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ヤンキー、悪役令嬢になる  作者: 山口三


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ジュリエットの手紙


 目を閉じたあたしの肩に、先輩の手が触れた感触がした。同時に唇にも柔らかい感触が・・。


「ふわっっ!」


 藤本先輩があたしにキスしてる?!!  驚いたあたしは思わずベンチの背にのけぞってしまった。


「せせせ、せせせ‥先輩?」

「えっ、和華ちゃん?」


「ど、どうしてあたしにキ、キスするんでございますか??」

「ええっ、だって俺は和華ちゃんとのファーストキスが、舞台の上でなんて嫌だからって、さっき・・」


「えええっ?! ・・・・ん? あたしとのファーストキス?」

「そうだよ、もしかしてこの場所がダメだった?」


「ダメじゃな・・あたしはてっきり舞台の上では、キスする振りをして欲しいと言ってるんだと思って。先輩には他に好きな人がいるから、その人と・・」


 狼狽えるあたしを目を丸くして見ていた先輩は、徐々に納得したような顔つきになっていった。そして推理ドラマの犯人でも分かったかのような口調で言った。


「和華ちゃん、誤解したんだね。俺がきちんと言わなかったのも悪かったよ。俺ね、和華ちゃんの事ずっと好きだったんだ。高校は別々になったけど、和華ちゃんが弓道部に入ったのをちゃんとチェックしていた程にね」


「ふぇ? えっと・・」


 先輩があたしを好きだった? 全く予想外の話で、何か言わなきゃと思っているのに言葉が出てこない。ついさっきまで悲しみにどっぷり浸かっていたあたしの脳は、正反対のこの状況を処理しきれないでいるのかもしれない。


「もう一度聞くね、俺と付き合ってくれる? 和華ちゃん」

「はい・・よろしく‥お願いします」


「じゃ、仕切り直し・・」


 そう言って先輩はとろけるハチミツのような笑みであたしを見つめた。今度はあたしも自然に目を閉じることが出来た・・。




 次の日曜、舞台稽古の前にあたしと藤本先輩は橘先生の病院へお見舞いに行った。


 先生はジュリエットの物語の結末をとても気に入ったようだった。


「ああ、いいわねこれ。ジュリエットが『わたくしもライオネル様の事が好きなりました~』ってなるより、徐々にライオネルに好意を抱いていく方が自然だもの」


 そう言ってから、あたしの中のジュリエットはどうしてるか、先生は尋ねた。


「もういないんです。本の世界に帰ったと思ってるんですけど」

「そうね、きっとそうだと思うわ。今頃ライオネルと仲良く乗馬でもしてるんじゃないかしら」


 先生は今、異世界憑依物を新しく執筆しているそうだ。あたしの話を聞いて創作意欲が大きく刺激されたらしい。刊行されたら絶対に読んでみなくちゃ!



 

 学園祭の日が近づいて、ここ何日かはずっと通し稽古が続いていた。あたしと先輩が付き合うような間柄になった事を、サークルの何人かの人は感づいたようだったが、あえて口にする人はいなかった。


 あたしが自分の世界に帰ってきてから初めての半月の日が来た。でもジュリエットがこちらに来ることも、あたしが向こうに行ってしまう事もなく、その日は無事に過ぎて行った。


 半月の翌日、康兄ぃが様子を見にあたしの部屋にやって来た。


「どうだ、和華のままか?」

「うん。ジュリエットも来てない」


 康兄ぃはようやく安堵したようで大きなため息をついた。


「ようやく終わったみたいだな」

「白紙のページも全部埋まったしね」


 あたしはそう言いながら、デスクの上の本を手に取った。この世にひとつしかない『月の女神に愛された少女』だ。


 その時、例によって智兄ぃがノックもしないで、いきなりあたしの部屋のドアを開けた。開いたドアから突風のような風が吹き込んできて、カーテンははためき、デスクの上のペンやマウスが吹き飛ばされて床に散乱した。驚いたあたしは手にしていた本を落としてしまった。


「うおっ、なんだ一体!」


 ドアを開けた当の本人も後ろから風に煽られ、髪がぐちゃぐちゃになったまま目を丸くしている。


「玄関が開けっ放しなんじゃねえか?」


 康兄ぃも片手で髪を直しながら、もう片手でペンを拾っている。


「で、智兄ぃはどしたの?」

「この間借りた国語辞典を返しに来たんだよ。助かったぜ」


 国語辞典をあたしに手渡した智兄ぃはさっさと部屋から出て行った。散らばった雑貨はほぼ康兄ぃが拾ってくれていた。あたしも自分が落とした本を拾い上げた。本は最後のページが開いたままで、内向きに転がっている。そのまま最後のページを見ると、なんと新しくイラストが追加されていた。


「あ! 康兄ぃ見て。最後のページにイラストが追加されてる」


 それはモノクロのイラストで、窓辺のデスクに向かって、手紙か何かを書いているジュリエットの上半身だった。そのデスクの横にはライオネルが立っている。


「へぇ~ジュリエットってこんな感じの人なんだ。こっちはライオネルか」


 はじめは興味深げに「へぇ~」っとイラストを見ていた康兄ぃが、ふと真顔になって言った。


「ちょっと待ってろ」


 そして部屋を出て行ったと思うと、ルーペを手にして戻って来た。そのままデスクに本を置き、ルーペでイラストを見ながら、紙に何かを書いている。


「これ読んでみろ。ジュリエットが書いてる手紙の内容だ」


 康兄ぃがあたしに寄越した紙にはこう書いてあった。


『 和華へ

  わたくしはこちらに帰ってきて幸せに暮らしています。突然の別れで挨拶も出来なかったのが心残りでした。ですからあなたに手紙を書きます。今のわたくしがここに居られるのは和華のおかげです、本当にありがとう。あなたの家族にも、友人にも大変お世話になりました。どうか和華の舞台が成功しますように、あの人との恋が成就しますように、わたくしはいつも・・・』


「これって英文を訳したの?」

「そうだ、英語で書いてある。この続きは手に隠れて見えないな」


 手紙は途中までしか読めなかった。でもジュリエットが何を言いたいのか、あたしには分かるわ。あたしの舞台の成功と藤本先輩との恋が実るように、そしていつもあたしと家族の幸せを願ってくれてるのよ。


「ジュリエットも無事に向こうに帰ってたのが証明されたな」

「うん、安心した。これでほんとに、ほんとに終わりだね」


「だな。ところで『あの人』って誰だ?」

「えっ・・・いいじゃんそんなの誰だって」


「で、成就したのか?」

「そっ、それは・・・その・・・」


 康兄ぃは、真っ赤になってるあたしの顔を見ながらニヤついている。


「まあ、藤本なら問題ないな。母さんもお気に入りだし」

「分かってんなら、聞くなーもうっ」


 康兄ぃは声を上げて笑いながら部屋を出て行った。




 終わり


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