33 お母様の目が光った話
お母様に聞かされた怖いお話。正直、怖すぎて、頭が働かない。宇宙人にそこまで執着されていたとは。
いやね?仮に、ピンクアータ様が普通に襲ってくる相手ならば、瞬殺できる自信はありますよ?腕っぷし勝負なら、完勝な相手ですからね。
でも、どんな手を使ってでもとなると。屋台で飲み物を買って、それを持って移動している最中に、薬を入れたりもできるわけで。
アスターダ公爵が、未成年のピンクアータに大金を渡すことはない。貴族としての感覚だけで言えば、ピンクアータは、大金を使って何かすることはできないことになるが、公爵家のお屋敷に置いている様な品であれば、小物1つとっても、平民からしたら高級品である。豪華な衣装ではなく、カジュアルジュエリーでも、自宅での普段着であっても、売ればそこそこになる。この国の貴族は贅沢はしないが、経済を回す必要があるし、自分達の家の商売を成り立たせるには、高級な品の売り買いも当然大事になる。ピンクアータが悪い手を考えれば、飲み物に薬を入れるなどわけがない、スリぐらいは雇えるのだ。
「あの、お母様的には、【アタラッシ】の出店について、どう考えられていますか?」
「貴女が経営しているお店については、まだピンクアータ様に知られていないと思いますわ。だから、貴女が立ち寄る可能性がある、我が家経営の【カフェ ボルドガボルド】近くに、【アタラッシ】を出店したのでしょう。ピンクアータ様の手持ちで出来る範囲でと考えれば、貴女から聞いた店舗の様子にも納得できますし」
確かに、お金が掛かっていない、ショボイお店でした。
【オーダーメイド武器の店 ロングソード】は、扱う品の傾向から、アーリエアンナやボーボルド家の人男性達が好みそうな店なのはわかる。ただ、年齢制限がある、会員制のお店なので、店内には入れないし、オーナーが誰なのかは店長も知らない。従って、情報の漏れ様がないことになる。【冒険者ギルド食堂】も同じ。
【カフェ ボルドガボルド】については、過去にアーリエアンナがメニュー開発に関わったことが、親しい貴族家には知られてる。
「【アタラッシ】を出店するには、当然ながら準備が必要です。ピンクアータ様は、【カフェ ボルドガボルド】近くの空き店舗や空き地を見つけることは出来ても、未成年ですから、契約は出来ません。アスターダ公爵様が許可を出し、協力なさったと言うことですよね?どうしてお許しになったのでしょうか?あの商品もアスターダ公爵様が提供されたのでしょうか?」
全力で阻止していただけなかったのが、不思議です。
「そもそもピンクアータ様は、ご自分で準備などしないでしょう?乳母に計画を打ち明け、そこからアスターダ公爵様に報告が上がり、ピンクアータ様のガス抜きのために、店を出す協力まではされたのでしょう。
不思議な商品選びについては、推測ですけれど、アスターダ公爵様が、適当に家にあるものでも出しておけと言われたのではないかしら。お屋敷の料理人からジャムのストックを出してもらい、それを屋敷の者が買いに行くことで回収するのならば、料理人も困りませんし。良いチョイスですわね」
ガスは……沢山抜いていただいた方が良いですね、確かに。
「なるほど。そういえば、エショーデについては、ピンクアータ様の大好物だと聞いたことがあります。料理長にご自分で頼まれた可能性がありますね」
あの噛みごたえが堪らないそうです。それはわかりますが、私はエショーデは二口ぐらいで満足します。
「そうですわね。アスターダ公爵様も日持ちするジャムとエショーデを大量に並べておけば、ピンクアータ様も満足すると思われたのではないかしら?エショーデは購入した後、孤児院に持っていけば喜ばれますから、数日毎に納品したとしても無駄にならないでしょう」
日持ちがする、安い庶民の食べ物ですが、【アタラッシ】のエショーデは、公爵邸価格なので、関係者以外買わないでしょうね。是非とも全部、孤児院に持っていってあげてください。
「ピンクアータ様の手持ちで出来る範囲ということですが、持ち物を売ってお金を作るという線については、どうお考えでしょう?」
「売れる様な手持ちの品については、持ち出せないように手配されていると思いますから、今のところ、ピンクアータ様には、自由になるお金はあまりないとみて良いのではないかしら。数年分のお小遣いを貯めて余裕があったのならば、貴女から聞いた様なお店の造りにはならなかったでしょうし。
ラベルとエプロンはともかく、家賃と店舗の建築費を支払うのは大変ですもの。ギリギリ支払えた感じではないかしら?」
「でも今後、お店の売り上げを使うつもりはあるのではないでしょうか?」
「売り上げは、支払いが残っているとでも言って、少ししか渡さない様にするでしょう。ただ、今回、出さずに置いていた資金がないとは言えませんし、隠し持っている持ち物がある可能性は残っていますから、お店の出店可能レベルではなくとも、移動資金は所持されていると考えて、警戒した方が良いでしょう」
やはり警戒は必要なのですね。ずっと警戒しづつけるのは疲れますし、宇宙人は思考が読めないので困ります。チーム宇宙人から、直接情報をもらうわけにもいきませんし。お母様に情報を集めていただいても、通信機器がないので、聞きに行くのも大変です。
どこに逃げたら、良いのでしょうか。私の安楽の地はどこに?いや、まだ死にませんけど!
ハッ!ダメダメ、逃げ惑う子鹿の様な思考はダメ!
自由を愛する冒険者の名が廃るというものよ!
冒険者にいつなれたのかは不明だが、アーリエアンナの死にかけの心は、不死鳥の様に蘇った。
「一番簡単で安全なのは、リードル様と再婚約して、公爵邸に住むことだと思います。アーリエアンナ、リードル様との婚約は破棄のままで、本当に良いのですね?」
リードル様の存在は鬼畜に金棒ですけど、宇宙人退治と同時に私の自由を求める心も退治されそうなので、安全が確保されるとしても、頼りたくありません!
折角の婚約破棄。悲願の婚約破棄。ここで元の木阿弥なんて、ダメゼッタイ!
「良いです!大丈夫です、お母様。私、ピンクアータ様でもリードル様でもない、素敵でまともな旦那様をゲットしてみせますわ!」
「見つかると良いですわね。で?貴女はこれからどこに向かうつもり?」
「レーリスをしばらく連れて歩きますので、安全に移動できる様に、先ずはこの屋敷から納品の馬車が行く先に移動したいと思います」
幸いにもこの王都街屋敷には、私のコレクションが沢山置いてありますし、【オーダーメイド武器の店 ロングソード】の開店準備で作ってみた街に紛れ込める冒険者テイスト抑えめなサンプルも多数あります。なんなら、ここで作ってもらえますからね。
あ!忘れていました。
「お母様、こちらお土産です。今年から安定した栽培ができるようになったゼリンスの実という、熟れるとプルプルした食感になる果実で、【カフェ ボルドガボルド】の新メニューに使えるのではないかと。こちらの10個以外に、近々2箱届きます」
土産を見た、母の目がキランと光り、嫌な予感がしたアーリエアンナ。
「……何も今日出発する必要はないですわね。マリアンナとそのゼリンスの実を使った新作を数点考えてからにしましょう。この王都街屋敷は安全なのですから、もっとしっかり計画と準備をしてから出かけなさい。普段の連絡手段や緊急事態の対処方法も考えておかなければならないし。ああ、そうだわ。貴女のお店の今後についても、担当者と打ち合わせが必要ですわよ。あら?貴女、今日明日に出発するのは無理じゃないかしら?」
王都街屋敷に軟禁が決まったアーリエアンナであった。




