Lv666.ラスボス・クエスト ニューゲーム
「……」
「……」
朝の通学路を、俺と黄龍は無言で歩いていた。季節は冬も終わり、もうすぐ春がやってくるといったところか。高校二年生として残ってる大事なイベントと言えば、ホワイトデーと期末試験くらいなものだ。
「……もう、次で最後なのね」
「そうだな」
ポツリと黄龍が呟く。確かにあの日、ラボちゃんは次で最後と言った。次の世界をクリアすれば俺は呪いから解き放たれる、ゲームでいうところのエンディングだ。
「もう、会えなくなるんでしょうね」
「そうだな。ホワイトデーのお返しも、できそうにねえや」
けれど、それは同時にラボちゃんとあーちゃんが元に世界に帰ってしまうことを意味する。彼女達はそもそも俺を助けるためにゲームの世界から現実世界へとやってきたのだ、役目を終えれば元の世界に帰るのが自然の理。俺の両親だっていつまでも大事な一人息子を残して海外にいるわけじゃない、高校三年生になる頃には帰ってくる予定だ。そうして世界はあるべき姿を取り戻すのだ。
「どのくらい冒険したかしら」
「夏休みが終わって、ラボちゃんがきて、あーちゃんがきて、お前を巻き込んで……半年くらいかな」
「半年、か。ゲームの世界でも時間経過してるから、実際はそれより遥かに長い時間を過ごしているんでしょうけど、あっという間だったわね」
「そうだな」
現実世界では半年しか経っていないが、現実より遥かに時間の流れの遅いゲーム世界でも俺達は時間を過ごしている。だから実際には彼女の言う通りもっと長い時間を過ごしているはずなのだが、本当にあっという間だった。
「暗い顔してんじゃないわよ。ラボちゃんだってあーちゃんだって寂しいに決まってるのに、アンタがそんな顔してどうすんのよ。いつものように、パーッと行ってパーッとクリアして、パーッとお別れしましょ」
「お前こそ、元気だけが取り柄なのに何アンニュイ気取ってんだ」
「なにをー」
自分に言い聞かせるように、相手に言い聞かせるように鼓舞するが、それであっさりと心のもやもやが無くなるわけがない。それでも俺達は現実を受け入れなくてはいけないのだ。現実離れした事件だったけど、色んな経験をして、大人にならなくてはいけないのだ。
「あー、中学校の頃書いてた漫画が出てきてよー、めっちゃつまらんかったわ」
「僕も小学校の頃書いてた読書感想文が出てきたよ。『思いました』の連発で見てられなかったね」
学校へ向かい、いつものように学友と食事をとる。俺はゲームの世界でも生活しているから、お前らよりも人生経験豊富なんだぜ、なんて意味不明な事を考えながら、友人と園田君と昼食を採る中、不意に友人が俺に疑問を投げかけてくる。
「そういえばお前は、ゲームとか作ったことあんの?」
「俺? 俺は……ねえよ。俺はやる専だからな」
「カッコいいやら悪いやら」
そうだ、俺はゲームを作ったことなんてない。俺にとってゲームはプレイするものであって、クリエイトするものではないからだ。キッパリと自分の意思を貫く覚悟を見せると、友人達が苦笑い。そして放課後、いつものように黄龍と帰って、俺の家で4人でゲームをする。こんなささやかな幸せがいつまでも続けばいいのにな、なんて思っていたけど、その時は唐突に訪れた。
「……そろそろ、ラストダンジョンに行かない?」
レースゲームで最下位をとったラボちゃんが、大きく背伸びをするとそう呟く。ラストダンジョン、つまりは俺の冒険における最後の世界だ。そのラストダンジョンをクリアすれば、きっとラボちゃんもあーちゃんもいなくなって、平和な世界で、可愛くて暴力的な彼女と過ごす、一人のゲーマーの日常が始まるのだ。
「アタシは、構わないわよ」
「俺も、いつでも準備はできてるぜ」
黄龍とあーちゃんが、そう言って俺の方を向く。ここで俺が『嫌だ! 行きたくない! ずっと皆とこうしていたい!』なんて駄々をこねたらどうなるだろうか。馬鹿言ってんじゃないわよと怒られるだろうか、それとも本当は皆俺がそう言うのを心の中では望んでいて、ラストダンジョン手前で延々とサブクエストをやるような、そんな結末になるのだろうか。
「その言葉を待ってたんだ。セーブだってしたし、アイテムだって、装備だってばっちりさ!」
けれど俺は男の子だから、この冒険で色々な経験をして成長した人間でなくてはいけないから。声高らかにそう宣言しないといけないのだ。エイエイオーとばかりに右手を突き上げると、皆が同じく手を突き上げる。その瞬間、俺達の身体は光に包まれて、決戦の地へと運ばれた。
◆ ◆ ◆
「ここが最後の世界か……道具屋に、武器屋に、宿屋……RPGかな」
