エピローグ
『めざめるのだ、ゆうしゃよ。めざめるのだ、ゆうしゃよ。めざめ』
「……」
朝。いつものように目覚まし時計で私は目を覚ます。随分と長い夢を見ていたけれど、午前2時に寝て午前6時に起きる、睡眠時間はたったの4時間だった。
「おはよう。もうすぐ朝ごはんできるから、顔を洗って着替えなさい」
「うい」
リビングに向かうと、そこには拳法着にエプロンなんて意味不明な出で立ちをした妻が朝食兼お弁当を作っていた。最近は彼女の料理もまともになってきた。私は言われたとおりに顔を洗ってスーツに着替えて、リビングの机に座って新聞を読みながら朝食を待つ。コンシューマゲーム業界はここ数年縮小の一途を辿っていたが、最近になってようやく持ち直してきたという旨の記事を読んでいると、机にトンと味噌汁とご飯、焼き魚に昨日の夕食の残りが置かれる。新聞を畳んで机に置き、妻と向かい合って朝食を食べ始める。
「……なあ」
「何?」
「あれって、現実にあったことだよな」
しばらく無言で朝食を食べていたが、目の前で魚の骨を取り除いている妻にそんな事を聞いてみる。10年前、私達はゲームの世界で冒険するなんて、信じられない体験をした。はずだった。わからないのだ、あれが本当にあった出来事なのか。本当はあれは私達の妄想ではないのか。前世を信じている人の会話のような、噛み合っているようで噛み合ってない、そんな馬鹿な恋人の妄想ではないのか。10年という月日は、自分の記憶が正しいのかどうかすらわからなくしてしまう。
「あった……んじゃないかしら」
「どっちなんだよ」
目の前にいる、一緒に冒険したはずの恋人にして今の妻もはっきりとした答えを言うことはできないようだ。今日の夢の内容がその時の冒険だったからか、私はいつになくムキになって答えを求める。
「どっちでもいいじゃないの。現実でも妄想でも。大事なのは今でしょ。アタシ達はあの冒険を通じて恋人になって、こうして数年後に結婚だってした。アンタはよりよいゲームを作るために、ゲーム会社に就職した……素晴らしいことじゃないの。それに」
妻の言葉を遮るように、リビングのドアが開いて幼女が入ってくる。その姿はとても幼く、まだゲームに出てくるような少女の年齢ですらないけれど、とても可愛らしく『まま、ぱぱ、おはよー』と口を動かす。母親の方が先だったのが、少し悔しい。
「可愛い子どももできたしね。おはようあーちゃん。はい、これあーちゃんのご飯よ。骨はちゃんと取ってあるからね」
「うん。いただきます。……ぱぱ、おしごとは?」
「……ああ、そうだな。そろそろ出かけないとな。行ってくる。……今日はとても大事な日なんだ、だからあの夢を見たんだろうな」
可愛い可愛い娘のあーちゃんだ。勿論、本名は『ああああ』なんて名前ではないけれど。彼女が産まれた時、私達と似てないどころかあの世界にいたあーちゃんとそっくりで、産んだ黄龍が『誰の子よ!?』と私に問い詰め、産んだのはお前だろうがと呆れたのを今でもよく覚えている。けれど、あの世界が本当に存在したのかは、よく覚えていないのだ。もやもやとした感情をコーヒーと一緒に飲み込むと、カバンを手にし、家族に見送られながら家を出る。自転車で駅まで走り、満員電車に揺られて都会に向かい、そこから歩いてようやく到着するのが私が勤めているゲーム会社だ。今日は新しいゲームプロジェクトの企画会議があり、特別に若手である私もプレゼンテーションができることになっている。
「ここに集まっている皆さんは、ゲーム作りのプロです! しかし、今ではプロの皆さんも、学生時代にゲームを作ろうとして断念してしまった……そんな経験をお持ちの方もいるのではないでしょうか?」
自分のプレゼンテーションの番になると、緊張からか挨拶などをすっ飛ばして、開口一番そんな事を言い始める。私の問いかけに、何人かの社員はうんうんと頷いた。
「私もそうでした! だからこそ、きちんとしたゲームを作るために、勉強して、この会社に入ったのです! そして、私に似た人間は大勢いるはずです! 何せ物語、絵、音楽、プログラム……様々なものを組み合わせたものがゲームですから、芸術の集大成ですから、色んな人がその芸術を作ろうとして、諦めてしまったはずなんです!」
私には、あーちゃんの他にもう一人子供がいる。その子供をより魅力的にするために、その子供のステージを魅力的にするために、今もこうして頑張っているのだ。
「コンセプトは『完成しなかったゲームの救済』です! そして今回提案するプロジェクトの名前は――」
もう大人になって、忙しくなって、作る側に回って、ほとんどゲームもできなくなったけど。
あの時の冒険が、本当にあったことなのかわからないけど。
私はもう一人の子供、魔王宮ラボ……ラボちゃんを自慢の娘だって紹介するために、皆が私の娘を、私の世界を認めてくれるように、まずは勢いよくそのプロジェクトの名前を宣言するのだった。




