Lv2.哀れな勇者を救え 最終章
「……は? 俺が強い?」
「そうだ、お前は強い」
スラム街の隅っこで、俺は勇者クレトの肩を掴みそう鼓舞する。けれど彼はそれを鼻で笑うと、俺と突き飛ばそうとする。しかし彼の力では、俺をどかすことはできなかった。
「ふざけんじゃねえよ、そんなお世辞で俺の苦しみが癒されると思ってるのか。現にお前をどかすことすらできない俺が、強いだって?」
「ああ、強いさ。それに気づいてないだけで。だって君は、倒したじゃないか。ラスボスであるアジダハーカを。それだけじゃない、隠しボスであるアンラマンユだって倒したじゃないか。世界に平和をもたらしたじゃないか、それもたった一人で!」
「それは……俺じゃなくて、お前が倒したんだろ。俺はただの操り人形でしかない」
「違う! 俺であり、お前なんだよ!」
確かにコントローラーを操作したのは俺だ。けれど、やり込みを極めるために加入した仲間を全員気絶させて復活させず、一人での戦いを強いたにも関わらず、敵の攻撃をかわし、勇敢にも剣で敵を討ち続けたのは、まぎれもない勇者クレトなのだ!
「ステータスなんて関係ない! 思い出せ! あの感覚を! お前は強いんだ! 自分で戦ってわかったんだ、お前の強さに!」
「けど……俺は……」
そうだ、彼は強いのだ。ステータスが多少高くても、敵の攻撃をよけきれない俺とは違う。能力は低くても、彼はまぎれもなく最強の勇者なのだ。
「だったら教えてやる、お前の強さを。来い! ラボちゃんとあーちゃん、悪いけどスラム街の中央広場に、ここの連中を集めてきてくれないか」
「了解」
スラム街の中央に勇者クレトを連れていき、準備を整える。その間に他の住民達がギャラリーとして集まってきた。
「なんだ、最弱のクレトじゃねえか」
「何やろうってんだ」
ラボちゃんにあーちゃん、スラム街の住民といった観客に囲まれる中、俺は困惑している勇者クレトに剣を抜くと突きつける。
「お前が自分の強さを認めないというなら、決闘だ、勇者クレト! 言っておくが、俺はお前を消すつもりで戦うからな」
「ふ、ふざけるな! どれだけ能力差があると思っているんだ、大体俺はお前と違って丸腰だ!」
「ステータスや装備なんて、関係ねえんだよ!」
そのまま剣でクレトに斬りかかる。素早さの値を考えれば、まずかわせない一撃。けれど彼は体が感覚を覚えているのか、それとも俺の剣術があまりにも未熟だからなのか、紙一重でそれをかわす。
「な、なんだクレトの動きは……あいつにあんな動きができるはずがない」
その後も俺はクレトに剣で攻撃しようとするが、悲しいくらいに攻撃は当たらない。我ながらとんでもない戦いのセンスを持つ勇者を作ってしまったものだ、そして我ながら戦いのセンスがない。
「ああああああっ!」
「ぐおっ! やるじゃねえか」
途中から覚悟を決めたのか、クレトは隙をついてパンチやキックで俺に攻撃する。数ダメージではあるが、確実に彼は俺を削っていた。どよめく観客たち。無理もない、今まで最弱だと笑われてきた彼が、遥か格上の相手と戦えているのだから。
「どうだ! ……はぁ……はぁ……こ、これが、お前の力……ぐふっ」
「俺は……俺は……強い!」
疲れとダメージの蓄積で息も絶え絶えな俺と、戦ううちにかつての力を取り戻したのか、凛々しい顔つきになる勇者。勇者がそう言い聞かせるように叫んだ瞬間、彼の体が眩い光に包まれる。そして気づけば彼はゲーム中最強の剣、天叢雲剣を手にしているではありませんか。
「え、ちょっと待って。それはやりすぎじゃないの?」
「これが俺の、力だああああああ!」
俺のシナリオでは彼の渾身の右ストレートでやられる予定だったのだが、現実? は無情にも、覚醒した勇者によってオーバーキルされてしまい、一瞬で意識が途絶えるという無残な結果だった。
