Lv11.犯人はYASUDA 事件その3
「うーん、『ヤス』は全員探したはずなんだけど……」
『ヤスだ』と書かれたダイイングメッセージを手かがりに、犯人はヤスだと推測する名探偵であったが、このゲームにはヤスが大量におり、容疑者をさっぱり絞り込めない。結局総当たりするしかないと登場人物全員の心の中に入り込み様々な情報を入手するが、犯人らしき人間はどこにもいなかった。見落としがあるかもしれないともう一度容疑者達の心の中を調べるべきか悩んでいる黄龍に、助手としてそれとなくヒントを出してやる。ぶっちゃけるとそろそろ飽きてきたのでさっさとこの世界から抜け出したい。ナマガキの世界のようにタイムリミットが来ても困るし。
「実は犯人は『ヤス』じゃないんじゃないか?」
「はぁ? あんたね、ミスリードでアタシを混乱させようったってそうはいかないわよ。ちゃんとダイイングメッセージにはしっかりと『ヤスだ』って書いてあるじゃないの。犯人はヤスだ、それ以外に一体何があるっていうのよ」
「さぁねえ」
とはいえ直接答えを出してやるわけにもいかないのが辛いところだ。こいつは仮にも恋人である俺を信用してくれないし。だったらしらねーよ勝手にしろよとちょっといじけながら彼女の迷走する捜査を手伝っていたのだが、しばらくするとポンと手を叩く。
「ひょっとして……犯人は『ヤス』じゃないんじゃないかしら」
「……」
自分自身で考えた上での結論だから褒めてやるべきなのかもしれないが、俺の助言を無視した結果なのだから何だか腹が立つなあ。
「冷静に考えたら、このダイイングメッセージっておかしいわよね。犯人がヤスってことを伝えたいなら、普通『ヤス』って書くんじゃない? なのに、『だ』なんて余計な文字がついている……ダイイングメッセージなんだから、時間に余裕がないはずよ? これは怪しいわね」
「ほう」
確かに彼女の言う通り、死ぬ前にダイイングメッセージを書くとして、余計な情報を付け加えようなんて人はまずいないだろう。被害者が本当に伝えたかったことは何なのか、果たして彼女は突き止めることができるのだろうか。
「まずは、『ヤスだ』という言葉自体は暗号だと考えてみるべきね。例えば、文字をずらすとか……『ユセぢ』『モシぞ』……余計わけがわかんないわね……いや待って、『だ』の前は『ぞ』じゃなくて『た』ということも考えられるわ。その場合は『モシた』……模した……さっきよりは何だか意味がありそうな気もしてきたわね」
「……お前を侮っていたよ、五十音がわかるんだな」
「アタシだって経験を積んで、日々レベルアップしてるのよ。……ていうか五十音がわからないと思ってたの? 酷くない?」
例えその発想自体が間違っていたとしても、大事なのは物事を否定的に見ることだ。ダイイングメッセージに関してはまだまだ調べる余地があるし、容疑者の情報だって完全に調べたとは言い難い。調べれば調べるほど新たな疑問点が湧いてきたのか、容疑者達のアリバイを調べようと言い出す黄龍。
「今まで、心を覗くっていう能力に頼りすぎていたと思うの。だからこそ、見落としていることがあると思うのよね。しばらくはこの能力を使わずに、自分の足と口で情報を集めようと思うの、協力してくれる?」
「当たり前だろう? 俺はお前の助手なんだから」
その後は普通の探偵のように、地道な聞き込み調査を続ける俺達。素早く事件を解決するのが確かに望ましいが、改心したゲーマーとしてはやはり正攻法でゲームをクリアして欲しいという願いもある。事件を解決するのに、180のIQも蝶ネクタイも必要ない。今までは情報の多さに逆に混乱していた黄龍であったが、改めて情報と向き合うことで取捨選択が捗り、事件解決へ向けて走り出すのだった。
「……誰も嘘をついていないと仮定すれば、皆シロね。誰かが嘘をついているんでしょうけど、今の情報だけじゃ矛盾が見つからないわ。まだ見落としている情報があるのかしら……」
「案外犯人は身近なところにいるかもしれないな」
「確かに。あーちゃん……じゃなくてヤンス警部なんて、どう見ても色物だから犯人はあり得ないだろうって思っていたけど、彼女もきちんと調べなきゃね。ふふふ、IQ90の頭脳が冴えてきたわ。あの天才探偵の半分あるんだから、二倍頑張れば事件解決するってことよ」
「すごく頭の悪そうなこと言ってるな……」
猪突猛進に事務所を飛び出して、犯人に見えないようなキャラクターも調べに行く黄龍。ヤンスなんてふざけた語尾のあーちゃんや、近所でいつも掃除をしているおばちゃんすら候補に入れて、アリバイやらなんやらを確認していく。その結果、