ラストダンジョン、なんて言うからおどろおどろしい世界に飛ばされるのかと思いきや、やってきたのは平和そうな田舎町。どこか懐かしい、どこかで見たような、そんな心安らぐ風景だ。
「で、ラボちゃん。ここはなんて名前のゲーム? どこかで見たような気がするけれど、思い出せないんだよね」
今まで俺が冒険してきた世界は、俺がプレイしてきたゲームなのだから、当然この世界もそのはずなのだが、どうにも思い出せない。ぼんやりと空を眺めるラボちゃんに聞いてみると、彼女はクスリと笑う。
「魔王宮ラボ」
「へ?」
「言ったでしょ、私の本名だって。この世界は『ラスボス・クエスト』。そして私はこのゲームのヒロイン、『魔王宮ラボ』よ」
「ああ、そういえばそんな事言ってたね。確か俺がこのゲームを思い出せないように呪いをかけてるんだっけ? 一体どんなことをやらかしたんだい、昔の俺は」
「さあね。この世界にいれば、そのうち思い出すんじゃないかしら。この世界を案内してあげるわ、皆ついてきなさい」
得意気な顔で先を行くラボちゃん。いつもはゲーム知識が豊富な俺が、ゲームの紹介がてら先導していたけれど、ゲームのヒロインが先導してくれるというのは、なかなか新鮮だ。
「この世界は、凄く不安定なのよ。例えば、この人に話しかけてみて?」
「不安定? のんびりしてて、安定してるように見えるけどなあ……こんにちは」
不安定とはどういうことだろうか。裏返しのゲームのように、突然ホラーな世界観にでもなったりするのだろうか。ホラーゲームは嫌だな、最後の世界は王道のRPGであって欲しいものだと村人に話しかけるが、すぐにラボちゃんの言った言葉の意味を知る。
「やあ、今日もいい天気だね」
「やあ、今日もいい天気だね」
「やあ、今日もいい天気だね」
「やあ、今日もいい天気だね」
「やあ、今日もいい天気だね」
話しかけた途端怒涛のように村人が同じ言葉を繰り返し、その時点で俺達は動けなくなってしまいフリーズしてしまう。喋ることもできずに村人の言葉を聞き続けているうち、ようやく身体が自由になった。
「ね? 不安定でしょう? 私はこの世界の管理者のようなものだから、こういう問題にも対応できるけど、一応貴方にも私の力の一部を分けてあげるわ」
「ありがとうラボちゃん。それにしても序盤から無限ループなんて、言っちゃあ悪いけど酷いゲームだね」
「全くよ、出来損ないのゲームのヒロインの辛さ、貴方にわかるかしら?」
ため息をつきながらも、村の案内をしてくれるラボちゃん。ここは俺が役を演じる主人公とラボちゃんが育った村だそうだが、村人の大半が無限ループ持ちだったり、テキストが存在しなかったり、村の中にある湖の上を普通に歩けたりと、とにかくカオスな世界だ。
「それよりラボちゃん。アタシは早く戦いたいわ! RPGといったら戦闘でしょ!」
「俺も俺も。こんな不安定なゲームなんだ、戦闘も不安定なんだろう? 燃えてくるぜ」
「そうね、村に出てスライムとでも戦いましょうか。そうそう、自分の名前を変えた方がいいわよ、気分が盛り上がらないでしょ」
戦闘を急かす二人にラボちゃんがそう答える。言われて脳内システムウィンドウを開くと、なんと俺の名前は『男の子1』、黄龍とあーちゃんは『女の子1』『女の子2』なんていういい加減な名前になっていた。こんなふざけた名前で冒険ができるわけがない、ラボちゃんに貰った管理者権限を早速使用して、皆の名前を変えてやる。そして今度こそ準備万端、俺達は村を出て広大な世界へと旅立つのだった。
「……広すぎじゃない? 辺り一面平原なんだけど。そもそもどこに行けばいいのか村人も教えてくれなかったし、道もないし。不自由すぎるよ」
意気揚々と世界へ飛び出した俺達の目の間に広がるのは、果てしない緑色の平原。一体どこに次の目的地があるのか、ラボちゃんも『全部指示したらつまらないでしょう?』と言って教えてくれない。長い旅になりそうだな、と再び俺はリーダーとして、皆を引き連れて一歩を踏み出すのであった。
裏返しのゲーム……フリゲ『eversion』。狂気溢れる2Dアクションゲーム。
無限ループ……初心者がやってしまうミス。イベントを終了させる処理を入れなければ、延々とテキスト等が続いてしまう。
湖の上を普通に歩ける……初心者がやってしまうミス。湖でも海でも壁でも、通行設定をきちんと処理しなければ歩けてしまう。
『男の子1』、果てしない緑色の平原……RPGツクール2000のサンプルゲーム『海賊』。反面教師として入れたのかと疑うような問題作。しかしながらコアなファンがつき、有志によってリメイクが作られるなど他のサンプルゲームよりも愛されている。




