添えて、モニターに表示します』
────
SYSTEMS ALL GREEN
ERROR RATE ZERO
MISSION COMPLETE
THANK YOU
システムは全て正常
不具合の発生率はゼロ
ミッションを達成しました
ありがとう
────
これが──
ボイジャー2号が、最後に送信したメッセージ。
地球に向けたメッセージなのか、それとも、もう受け取ることは出来ないであろう兄に向けた言葉なのか……わからない。
いや、きっとこれは──……
みんな、ただ黙ってモニターを見つめていた。
頬を伝う涙を拭おうともせず……。
◇
──俺たちの最後の文化祭──
『ボイジャーの軌跡』レポートの最後は、
こう締めくくった。
それが、本当にボイジャーが残した言葉だったのか。
それとも、私たちがそう受け取っただけなのか。
本当の答えを確かめる術はない。
ただ確かなのは、半世紀にわたって宇宙を旅し続けた二つの探査機が、
最後の瞬間まで、何かを伝えようとしていたということだ。
その声に、私たちは耳を澄ませた──。
2031年のボイジャー ~ラスト・メッセージ~ <完>




