010 眠らずに見る夢
彼は退院する時、彼女に「甘く切ない希望の種」を残して行きました。
彼女はそれを受け取り「眠らずに見る夢」を、彼と見る事にします。
彼が退院した後は…、
時々現れる、幸せそうな「彼の母親」から話を聞き、
彼への思いを「胸に秘める事」を再確認して…、
週1回会いに来る「彼の為」だけに、
残りの人生を自分で出来得る限り長く「生きていく事」に決めました。
そして、彼は「現状を維持する為の入院」ではなく、
彼女に「治療を目的とした入院」をさせる為…、
彼女を生かす為に、彼女に生きる自由を与える為に…、
彼女の母親が手術を宗教絡みの考え方で否定し、
同意しないのならば…と、
自分の親の了解の元、彼女を自分の親の養女にして、
「自分の妹」として手術が受けられるように、
必死に画策してくれているそうです。
彼女の母親が養女に出す事を…これまた、宗教上の理由で拒否し、
彼に罵声を浴びせても、彼は諦める事無く彼女の為に奔走し、
彼女が生き続ける為に必要不可欠な手術の為の準備を…、
医師に、支援団体に掛けあっている…と、彼女は彼の母親から聞きました。
「同意を得られていない状況では、
手術の順番待ちの列に並ぶ事すら許されない」と撥ねつけられようとも、
彼は、必死で彼女の為に頑張ってくれました。
最近では、手術の費用の事をも考え、
彼女の為に早朝と放課後にバイトをしてくれてもいるそうです。
彼女は「これは夢なのではないか?」と信じられない気持で、
報告に来る彼の母親の話に耳を傾け
『息子は貴女を妹にする為に頑張っているのだ』と言う言葉に、
嬉し涙が止まりませんでした。
彼の母親から話を聞きながら、
彼女はいつも「彼に出会う事ができた偶然」に感謝しどおしです。
彼に出会うまではずっと、彼女は白い物に囲まれた薄暗い場所に
心までもが閉じ込められていました。
今では、同じである筈の病室が…、
明るく日の当る場所へと変化したみたいです。
『ママさん、ありがとう…私は、とても幸せです。』
話し終え、満足げな彼の母親に、最高の笑顔を見せて御礼を言うと、
『貴女が息子の妹としてでも、
我が家に逸早く来れる事を心から祈っているわ』と、
小鳥の様に忙しない彼の母親は嬉しそうに贈り物を残して帰って行きます。
彼の母親を見送り、彼女は彼の母親から贈られた衣類、
「純白でフリル盛り沢山の姫ロリパジャマ」を前にして、
彼が前に話してくれた、彼の母親の暴挙の程を今回も実感していました。
男の人では、持て余してしまうのは仕方が無かったのかもしれません。
今、彼女の身の回りの物は殆ど、
彼の母親から贈られた姫グッズに変化しています。
『私も、あのお母さんの娘に生まれたかったな』
自分では、どんな事があろうとも選んだりしないであろうパジャマだけど、
彼女は本当に幸せそうに抱きしめ、ポロポロと涙を零しました。
『駄目だな…、体調が悪いと涙もろくなって』
彼女は彼から貰った、彼女の誕生花をワンポイントにあしらってある、
シックなデザインのハンカチで涙を拭き、ハンカチを胸に抱締めます。
『ねぇ、てるてる…この世に神が居るとしたら、
それはきっと死神だよね?
神様は…、最期の時に私の願いを叶えてくれるかな?』
彼女は食べ残してしまった夕食を部屋の外の台車へ返却に行き、
病室に戻って、昔、自分で描いた落書きに目を向けました。
「十字を掲げた白い建物」の前で、
花束を持った「白い服を着た女の子」と「黒い服の男の子」が、
記念写真を録る時みたいに並んで「楽しそうに笑う」絵です。
熱を出して、だるく重い。身も心も弱っている今の彼女にとって…、
彼に話した小さな夢…、
退院後の望みである健常者には当たり前の日常は…、
「自分にとって、叶わない大き過ぎる夢」の様な気がしてなりません……。
だから、彼女は誰もいない部屋の中、就寝の支度を整えながら…、
『大丈夫、明日になれば、彼が会いに来てくれるんだから…』と、
自分に言い聞かせる様に「てるてる坊主」に話し掛けていました。
就寝準備を終え、今までに無い程に酷く疲れを感じた彼女は、
部屋の電気を消し、枕元の電気を付け、
枕の下に隠しておいたノートを取り出します。
彼女は、眠気で思考が回らない状態ながら、
必死で、誤字脱字が無い様に、文字がぶれないよう真剣に、
今日も、「彼」と「彼の親」に対する「感謝の気持ち」を書き残しました。
そして、書き終えると、満足げな微笑みを浮かべ、
『きっと明日には…』と呟き、深い眠りの中へ落ちて行きます。
消灯時間…、自動的に薄暗くされた廊下からの入り込む光……。
一段と暗くなった病室のカーテンの隙間からは、
彼女が嘗て求めた「雲一つない夜空」が姿を現していました。
この空は『旅立ちの日は晴れてると良いな…、
出来れば…凄くイケメンな天使が、颯爽と格好良く御迎えに来て、
この世に悔いが残らない様、最初で最期の素敵なデートを…、
疑似体験させてくれると良いのだけど…』と、
彼女が彼と出会う前に望んだ夜空です。
「てるてる坊主」は静まり返る病室の中から見える夜空を見上げ、
人知れず天へ祈りを捧げます。
『どうか…この思いが届いているのならば……。
過去のではなく、今の彼女の願いを叶えてあげて下さい。』と……。