「うう……」
「あ、おにーちゃんおきた」
「お疲れ様」
しばらくして意識が戻る俺。先程までの勇者クレトのようにボロ雑巾となっていたが、これは勲章だ。あの後勇者クレトはどうなったのだろうかと辺りを見渡すと、丁度彼はスラム街の住民達に向けて演説をしているところだった。
「いいか! もう一度言う、俺達は強い! ステータスだの装備だの、そんなものに惑わされるな! さあ、皆で叫ぼうじゃないか! 俺達は強い!」
「「「俺達は強い!」」」
完全に勇者と化したクレトが、スラム街の負け犬、いや、勇者達のリーダーとなっている。彼に続いて俺達は強いと復唱する勇者達。段々とその声は大きくなり、一人、また一人と真の力を取り戻していく。
「勇者のバーゲンセールね」
「いいじゃないか、勇ましい者、それが勇者。100人の勇者を操るゲームだってあるんだからさ」
やりきった顔でその光景を眺めていた俺達。やがて勇者の1人が光の球体となって、天高く消えていく。
「成仏したのね。弱い勇者と烙印を押され苦しみ続けていたけれど、やっと解放されたの。あなたのおかげね、大したものよ」
「そっか……」
次々と消えていく勇者達。しかしその表情は晴れやかで、皆勇者としての誇りを胸に消えていく。そして最後には、俺達と勇者クレトが残った。
「雨宮呉人! 俺は、誰よりも弱く! 誰よりも強い勇者だ! 俺を育てたのはお前だ! 胸を張れ!」
「……ああ」
「さらばだ! 勇者、雨宮呉人!」
ガッチリと握手をかわす俺と勇者クレト。そして勇者クレトが天高く剣を掲げると、辺り一面が光に包まれる。そして……
「……帰ってきた、か」
「やったね!」
「こんな形でクリアするなんて思ってなかったわ。ただのヘタレなオタクだと思っていたけど、意外とやるのね、あなた」
気づけば俺達は、元の世界に戻っていた。低レベルクリアというプレイスタイルを開き直って肯定するわけではないが、これも1つの正しい結末なのだろう。俺は物置から少し古いゲーム機を探す。勇者クレトの冒険をもう一度。
「俺は、強い!」
「え、アタシと勝負したいの? 別にいいけど、手加減はしないわよ?」
「どうしてそうなるんだよ、体じゃねえよ、心の話だよ」
翌日の朝、黄龍と学校に向かいながら勇者クレトの言葉を復唱するが、黄龍がファイティングポーズをとって殺気まで出すもんだから慌てて心の話だと訂正する。
「心? 心でもアタシの方が強いわよ、格闘技はね、体も心も鍛えることができるの。ゲームばっかりやってるモヤシっ子に負けるわけないでしょ」
「いやいや、ゲームだって極めれば体も心も鍛えられるさ。反射神経だってよくなるし、我慢強さだって身に着くからね」
「でも運動苦手じゃない」
「うっ……」
悲しい事に、ツインテールの世界であれだけ稼いで強くなったのに、現実世界にはちっとも反映されていない。勇者クレトと戦う時の俺なら黄龍とも戦えたかもしれないが、今の俺は蹴り一発で多分失神してしまうだろう。小さい頃、ゴールデンエイジに鍛えることは大事だとかそんな理由で道場に入れられ、空手道場なのに毎日のように黄龍にサブミッションを受けるというトラウマを思い出し、自然と黄龍から体が離れてしまう。
「何よ、いきなり」
不審に思ったのか、黄龍がぐいっと体をこちらに寄せてくる。そろそろツンデレのデレが来るのではないだろうか?
「今日も朝錬してたんだろ? 少し汗臭いから、朝シャンはした方がいいぞ」
「……」
幼馴染のわずかな変化にも気づく男を演じたつもりだが、黄龍は顔を真っ赤にして俺に張り手をくらわすと走り去ってしまう。やっぱりゲームってあんまり役に立たないかもしれない。ギャルゲーでどの選択肢を選べばいいかが手に取るようにわかっても、現実ではさっぱりだ。
100人の勇者を操る……フリーゲーム『ランダムヒーローズ』。名作。