31 婚約破棄は、その後が肝心です!
「リードル様から婚約破棄?」
「はい、特に揉めることなく婚約破棄していただけました!」
お母様に喜んでいただこうと、リードル様からの婚約破棄と言う、スペシャルニュースをお届けしてみた私。
婚約を結んだ子供時代からずっと、我が一族の大人達が「破談じゃ破談!」「破棄でも白紙でもなんでも良いから、話を潰すんだ!」「王家に嘆願書を送り続けよう!」と言う感じで、心配していた私の婚約問題。
無事にクリアしたので、お母様も、一族の大人達も、喜んで……?
ん?あら?お母様?喜び爆発の笑顔は?
この報告をすれば、必ず母から、上手くやったわねと褒めてもらえると確信していたアーリエアンナは、目の前の母親の険しい表情を見て、首を傾げる。
「それは、ある日突然、他に好きな女性が出来たから、婚約破棄すると告げられたのですか?」
「いえ。ある作戦任務で、捕縛したいターゲットを罠にかける囮として、婚約破棄された裕福な高位貴族の令嬢とその悪評が必要となりました。ターゲットを騙しておびき寄せるのには、囮が実在している“婚約破棄されたばかりの人物”であり、結婚を望む年頃という条件もありました」
「それで、アーリエアンナと婚約破棄を?あのリードル様が?」
「ふふ。それがですね!普通でしたら、私に囮役は回ってこなかったと思うのですが、ターゲットが乗り込んでくるかもしれない家に、花嫁に成りすました捜査官として、潜入する必要がありまして」
あのリードル様が、婚約破棄を認める筈がない。母の疑問は尤もであるので、話そうか迷っていた部分を、思い切って暴露することにしたアーリエアンナ。婚約破棄成功の話をすると、どうしてもテンションが上がってしまうのだ。
「先程の条件に合う女性はいても、戦闘能力まで必要となると、条件に合うのは私ぐらいですので、渋々でしたが、リードル様は、私と婚約破棄するしかなくなりました!」
ここはお母様、互いの両手を打合せて、やったね、イエーい!と叫ぶところですよ。
ヒャッホー!と小躍りしても良いところです!
そう言いたいが、相手は母なので、大人しく我慢のアーリエアンナ。心の中で、私はお淑やかな令嬢、私はお淑やかな令嬢と、念仏のように唱え、喜びを滲ませつつも淑女らしい笑みを浮かべてみせる。
さあこれで、母の疑問は全て解決した筈!と笑顔で成功した任務について語ってみたアーリエアンナだが、母の表情は変わらない。
「婚約の話は後でもう一度聞くことにします。それで、作戦で流した悪評とはどんなものだったのかしら?」
あら?そこは飛ばした筈ですけど、気づかれてしまいました?
「傲慢で派手好きなボーボルド家の令嬢が婚約破棄で傷物となり、社交界に居場所がなくなってしまった。もうどこでも良いと言いつつ、我儘な条件に合う家に嫁入りしたい、そんな令嬢など家族も莫大な持参金をつけてでも早く家から追い出したいらしいという悪評です」
「社交界?」
「王都の外での作戦でしたので、王都の高位貴族社会にはあると信じられている社交界や、同様に存在していると思われている高価な宝石や豪華なドレスで派手に着飾る、我儘な貴族令嬢のイメージを取り入れたそうです」
「それで、作戦の為とはいえ、この国で、本当にボーボルド家の令嬢の悪評が、それも王都の外まで広がっていると?」
「はい、王都の外に噂を広げるのは大変だったそうです」
「それで、今、その噂はどうなっているのかしら?」
「そのまま放置しておりますので、もしかしたら、数ヶ月後には国中に広がっているかも知れませんね!」
有名な悪党みたいになれるかも。
私ってば、悪い女ね!
い、今のお母様のお顔には負けますけど!
「あの、王都内では、ローエリアあたりにしか噂を流していませんし、噂が王都全体に広がったとしても問題ありません!悪評がそこまで広がれば、幾ら貴族内では「任務のための嘘」と理解していただいていても、家に嫁として迎えるにはデメリットしかありません。そうなれば、政略結婚の線は消えます。私が一族内で結婚すれば、そのうち噂も風化するかも知れませんし」
「結婚……婚約破棄は実際にあるものを破棄したことになりますわね。では、任務での結婚はどういった扱いに?」
「あ!大丈夫です!そもそも私はまだ結婚できない未成年なので、婚姻の書類を書いて提出しても、結婚は却下されると。実際には結婚していないことになります!」
「そう、だから、あのリードル様が、婚約破棄だけではなく、結婚まで許されたのね。それで?」
「それでとは?」
「リードル様は、婚約破棄したから、貴女とはもう完全にお別れすると仰った?」
母の目がそんなわけないだろうと言っていますね。はい、大正解!
「作戦上の結婚は正式なものではない偽りのものだし、破棄は本当にするが、一時的なものであとで再婚約するだとかなんとか仰ってましたけど……」
「けど?」
「当然お断りします」
「お断りできるのかしら?」
お断りの一択です、お母様!
「絶対にお断りします。」
「……どうやって?」
「まず、今は婚約者でもなんでもないので、まず、リードル様の部下という立場でいるのはおかしいという指摘で、仕事を辞めます!未成年なのに、無関係な仕事場で強制労働なんておかしいので!」
「まあ、それは確かにそうですけどね。でも、すぐに再婚約されてしまうのでは?」
再婚約なんて、冗談じゃありません!い、や、で、す!
「断固拒否です!」
「難しいんじゃないかしら?」
「その場合は……平民の素敵な方と電撃婚約、成人してすぐに結婚します!」
「お父様やお祖父様たちは、一族内の男性をすすめるんじゃないかしら?」
「我が家の人間は、リードル様の配下ですから、子供ができた後とかならともかく、婚約では排除されて終わりそうです」
「それは、平民の素敵な方でも同じでしょう?」
「そこは、2人で駆け落ちという名の逃避行です!逃げて、逃げて、数年隠れ暮らします。素敵な方は、私が守り切ってみせます!」
「上手くいくかしら?」
「……休暇中の今日から身を隠します。辞表を書いておきますので、休暇明けにリードル様の下に届くように、手配していただけますか?レーリスはしばらく連れて歩き、時期をみてこの屋敷に戻しますので」
「貴女に今すぐ置いていかれたらレーリスは追いかけてしまうでしょうから、仕方がないわね。辞表に関しては、旦那様たちへの根回しも必要ですから、それも済ませておきます」
よし!お母様の協力を取り付けられたわ!ちょっと安心!
「ですが、もう一つ懸念があります。噂が広がる前でも、リードル様が復縁を望んでいる以上、基本的には他の家からの婚約申し込みなどないでしょう。けれど、リードル様のことも噂も気にしない方は1人いますわよ」
ハテ?
そんなツワモノ、我が国にいましたっけ?
素敵な方ならば、その人でも良いですけど。