「全員シロ! 皆ちゃんとしたアリバイがあるわ、仮に犯人が嘘をついているとしても、現実じゃなくてゲームなんだからばれない嘘なんてつくはずがないし、矛盾が生じるはず……でも、何度見直しても矛盾が見つからない……ひょっとして自殺だったんじゃないかしら。『ヤスだ』ってのは遺書なのよ」
「お前がミステリ小説の読者だとして、そんなオチで満足するか?」
「クレーム物ね。登場人物の情報はあらかた調べ終わったし、もう一度このダイイングメッセージについて考えてみようかしら」
犯人候補がいなくなってしまい、頭を抱えながらも『ヤスだ』という文字と向き合う黄龍。実のところ、普通にゲームをやっていたら彼女でも既に事件は解決できているはずだ。ゲームの世界に入り、主人公と助手という立場になって行動しているからこそ、なかなか気づけないポイント。彼女が自分自身でそれに気づくことはできるのだろうかと、唸っている彼女を見守っていたのだが、急にハッとした表情になる。
「どうした? わかったのか?」
「……もう一人いたわ。犯行時刻のアリバイがない人」
「へえ、誰なんだ?」
「その前に、アタシの考察を聞いて頂戴」
何かに気付いたらしい黄龍が、事務所に設置されているホワイトボードに『ヤスだ』という文字を書く。
「ずっと考えていたのよ。『ヤスだ』なんて、平仮名とカタカナの混じった、違和感たっぷりなダイイングメッセージを残したのは何故かって。……平仮名とカタカナを逆にしてみるわね」
続いて『やすダ』という文字をホワイトボードに書き、その二つを見比べる。文字を書きながら彼女は何かを確認していたようだった。
「アタシね、被害者は『やすだ』もしくは『ヤスダ』って書こうとしたんだと思うの」
「だったら全部ひらがなかカタカナに統一するんじゃないか?」
「ちっちっち。甘いわね、ダイイングメッセージよ? もうすぐ死んでしまう、その前になんとしても情報を残さないといけない……どう見たって、ひらがなの『や』『す』よりも、カタカナの『ヤ』『ス』の方が素早く書けるわ。『ダ』と『だ』は一見してあんまり変わらないように見えるけど、『だ』の右下の『こ』の部分はほとんど点々でも通じるし、実際に書かれているダイイングメッセージの『だ』は、右下の部分が濁点とそう変わらないくらい小さい。『ダ』も、書き順を無視して書けばそれより早く書けるでしょうけど、人間急に書き順を無視して書けないものよ。彼女にとっては、『ヤスだ』って書くのが、一番早かったのよ」
ダイイングメッセージについて着目すべきことは、勿論第一に『何を伝えたかったのか』だろう。暗号のようなダイイングメッセージを、あの手この手で解き明かす、それもまた一興かもしれない。けれども、『何故伝えたかったのか』ということも本来は大事なのである。死ぬ直前に、複雑な暗号なんて書く馬鹿はいないのだ。それに気づいた彼女の推理は見事だと言えよう。だが、肝心の問題が残っている。
「……で、『ヤスダ』なんてキャラ、いたか?」
このゲームには『ヤスシ』やら『ヤスコ』やら『ヤンス』やら、『ヤス』というキャラは大勢いた。けれども、『ヤスダ』なんてキャラは、登場人物の中にはいなかった。
「いるじゃない。アタシの目の前に。ねえ? 助手の『安田』? ゲーム開始してからはずっと一緒にいたけれど、ゲーム開始前のアリバイはないじゃないの。犯人が主人公の助手……別におかしくもなんともない展開だわ」
この事務所を除いて。ずっと現実のように『黄龍』『アンタ』と呼び合っていたせいで、なかなか気づくことのできなかった事実。確かに俺の劇中での名前は『安田』であった。こうして彼女は犯人を突き止め、事件解決……とはならないのである。
「……固定観念って怖いよなあ。一度イメージが根付いたら、なかなか覆らないんだよ。お前が『龍』を漢字で書けずに、自分の名前を書く時に『黄竜』なんて書いていたもんだから、周りの皆がそれが本名だとずっと思っていたようにな」
「何よ、何が言いたいのよ。悪あがきはやめて、さっさとゲロって自首しなさい」
俺はポケットから名刺を取り出すと、彼女に寄越してやる。そこで彼女は改めて俺の劇中での名前を確認し、愕然とする。
「……そんなことって」
「全く、助手の本名を勘違いするなんて酷い探偵もあったもんだなあ?」
名刺にはしっかりと、安田と書かれていたのだ。




